第18話「ファングシリーズの二人」
部屋の中は溶鉱炉や金床、作業台、キッチンなど一通りの生産活動に必要な設備がコンパクトに収まっていた。それでも三人が立ち入ってなお余裕があるくらいの広さで、どう考えてもこの建物に収まりきる大きさではない。
ここもスキンストアと同じようにドアの先は別の空間になっているのだろう。
「じゃあレッジ、早速だけど出して貰って良い?」
「ん、ああ。ちょっと待っててくれ」
部屋の中央にある作業台の前に行き、インベントリからフォレストウルフの素材を取り出す。
毛皮と牙、骨、肉など、名前だけ見ると生々しいものばかりだが、そこまでグロテスクな感じはしない。
「へえ、大量だね」
テーブル満載の素材を見渡してネヴァが言う。
「これだけあれば、俺とレティの装備は作れるか?」
「ええ、ええ。十分すぎるくらいよ」
任せなさいと胸を叩き、ネヴァは表情にやる気をみなぎらせる。
俺はインベントリのアイテムを眺め、一つ思い出す。
「そうだ。これも使えるか?」
「どれどれ。見たことないアイテムね」
取り出したのは通常のものより一回りほど大きな牙。〈解体〉スキルのボーナスで得られたドロップで、名前は〈森狼の大牙〉といった。
「たぶんレアドロップだ。一応四つ持ってる」
「すごいわね。ぜひ使わせて欲しいわ!」
大牙もテーブルに載せると、ネヴァは更に気炎を上げた。
「早速作業に取りかかるから、その辺で座ってて」
「ああ。よろしく頼む」
「よろしくお願いしますっ」
インベントリから大きな針や裁ち鋏といった裁縫道具を取り出しながら、ネヴァは壁際に揃えてあった椅子を指し示す。
ネヴァがパーティに入ったのを確認して、俺とレティは彼女の邪魔をしないようできるだけ身を縮めて腰を落ち着けた。
「防具の製作は〈鍛冶〉スキルじゃないんだな」
「そりゃまあ、金属系の素材を使うわけじゃないもの」
俺の間抜けな言葉にネヴァは苦笑しつつ返す。
「ちなみにファングシリーズも基本は〈木工〉スキルで作ってるよ。〈鍛冶〉スキルもパーツを作るときに使ったけど」
言われて確認してみれば確かにそうだ。
俺の使っているファングスピアも、先端の牙と柄の接続部分に金属が使われているだけだった。
「今回は防具ってことで、〈裁縫〉スキルが主になるかな」
テーブルの毛皮を引き寄せながら、彼女は針を手に持つ。
そうして彼女は何かのテクニックを使い、手際よく毛皮を縫い始めた。
「凄く手際がいいですね。尊敬します」
隣のレティが感嘆の声を漏らす。
確かに、息をのむほど滑らかな針の動きだ。
ネヴァは集中しているのか、俺たちの様子にも反応を示さない。作業に深く没頭して、瞬く間に素材を加工していく。
「よし、こんなものかな」
突然ネヴァが緊張を解き、出来上がった物を掲げる。
それは狼の荒々しい毛皮をそのまま使った上衣だった。牙で装飾が施され、削られた骨で補強が成されている。
「ファングシリーズ。その名もファングチュニックね」
「名前は結構安直なんだな」
「こればっかりは、元々決められてるから仕方ないわよ」
私のセンスじゃない、とネヴァが唇を尖らせる。
「これは試作品だから、次から本番よ」
そういうと彼女はまた作業を再開する。
今度は素材の品質も確認して、選りすぐったものを使い縫い進めていく。
チュニックができれば、次はパンツ、ブーツ、ヘッドガード。更にはショルダーガード、ベルト、リング、ネックレス、ピアスの五部位までも揃えてくれた。
「いやあ中々充実してるわね、ファングシリーズは」
「お疲れさん。助かるよ」
俺とレティで集めた素材のほぼ全てを使い切り、ネヴァは達成感に浸る。要求スキル値が高い分、スキル上げにもなったらしく、彼女は疲れの中にも満足げな表情を浮かべていた。
ネヴァを労っていると、背後から弱々しい声がする
「あ、あの……レッジさん……」
「うん? おお、似合ってるじゃないか」
振り向くと、できたてのファングシリーズ一式を着込んだレティが立っていた。
灰色の毛皮を使った上下は動きやすさを求めてか、袖と裾を大胆に切り取り白い四肢が露出している。胸元には大牙を使った首飾り、指には骨を滑らかに削り出した指輪、ウサギ耳の付け根には小さなピアス。
荒々しい勇猛さともふもふした可愛らしさの融合する姿だ。
「うぅ。なんでこんなに露出が激しいんですか……」
膝をくっつけ、二の腕を胸の前で握りながらレティは耳を倒す。
まるっきりしおらしくなってしまった彼女を見て、ネヴァは頬に手を当てて笑みを浮かべる。
「デザインは運営に言ってよね。まあすぐに慣れるわよ」
「うぅ……恥ずかしいです……。なんでレッジさんはデザインが違うんですかっ」
赤い瞳を湿らせてレティが睨む。
俺は肩を竦め、身に纏ったファングシリーズを見下ろした。
「そう言われても、野郎の露出なんてなぁ」
「男性用と女性用でデザインが違うのは良くあることよ」
俺の着込むファングシリーズ(男性用)は、ケモ度高めな女性用とは違って無骨なデザインだ。
唯一の愛嬌としては、ヘッドガードが狼の頭を模した物で、三角形の耳のような飾りがついているくらいか。
「不公平です。男尊女卑です!」
「何とでも言うが良い。俺にレティの装備は着れないからな」
悔しそうに下唇を噛むレティだったが、それもそのうち慣れてきたのか、次第に落ち着きを取り戻す。というより夏場にはこれと同じような服を着ているのを思い出したらしい。
俺が余った素材をインベントリに入れている間、ネヴァがしきりに褒めそやしていたこともあって、彼女はいつの間にかノリノリで着こなすまでに至っていた。
「よくよく見れば可愛いですよね。もふもふですし!」
「レティももふもふ好きなのか?」
「そりゃあ、じゃないとタイプ-ライカンスロープ選ばないですよ」
それもそうだ。
妙に説得力のある言葉に頷いていると、レティは俺の目の前に立ってくるりと回転する。
「どうですか? 可愛いですか?」
胸の前までにじり寄り、見上げるように俺を覗き込む。
後ろにテーブルがあるため下がるに下がれず、俺は少し視線をずらしながら頷いた。
「ん、ああ。似合ってるよ」
「可愛いですか?」
「……」
なぜか圧力を感じる笑顔だ。
「…………可愛いよ」
「んっふふ。ですよね、可愛いですよね!」
何がそんなに嬉しいのか、レティはぴょんぴょんと跳ね回る。眉を顰めてその様子を見ていると、ネヴァが生温かい視線を向けているのに気付く。
「どうかしたか?」
「いえいえ。なぁんでも」
首を傾げるも、彼女は口元を隠してはぐらかす。
よく分からないが今回も彼女には助けて貰った。
「改めて、助かったよ。ネヴァがいてくれて心強い」
「へ? あ、ああ。うん。どういたしまして」
彼女は一瞬呆けた表情を見せたが、すぐに柔和な笑みに戻って頷く。
「また頼らせて貰っても良いか?」
「ええ。もちろん!」
彼女はそう言って、右手を差し出す。
次は〈猛獣の森〉の更に奥に行った後だろう。毎回面倒なアイテムばかり持ってきているような気もするが、嫌な顔一つせず受けてくれる彼女はとても頼もしい。そもそも彼女の作ったファングシリーズの武器がなければ、俺たちは豪腕のカイザーも倒せなかった。その場合は呆気なく死に戻りしていただろうし、見方によっては彼女は命の恩人と言っても過言ではなく――。
「レッジさん」
「うん?」
ネヴァと握手しながらぼんやりと考えていると、横からレティの低い声が聞こえて正気に戻る。
「少々手を握りすぎじゃありませんか? ネヴァさん困ってますよ?」
「え? ――あっ!」
正面を見ると、ネヴァが頬を赤くして俯いている。
ずっと彼女の手を握ったまま考えに耽ってしまっていたようだ。
慌てて手を離すと、彼女はこほんと咳払いして向き直る。
「ま、まあ、今回は私もいい経験になったよ」
「そうか、それなら良かった」
「むぅ……」
お互いに距離を取り、早口に捲し立てる。
そんな俺たちを、レティは眉間に皺を寄せて見ていた。
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Tips
◇ファングシリーズ
森狼の素材を中心として制作された武装一式。牙の装飾や毛皮をそのまま使った衣類は野性的かつ民族的な趣を醸す。機械人形特有の金属臭を薄め、森の中での気配を殺す。女性型は機動力を優先し、思い切った布面積のカットを行っている。
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