第17話「反響と残響と影響」
「なんか慌ただしいな」
「ですねぇ」
レングスたちと別れた俺とレティは、夜のスサノオを歩いていた。
普段から賑わっている大通りだが、今日はそれに輪を掛けて慌ただしい。カートリッジ屋には大勢のプレイヤーが詰めかけ、生産広場では目の色を変えた群衆が長蛇の列を成している。
「もしかしなくてもカイザー討伐の準備ですよね」
レティの言葉に俺も同意する。
しかしここまで顕著に反応があるのは少々誇らしい。なんといってもこの元凶が俺たちであるのは確かなのだ。
「これ、ばれたら面倒くさいよな」
「そりゃあまあ、質問責めにはされますよね」
とはいえやはりそれを大々的に誇示することはない。
そんなことをしても厄介ごとを呼び込むだけで、こっちには一銭の得にもならない。それに情報はもう出せるだけ全部掲示板に書き込んだ。
「とりあえず、任務の報酬を受け取りに行こうか」
「え? あっ、そうですね」
「……忘れてただろ」
色々あって俺もちょっと忘れかけていたのは言わないが。
〈始まりの草原〉や〈猛獣の森〉での狩りを経て、受注していた依頼は無事に全て達成条件を満たすことができた。
「懐がかなり寂しいことになってるからな……」
「レッジさんは色々使いすぎなんですよ。浪費癖は直した方がいいです」
「ぐ、そういうわけでは。リアルだと慎ましい生活を送ってるつもりだぞ」
棘のある言葉を躱し、言い訳する。
〈撮影〉スキルに必須のカメラとカードが少し負担になっているだけだ。それも今回の依頼でペイできるし、結果的に収支はプラスなので問題ない。
「こっちもかなり混んでるな」
「ボス戦前に色々と入り用ですからねぇ」
やってきた中央制御区域も黒山の人だかりだ。
端末はどれも長蛇の列が連なり、みんな熱心にレートの高い任務を探している。
地下駅も無事に解放されているようで、下へと向かう階段を大勢のプレイヤーが行き来していた。
「列車って誰でも乗れるんですかね?」
「いや、たしか一回は現地まで直接行って乗車権を獲得する必要があるはずだぞ」
「それはそれは、面倒くさいですね」
「実力を伴わないまま行けちまうのも可哀想だろ」
一番入り口から遠い、最奥にある端末が比較的空いていたため、その列に並ぶ。少し待てばすぐに順番はやって来た。
「よしよし。これはいい」
受注任務リストを開き、すべて達成していることを確認する。
納品任務のためにアイテムをいくつかインベントリから移し、撮影任務のためにメモリーカードを端末に挿入する。
「やっぱりスキルを使う依頼は相場が高いな」
撮影任務は原生生物の写真を〈撮影〉スキルを用いて撮ってくるという内容だ。そのためにわざわざレティに声を掛けて、戦闘に移る前にシャッターを切っていたのだが、その報酬は通常の討伐任務よりも少しだけ額が多かった。
カードと合わせて800ビットも出しただけはある。
「フォレストウルフの素材も集まってるし、一度ネヴァに声を掛けてみるか」
「ネヴァさんがどうかしましたか?」
端末を操作しながら呟くと、隣で端末を動かしていたレティがこちらを向く。
素材が集まったから防具を揃えたいと言えば、彼女は思い出したように頷いた。
「そうですね。レッジさん危うく死んじゃうところでしたし」
「いや、二人分の材料はあると思うぞ」
「え、おそろいですか!?」
何気なく放った言葉にレティが声を大きくして耳を張る。
その反応にびっくりして、俺はおどおどと手を振って謝罪した。
「す、すまん。どうせなら一緒に装備を拡充していけばいいと思っていたんだが……」
そうだよな。おっさんとお揃いは嫌だよな。
肩を落として猛省していると、なぜか今度はレティが取り乱す。
「い、いやそういうわけでは。突然のことにびっくりしたと言いますか。そうですよね、同じパーティなんですしおそろでも何ら違和感はありませんよねむしろ当然いや必然。装備が違うほうがおかしいってもんです」
「いや、プレイスタイルとかあるから装備は違っても――」
「いいえダメです。ていうかレッジさんも一応近接スタイルですよね」
「そ、そうですね……」
妙な気迫で迫ってくるレティに思わず敬語になる。
ともあれ軍資金もそれなりに余裕があるし、素材も溜まっている。防具については確定事項だろう。
「じゃ、ネヴァに連絡するぞ」
「それはレティがやりますので!」
言うが早いか、彼女は機敏な動きで“鏡”を操作してネヴァにコールする。
置いて行かれた俺は呆然として、レティがピコピコと楽しげに耳を揺らしながら通話しているのを見ていることしかできなかった。
「ネヴァさん、すぐに会えるみたいですよ」
通話を終えたレティが嬉しげに言う。
「いいのか? 忙しい時だと思うが……」
さっき覗き見た生産広場は芋を洗うような混雑ぶりだった。そこに常駐しているはずのネヴァもきっと、その対応にてんてこ舞いだろう。
しかしレティもそれは思ったのか、すでにネヴァに確認は取っていた。
「落ち着いて作業ができる貸し作業場という施設があるらしいですよ。そこの座標も教えて貰いましたので早く行きましょう」
「ほう、そんなものが。それなら待たせるのも悪いし急ごうか」
座標を知るレティの案内で町を横切る。
相変わらずの人だかりの生産広場を横目に見ながら更に奥へと進み、だんだんと人気の少ないエリアへと入っていく。
「この辺はNPCのユニークショップが多いな」
町の賑わいから離れて行くと、次第に町並みは様相を変える。
立ち歩く人影にはスケルトンのNPCが目立つようになり、両脇に並ぶショップもユニークショップが増えてきた。
多くのプレイヤーが来訪するスキンショップやカートリッジストアは他の町にも必ず存在するが、ユニークショップは一つの町にしか存在しない、らしい。
今はスサノオしか町がないから、珍しいアイテムを売っている店くらいの印象でしかない。
ちなみに喫茶店〈新天地〉もスサノオにしかないユニークショップの一つだ。
「ウィンドウショッピングなんていうのも楽しそうですね」
レティはピョコピョコと耳を振りながら忙しなく視線を動かしている。
やっぱり彼女も女の子らしく、そういった買い物は好きなのだろうか。とはいえこの辺に並んでいる店は刀剣専門店やら甲冑ショップなんていう物々しいラインナップだが……。
「ああ、ここですね」
道を歩きつづけ、ようやくレティが立ち止まる。
彼女が見上げる背の高い建物のメタリックな外観はスサノオの町並みによく溶け込んでいる。
通りに面して掲げられた看板には、ワークショップ〈エキセントリッククラフト〉という名前が刻まれている。
「えっと、部屋は302号室ですね」
言いながらレティがスライドドアをくぐって中に入る。
それに付いていくと、こじんまりとしたロビーが現れた。左右には三つずつ小さなドアがあり、正面にエレベーターの扉も見える。
「無人なのか?」
「みたいですねぇ」
上級NPCどころか、スケルトンのNPCすらいない。スライドドアが閉じれば町の喧噪も遠ざかり、少々心細ささえ感じる。
エレベーターに乗って三階に向かうと、そこも殆どロビーと変わらない景色が広がっていた。
「やあやあ、来たわね!」
ただ一つだけ違う点があった。
エレベーターを降りると、大柄な女性がこっちへ駆け寄ってくる。
いつの間にかスキンを張った彼女は、少し日焼けしたような小麦色の肌をデニム地の作業着で装い、瑠璃色の目を光らせていた。
「ネヴァさん! 凄く綺麗ですねっ」
「あはは。私も流石に周りがみんなスキン張ってるとね」
ネヴァに抱きついて破顔するレティに、ネヴァは少し照れた様子で頬を掻く。
俺もエレベーターの前から彼女を見て思わずため息をついた。
固めに束ねられた長い白髪が褐色の肌に良く映える。いかにも仕事のできる職人といった風貌で、スケルトンの時とはまた違った印象だ。
それでいてタイプ-ゴーレム特有の豊かな胸も健在だ。いやむしろ衣装が少し堅めのデニム地になったことで更に強調されて、正直目のやり場に困る。
「レッジさん?」
「な、なんだ?」
突然レティが振り向いて訝る。
俺は努めて視線を上に向け、笑顔で取り繕う。
彼女は何か言いたげだったが、小さく息を吐いてネヴァの方を向いた。
「ともかく、防具を作って貰いたいんですが」
「いいよいいよ。私も腕が鳴るってものよ」
そう言ってネヴァはレティの赤髪を撫でる。
彼女は身を翻し、302号室のプレートが掛かったドアを開けて俺たちを招いた。
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Tips
◇ワークショップ〈エキセントリッククラフト〉
スサノオに建つ三階建てのレンタル作業スペース。公共施設である屋外作業場では不特定多数の視線や雑音があるため、それを避けて集中した環境を求める生産者の需要に答える。レンタル作業スペースを提供するショップは他にも複数存在し、〈エキセントリッククラフト〉は初心者向けの簡単な設備を揃えている。利用は時間制で、1時間300Bit。
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