第19話「討ち砕く手、駆け抜ける脚」

「二人は森の先へも行くんでしょう? しっかりと準備しておいた方がいいわよ」


 ファングシリーズの性能を確認していると、ネヴァがテーブルの上を片付けながら言った。


「森の向こうの情報がもう出てるんですか?」


 レティが驚いて言うと、彼女は曖昧に頷く。


「ほんの少しだけね。狼から逃げ回りながら最速で森を突破した人がいるみたいなんだけど、その人が言うには湿地帯が広がっていて原生生物も大量にいるらしいの」


 結局その勇敢なプレイヤーは一瞬でやられてしまって死に戻ってきたらしいが、その情報は掲示板に書き込まれた。

 それによれば湿地帯には大蛇やカエル、トカゲのような姿をしたエネミーが跳梁跋扈していたとのことだ。


「wikiの方にもページができてるな」


 まだ空欄だらけで情報は無いに等しいが、公式wikiにも湿地帯のページが作られていた。フィールドの名前は〈水蛇の湖沼〉というらしい。


「湿地帯……ぬかるみが多いと動き回るのも大変そうですね」

「草原で慣れて森で自信を付けたプレイヤーを絶望させる、運営の性格の悪さがよく出てるな」


 とはいえ行かないという選択肢などもとより存在しない。レティはまだ見ぬ強敵にやる気を漲らせているし、俺は俺で未知の風景に胸を高鳴らせている。


「武器もメンテナンスしたし、防具も私ができる最高の品質よ。あとはアイテム揃えてスキル上げて、何より機体のアップデートをして頑張ってちょうだい」

「機体のアップデート?」


 肩を叩くネヴァの言葉に聞き慣れないワードを拾い、首を捻る。すると彼女は信じられないと後ずさって、確かめるようにレティへ目を向けた。


「あ、忘れてましたね。レティたちまだ機体のアップデートしてません」

「ほんとに言ってるの!? よくそれで森を生き残れたわね」


 レティの間の抜けた声を聞いてネヴァが項垂れる。

 俺が頷くと、彼女は呆れて大きくため息をついた。


「大通りにアップデートセンターがあるから行きなさい。そこで経験値を使って各種能力を上げられるから」

「そんなシステムが……。ありがとう、行ってみる」

「初歩も初歩のことなんだけどね」


 苦笑するネヴァに見送られて俺たちは作業場を出た。


「レティは知ってたのか?」

「一応。今の今まで忘れてましたけどね」


 そう言って彼女は小さく舌を出す。

 全く存在すら知らなかった俺よりはずっといい。


「ということは俺たち、初期ステータスのままボス倒したのか」


 そう言うと確かに異常なのかもしれない。

 最初のボスとはいえ、よく勝てたもんだ。


「あ、ここみたいですね」


 大通りへと戻って少し歩くと、レティが最初に見つける。建物としてはそれほど大きくもない、何の変哲も無い外観だ。

 しかし、そこもカイザーを討伐せしめんとやる気に漲るプレイヤー達が殺到していた。

 自動ドアをくぐって中に入ると、そこは何やら薄緑色の液体の詰まった大きな硝子の円筒がずらりと並ぶ空間だった。円筒の中には俺たちと同じ機械人形が細かい泡と共に浮かんでいる。


「なんか、凄い怪しげな空間だな」

「マッドサイエンティストの居城みたいですねぇ」


 入り口付近で立ち止まっていると、スケルトンの店員がやって来た。


「イラッシャイマセ! アップデートセンターヘヨウコソ。前ノドアニ一人ズツオ入リ下サイ」


 彼の案内に従って、俺は壁に並んだドアに入る。

 レティも隣のドアへと姿を消し、久々に一人になった。


「うわっ」


 ドアの向こうには、ロビーにもあった円筒が一つ置いてあった。中にはヌルヌルとした薄緑色の液体だけが満たされている。


「水槽ヘオ入リ下サイ。自動デアップデート作業ガ始マリマス」


 スピーカーから流れる音声に従い、恐る恐る硝子の水槽へ足を付ける。生温かい、ぬるりとした感触が伝わる。

 これは装備を着けたままでもいいのだろうか?


「装備ハ外サズトモ結構デス」

「……心を読まれたかと思った」


 少し驚きつつも、体を沈める。

 そうするとディスプレイが開き、各種パラメータが表示された。


「ふむふむ。BB、ブルーブラッドの調整ね」


 ブルーブラッドというのは、俺たちの体内を流れる機械用の血液のことだ。信号伝達媒体として、また自己修復剤として使われている、らしい。

 アップデートセンターでは戦闘や生産などの活動によって得られた経験値を基に、このBBを強化することができるようだ。


「今のBBは、全部0なのか」


 BBは部位ごとに分かれていて、HeadChestArmLegの四部位がある。

 頭はアーツの威力などに影響し、胸は耐久力、腕は攻撃力、脚は速さに補正を掛けられるらしい。


「そうだなぁ。アーツは使う予定無いしな」


 水槽の中にぷかぷかと浮きながら考える。

 一応振り直しはできるみたいだが、その場合には別途代金を払う必要があるようだ。今後のプレイスタイルも考慮して、慎重に振り分ける必要がある。


「たぶんレティは攻撃力Arm極振りだろうな」


 あんまり考えなくても予想がつく。

 彼女が他のステータスに振ろうなどと考えるわけがない。


「……」


 それなら、俺も極振りにしてみようか。

 どうせ戦闘力や実用性はあまり求めていない。深く考えるより楽しんだ方が得だろう。

 俺はそう決めると手早くディスプレイを操作する。


「うっ」


 確定ボタンを押すと、全身をビリッと静電気のような衝撃が走る。

 その後水槽の底が持ち上がり、体が持ち上げられる。内部の水が排出され、水槽の外に出るとアップデートの完了が告げられた。


「これで終わったのか? 案外あっけないな」


 軽く腕や足を動かすが、特に感覚が変わった様子もない。本当にアップデートできたのか不安になりつつも部屋を出る。


「お帰りなさい。無事できましたか?」


 ロビーに戻ると、レティは一足先に終わったらしく待っていてくれた。


「ああ。あんまり実感ないけどな」

「えへへ。レティもです」


 どうやらこの感覚は俺だけではなかったらしい。


「レティは腕極振りだろ?」

「ふぇ!? な、なんで分かったんですか?」


 俺が言うと彼女は耳を立てて驚く。


「流石に分かるだろ。ずっと一緒にいるんだし」

「そ、そうですか。そうですよね。へへ」


 よく分からないが、なぜかレティがにやける。

 彼女ははっと正気に戻ると両手で頬をくにくにと揉み、思い出したように尋ねてきた。


「レッジさんはどういう振り方にしたんですか? レティの予想では、全部にバランス良く振り分ける感じですが」


 どうです、当たってます? と彼女が俺の顔を覗き込む。

 俺は少し優越感を覚えながらそれを否定した。


「いいや。足に全部ぶっ込んだよ」

「ぬぁ!? マジですかっ?」

「ああ。レティはどうせ極振りするだろうと思ったからな、それなら俺も極振りにしてやろうと」


 そう言うと彼女は悔しそうに頬を膨らせる。

 俺がLegを選んだのは、それが一番プレイスタイルに合っていると思ったからだ。素早く移動できれば、一つでも多くの風景を見ることができる。


「まあレッジさん、レティがピンチになったときにいち早く駆けつけられるように速度を重視したんですよね。流石です、ポイント高いですよ!」

「えっ」

「えっ?」


 レティがなぜか自信満々に断言する。

 まあ、否定するほどのことでもないか。


「ああ、そうだな」

「ふぇっ」

「なんだその反応は。レティが言い出したことだろう」

「そ、それはそうですけど……。ふへっ」


 首を傾げると、彼女は視線をそらして俯く。女の子の反応というのはよく分からん。


「それじゃあカートリッジ買いに行きましょう! そして、新しいフィールドに!」

「ちょ、待て待て。引っ張るな」


 次の瞬間には上機嫌に戻ったレティが俺の腕を引っ張ってアップデートセンターを飛び出す。

 俺は慌てて足を動かし転ばないようについていく。

 少しだけ、その動きがスムーズになった気がした。


_/_/_/_/_/

Tips

◇ブルーブラッド

 機械人形の体内を巡る高純度信号伝達媒体。ランクⅢナノマシンが配合されており、人工筋繊維および内部衝撃緩衝材、外部簡易装甲、スキンテクスチャの修復を行う。各拠点に配置されているアップデートセンターによて各部位のブルーブラッド比率および注入量を変えることができる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る