第15話「潜入男女」
「まさかこんな所でレッジと再会できるとはな! もしかしてお前らがあの列車に乗ってきたのか? どこから来たんだ。あれは何かのスキルなのか?」
「ぐぇ、れ、レングス。締まってる……!」
筋肉質な大男に腕を回され、そのままギシギシと締め上げられる。たまらず腕を叩いて訴えると、レングスはようやく離れてくれた。
「げほ。死ぬかと思った……」
PVP可能エリアじゃないからLPは削れてないが。
ともかく、ここで出会ったのがレングスだったのは幸いだ。しかも彼は抜け道を知っているようだ。
「とりあえず色々話す前に一つだけ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「上はどうなってる?」
天井を指さして言う。
俺の聞きたいことをすぐに理解して、レングスはにやりと口角を上げた。
「戦闘職から生産職まで、プレイヤーがわんさか詰めかけてるぜ。みんなあの列車を追ってきた。あんまり混雑が酷くて中に入れそうもなかったから、こうやって鼠みたいにコソコソやってきたんだよ」
「やっぱりか」
あまり嬉しくはないが俺の予想は当たっていたらしい。
「レングス。来た道を案内してくれ。場所を移してゆっくり話そう」
「オーケー。そういうことなら任せとけ。――ひま」
頼もしく頷いたレングスは、マンホールの傍で待つ少女に向かって声を掛ける。
黄色に近い明るい茶髪を肩の辺りで揃えた小柄な女の子だ。小動物的な可愛らしさを醸す彼女は柳眉を寄せてレングスを睨んでいる。
「なんですかおじさん。あと私はひまではなくひまわりです」
「おじさんじゃなくてお兄さんだ。ともかく帰るぞ。先導よろしく」
「来て早々帰るんですか。せっかくここまで足を延ばしてあげたというのに」
「苦労に見合う報酬がこの二人だよ。さ、とっととずらかろう」
ひまわりと呼ばれた少女は言葉の割に素直で、すぐに身を翻してマンホールの底へと飛び込んだ。
「さ、付いてこい」
「ああ。――レティも」
「はわ、はいっ」
始終俺の背中に隠れていたレティも連れて、俺たちはマンホールの中へと入る。
梯子を降りると、そこは幾つものパイプやケーブルが這う狭いトンネルだった。
「よくこんなところ見つけたな」
「都市設備のメンテナンス用通路です。おじさんと町中歩き回っていたら偶然見つけました」
薄暗いトンネルの奥を眺めて零すと、足下からそんな説明が返ってきた。徐々に暗闇に慣れはじめると、ひまわりが仏頂面でこちらを見ているのが分かった。
「今んとこ俺たち以外に知るやつはいない筈だ。掲示板にも情報がないからな」
自慢げに言いつつレングスも梯子に足を掛ける。
最後尾の彼がマンホールの蓋を閉じると、頭上の方で慌ただしい足音が響いた。
「レッジたちが駅から出たから、正規の出入り口のロックも解除されたらしいな」
「あの足音が全部殺到したのかと思うと、空恐ろしいな」
本当にレングスと出会えて良かった。
「ひとまず、再会を祝おうじゃないか」
「ああ。と言っても昨日ぶりだけどな」
それもゲーム内での話であって、リアルでは数時間と経っていない。
とはいえフレンド登録も交わさないまま別れてしまったから、こうしてまた出会えるのは本当に偶然だ。
「それで、レングスはなんでまたマンホールから?」
「さっきも言ったが上は人が殺到してたからな。一番乗りは絶対無理だと思った」
「だからといって、私をこき使って良い理由にはなりませんが」
レングスの足下から不機嫌そうなひまわりの声。
彼は妹の相手をするような優しい表情で彼女の髪を撫でた。
「はいはい。ありがとうなひまわり」
「にゃ、頭を撫でるなと何回言えば!」
途端に顔を真っ赤にする彼女を見て、俺たちまで自然と笑みが零れる。
「ひまわりとはいつ出会ったんだ?」
「レッジと別れてすぐくらいだよ。迷子かと思って話しかけたら脛を蹴られた」
「それはまた衝撃的な……」
足が折れるかと思ったぜ、とレングスは遠い目で語る。
更に話を聞けば、ひまわりもまたレングスと同じく積極的にwikiの編集を行っているプレイヤーだとか。彼と出会ったときも町のマッピングを進めている最中だったようだ。
「それで目的が一緒なら組んだ方が効率が良いだろって話で纏まって」
「私はまだ納得してないのです! ただおじさんがどうしてもと懇願するから――」
「そうだったそうだった。まあ、そういうわけでパーティ組んでるんだ」
うちのひまわりは優秀だぞ、とレングスは言う。
「ホームにあったのもそうだがマンホールには鍵が掛かっててな。〈解錠〉スキルを使わないと開けられない。ひまわりはそういう関連のスキルを中心にビルドを組んでる、いわゆるシーフってやつだ」
「そうだったのか。すごいんだな」
「ふ、ふんっ。褒められても全然嬉しくないのですよ」
感心してひまわりの方を見ると、彼女はぷっくりと頬を膨らせてそっぽを向く。
機嫌を損ねたかと困惑しているとレングスがいつものことだと陽気に笑った。
「あの、そろそろ出発しませんか?」
おずおずと、初めてレティが口を開く。
「おっと。ずっと立ち話もなんだし外に出るか。どこかおすすめはあるか?」
「それなら〈新天地〉という――」
「喫茶店か。お誂え向きだな」
流石はwiki編集者というだけあって地上の施設のことはよく知っているらしい。レングスはレティの言葉に頷いて、インベントリからランタンを出す。
「こっちなのです」
ひまわりもランタンを出し、光を灯す。
彼女に先導されてトンネルを進むと、そこがかなり複雑に入り組んでいることが分かる。脇道や枝道がいくつも連続し、ぐにぐにと不規則に曲がりくねっている。
しかし前を歩く少女は、自信を持った歩調で地図すら持たずに進んでいる。
「すごいだろう、うちのひまは」
俺の様子に気がついたのか、後ろを歩いていたレングスが声を掛けてくる。
頷けば、彼は自分のことのように喜んだ。
「方向感覚と土地勘が良くて、一度通った道や地図で見た土地で迷わないらしい」
「それは凄いな。天賦の才か」
「う、うらやましい……」
彼の言葉を聞いてレティが羨望の眼差しをひまわりに送る。
その様子を見るに彼女は地理が苦手らしい。
「おかげで町の探索が捗ってるさ。この地下道だって俺一人じゃあ絶対出られないからな」
「レングスも良い子と出会えたんだな」
「はは。そういうことだ」
そう言って、レングスは屈託のない笑みを見せる。
「そこ! もたもたしてると置いていきますわよ」
俺たちの声が聞こえていたのかひまわりが眉間に皺を寄せて振り返る。けれど、その小さな耳は赤く染まっていた。
「――ここですわね」
それからしばらく複雑怪奇な道を進み、ひまわりはさっきよりも一回り小さなマンホールの下で立ち止まった。“鏡”で地図を確認してみると、確かに俺とレティが昨日の夜、時間を潰した喫茶店のすぐ近くだ。
「すごいもんだな」
「褒めても何も出ないのですよ」
そう言ってひまわりは身軽に梯子を登っていく。
「『ピッキング』」
マンホールの傍で彼女は何かのテクニックを使う。かちゃかちゃという金属音のあと、すぐにマンホールの蓋のロックが解除される。
「おじさん」
「よしきた」
ひまわりが降りてきて、今度はレングスが梯子を登る。
「ひまわりが先に出ないのか?」
「ロックは解除しましたが、開けるにはいくつか手順があるんです。それはマンホールごとにそれぞれ違っていて、蓋に書いてあるんですが読むには〈解読〉スキルが必要なのですよ」
見上げれば、確かにレングスが蓋の裏に目を凝らしながら何かを読み上げている。小声で内容は聞こえないが、その指示に従って彼は蓋に付いたボタンやレバーを動かしていた。
「マンホールなのに、随分厳重なんだな」
「不用意に部外者が立ち入らないように、でしょうね」
「それって……。いや、なんでもないです」
レティが何か言い掛けたが、途中で口を噤む。
まあ、その続きは大体想像できる。
そうしている間に頭上でガコンと大きな音が鳴る。どうやら蓋が開いたらしい。
先に登ったレングスに続いて梯子を登り、地上に出た。
「おお。すごいな」
そこは人気の無い細い路地の奥だった。
レティが希望した喫茶店はすぐ傍にある。
「ひまの道案内はいつでも正確なのさ」
「ひまではなくひまわりですっ」
「がっ!?」
胸を張るレングスの脛を、丁度梯子を登ってきたひまわりが手刀で叩く。
思わず膝をつく彼を見て、ひまわりはふんっと鼻を鳴らした。
「仲が良いんだなぁ」
「よくないです」
「そうだろう?」
俺の言葉に、二人は同時に返事する。
仲の良いことは素晴らしい。
「ほら、レティ」
「はえ? あっ、ありがとうございます……」
梯子を登っていたレティに手を伸ばし、引っ張り上げる。彼女は窮屈なトンネルから出た開放感に身を任せ、気持ちよさそうに体を伸ばした。
「じゃ、入ろうか」
そうして、俺たちはマンホールの蓋を閉めて喫茶店のドアをくぐった。
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Tips
◇スサノオ地下通路
スサノオの地下に存在する複雑に入り組んだ細いトンネル群。都市機能のメンテナンスを使途とし、保守点検ユニットが定期的に巡回している。中央制御区域の深奥にも接続しているため、一般には立ち入りは禁止されており、保守点検ユニットおよび警備ユニットに発見された場合は無警告で攻撃される。都市の各地に存在するマンホールから侵入できるが、マンホール自体にセキュリティが掛かっているため容易ではない。
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