第16話「こたえあわせ」
落ち着いた音楽の流れる喫茶店〈新天地〉のテーブルを囲み、各々が好きなものを注文する。
今回はレティも冗談みたいなものは選ばず、大人しくココアだけだ。ひまわりは紅茶を頼んで角砂糖を五つほど落とし、俺とレングスのおっさん組は安定のコーヒー。
「さあ、それじゃあ話して貰おうじゃないか」
もう待ちきれないとうずうずしているレングスに苦笑して、俺はコーヒーで唇を湿らせる。
どこから話そうか少し迷ったが、とりあえず昨日の朝から〈始まりの草原〉で狩りをした所から始める。
「――それで、草原のネズミと鶏も手応えがなくなってきたから、森に入っていったんだ」
「まだ結構なプレイヤーが草原で難儀してるってのに、随分早いな」
レングスが驚いた様子で言葉を漏らす。
それは少し意外な反応で、俺は思わず声を上げた。
「そうなのか? とりあえず、攻撃は見切れるからLPも削れないだろうし――」
「まずそこが異常だろ」
「ええ……」
レングスは俺の言葉を遮って言う。
そこまで言われるほどのものなのかと俺はレティに視線を向けた。カップを両手で包んでのほほんとしていた彼女は、俺に気付くと慌てて耳を立てる。
「はわっ。レティもグラスイーターとコックビークをそこまで強いとは思いませんでした。レッジさんの言ったとおり、攻撃もいなせるので」
「……これは」
「なんとなく、お二人が最速ボス撃破を達成できた理由が分かった気がするのですよ」
何故か表情を曇らせるレングスと、どこか悟ったような目になるひまわり。二人の反応に、俺とレティは首を傾げた。
「一つだけ言えるのは、二人が天性の才能を持ってるってことだな」
「そんな、才能なんて俺には……」
まっすぐな目を向けてレングスが言う。
俺は思わず仰け反って、首を振る。しかし俺の言葉を途中で切って、レングスは重ねた。
「いや、あるさ。普通の人間は〈始まりの草原〉のエネミーでさえ苦戦する」
「そんな……」
「恐らくは動体視力とか予測力とかそんな所だろう。もしかしたら脳の作りが違うのかも知れない」
「おい」
「とりあえず。お前らはこの世界に馴染みやすい人間なんだよ」
なんだそれは。
はっきりと迷い無く断言するレングスに、俺は圧倒されていた。
「とはいえそう特別なもんでもないだろう。言ってしまえば3Dゲームで酔いやすいか酔いにくいかくらいの差だ。けどな、その僅かな差がこのどっぷりと全身ゲームに浸かっちまう世界ではかなり大きなもんになる」
「お二人はこのゲームを始めてから、体の動きがぎこちないと感じたことはありますか?」
ひまわりから投げかけられた質問に、俺とレティはそろって首を傾げた。
少なくとも俺はポッドが墜落した所から今まで、特に動きにくいなどと感じたことはない。
「普通のプレイヤーは、多少なりとも動きにくさを感じるものなのですよ」
「そうなんですか?」
レティも俺と同じらしく、あまり分かっていないような様子だ。
「薄い着ぐるみを着たような感覚でしょうか……」
「分厚いコートとかを何枚も着込んでる感じかもしれないな」
「とりあえず、私たちのような一般プレイヤーにとっては少し体の動きもおぼつかないのです」
彼らの話す内容は、今まで感じたことのないものだった。
始めた当初から現実とそう変わらず足を動かせるし、物も握れる。槍だってなんとか扱える。それが普通ではないというのは意外を通り越して驚きだった。
「仮想現実っていうのはどこまでいっても仮想には違いない。確かに実在する現実とは微妙な誤差があるもんなんだ」
「だが、機械を装着すると自動で体型検出が始まるだろう」
「それでもだ。単位と単位の間、1ミリという物差しでは0.5ミリは検出できない。それくらい微妙な差があって、俺たちは動きに不満足感を覚えちまう」
しかしな、とレングスは一呼吸置く。彼はコーヒーを飲み、俺の目を見る。
「お前らはその誤差を許容できる。悪く言えば鈍感なんだ。だから微妙に荒削りなその体でも、現実と同じような滑らかな動きができる。そこが違いだ」
「だから、俺たちは草原でも対等以上に戦えた?」
レングスとひまわりが同時に頷いた。
「そもそも〈始まりの草原〉のエネミーは、VRでのキャラ操作に慣れるためのチュートリアルだ。そりゃもとから動きに付いていけるんだったらずっと互角以上の戦いになるだろ」
そう一言に言い切って、彼は小さく息を吐く。
「まあこれでレッジたちの実力は分かった。そろそろボスについて話して貰おうか」
楽しみで仕方ないと彼は口角を上げる。
あまり表情には出ていないが、ひまわりも澄んだ空色の瞳をこちらに向けている。
「そうだな。とりあえず、ボスの名前から言おうか」
豪腕のカイザー。俺はその名前と共に、現れた場所や戦闘の様子、そしてそこに至るまでの経緯を話す。できるだけ詳細に、時折レティにも確認を取りながら説明していく。
その間レングスとひまわりは、いつの間にか取り出した筆記用具とメモ帳をテーブルに広げて熱心に耳を傾けていた。
「――とまあ、こんなところかな」
「なかなか強烈な話だったな……」
「そうですか。『源石』の入手方法はやはりボスでしたか」
列車に乗り込むところまで話し終えると、二人は力が抜けたようにもたれ込む。頭の中で情報を整理しているのか、時折小さく言葉も呟いていた。
俺とレティは二人が再起動するのを待ちながら、飲み物で喉を潤す。
「レッジ、それは掲示板には書いたのか?」
「いいやまだだ」
「すぐに書け。写真も撮ってんならそれも載せるんだ」
「ああ、分かったよ」
もとよりそうするつもりだったし、俺はディスプレイを呼び出す。
時折三人に文言も確認してもらいながら文章を打ち込み、スレッドに投下する。そうした途端、スレッドは激流の如き勢いで書き込みが増え、瞬く間に上限の1,000レスに到達する。その後もすぐに新たなスレッドが作られ、議論が進む。『源石』が入手できた旨と、証拠の写真を投下すれば、さらに勢いは増した。
「これは……」
「ほぼ全てのプレイヤーが喉から手を伸ばしてる情報だからな。こうなるのもしかたない」
あまりの熱烈な反応に思わず絶句していると、レングスはさもありなんと頷いた。
「二人のうちどっちが源石を使うのかは知らないが、目立ちたくないなら少し時間を経てから使う方がいいだろうな」
「そうなのか?」
「〈鑑定〉スキルの『生物鑑定』のレベルを上げたら、プレイヤーの情報もある程度見れるらしい。まだ源石がプレイヤーに行き渡っていない段階で、LPの増加が見つけられると二人がカイザーを倒したことがばれる」
「そうだったのか……。ありがとう」
使うのはレティだが、彼女も納得しているようだ。
「ま、明日までにはかなりの人数がカイザーを倒しているとは思うけどな」
情報さえ出てしまえばあとは早いだろうとレングスは予想する。そして俺も、その予想はあながち間違っていないと思っていた。
「しかしまあいい話が聞けたよ。感謝する」
「俺こそあの駅から脱出できてよかった」
レングスは大きく息を吐くと、表情にやる気をみなぎらせる。
これからwikiを編集して、カイザーのことを記述するらしい。
「そうだ。二人ともフレンド登録しないか?」
俺がそう提案すると、二人は快く頷く。
「願ってもない。レッジたちはこれからも面白いことをしてくれそうだからな」
「私も是非。困ったときはいつでも頼って下さい」
「レティもお二人とフレンドに!」
そういうわけで俺たちは互いにフレンド登録をすませる。
これでいつでも連絡が取れるようになった。
少しずつ増えていくフレンドリストを眺め、思わず笑みが抑えきれない。
「さて、それじゃあ俺たちはwikiに取りかかるとするか」
「レッジさん、レティたちは買い物に行きませんか? レベルが上がったので新しいカートリッジが欲しいんです」
追加で飲み物を注文するレングスたちを見ると、二人は頷く。
「それじゃ、また何かあったら連絡するよ」
「ああ。期待してるぜ」
そうして俺たちはレングスたちと別れ、喫茶店を出た。
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Tips
◇公式Wiki&BBS
三種の神器の一つ、八咫鏡を介して接続・閲覧・記入が可能なプラットホーム。BBSは匿名性の掲示板であり、多くのスレッドで盛んな情報交換が行われている。しかし匿名ゆえに虚偽や誇大表現を含む情報も多く、真偽を見分けるには多少の知識を要する。またBBSでの情報は未整理であるため、それらを吟味し整理してまとめられたWikiも存在する。Wikiも区別無く編集することが可能だが、ログとしてプレイヤーIDが付加される。そのためWiki編集者を自称する者の多くは責任と自負を持って確かな情報だけを纏めることを意識している。
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