第14話「装甲列車」

「ふわぁあ、速いですね速いですね! とっても気持ちいいですねっ!」

「あんまり窓から顔出すなよ。何かに当たって死んでも知らないからな」


 絶望的な死地をくぐり抜け、それどころかボスエネミーすら倒すことができた俺たちは現在、高速で移動する装甲列車の中にいた。

 レティは押し上げた窓から顔を出し、一瞬で後方へ下がっていく風景にずっと歓声を上げている。

 俺は彼女の対面にある席に座って、子供のようにはしゃぐ様子を眺めていた。


「高速装甲軌道列車ヤタガラス。これまたとんでもないもんが出てきたな」


 俺たちが〈猛獣の森〉のボス――豪腕のカイザーという熊を倒した直後に聞いた警笛はこの黒い列車が発したものだった。

 呆然とする俺たちの前に木々をなぎ倒しながら現れた巨大な列車は、三本足の鴉のエンブレムを輝かせて広場の真ん中に停車すると、扉を開いてタラップを降ろした。自動運転なのか先頭の運転席は無人だった。


「森の中から出てきた時はびっくりしましたけど、これは快適でいいですね」

「レティは順応が早すぎないか?」


 レティはやわらかな赤いシートに腰を下ろし、ぽんぽんと表面を叩く。俺はと言えば、まだこの怒濤の展開について行けていない。

 とりあえず狼と熊の解体を終わらせてからこの列車に乗り込んだのはいいものの、そわそわとしてしまって落ち着かない。


「まあまあ。これに乗ってればすぐにスサノオまで行けるみたいですし、気楽に構えましょうよ」


 列車に乗り込んだとき、俺たちには行き先を選択するディスプレイが提示された。とはいえ選択肢にはスサノオの名前しかなかったし、他に帰る場所もないためそれを選択した。するとこの列車はひとりでに動き出し、こうして俺たちを乗せて森の中を走っているのだ。


「ほら、もう森を抜けますよ!」


 レティの言葉の直後、突然窓の外側の世界が広がる。

 密度の高い樹林帯を抜け、見晴らしの良い〈始まりの草原〉へと出たらしい。


「げ、レティあんまり外に顔を出さない方がいいぞ」

「あはは。もう枝とかも出てませんし当たりませんよ」

「そういうことじゃなくて、線路の周りにプレイヤーが集まってる」


 このヤタガラスという列車は、自分でレールを敷設しながらやってきた。というわけで帰りも長いレールに沿って走行しているわけだが、そのレールは当然他のプレイヤーの目にも留まる。

 今まで掲示板でも情報の無かった真新しい物体に多くのプレイヤーたちの興味が向き、結果俺たちは衆人環視の中を輸送されている。

 流石に不特定多数の人間の視線を浴びるのは恥ずかしいのか、レティは長椅子の通路側に寄って肩を縮める。


「まあなんだ。俺たち、なんだかんだいって一番最初にボスを倒したみたいだな」

「そう、なんですね」


 レティもあまり実感が湧かないのか、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

 並み居るプレイヤー達の中で俺たちのようなごく普通のパーティが一歩先を行けたのは、ただの偶然という名の奇跡に過ぎない。


「なあレティ、これを見てくれ」


 そう言って俺はインベントリを操作する。取り出したのは、手のひらに収まる程の小さな石。光の加減で七色に輝く、透き通った宝石のようなアイテムだ。


「これはいったい?」

「さっき〈鑑定〉を使って調べた。ちょっと要求スキルレベルが高かったが、他の素材を使ってレベルを上げたらギリギリ名前と簡単な説明だけは見えたよ」


 石をレティに手渡すと、彼女はそれを指先で摘まんで目の上に掲げた。カラフルに色を変化させる様子はとても目に映える。車内の照明が石で屈折して彼女の頬に色を落とす。


「それは『源石』というらしい」

「ほええ、げんせき……。源石!?」


 石の光に見とれながら聞いていたレティは、少し遅れて大きく飛び跳ねる。取り落としそうになった源石を慌てて手のひらに包み込み、ぎゅっと握りしめる。


「そういう大切なことは初めに言って下さいよ!」


 頬を膨らせて怒る彼女に半笑いで謝罪する。

 彼女のそんな反応を期待していた、などと言って藪をつつく趣味はない。


「『源石』は今までその入手法が分からなかったアイテムだ。これを使えばLPの最大量か生産量のどちらかを強化できる」

「これは、カイザーからドロップしたんですか?」


 レティの聡い言葉に頷く。


「恐らく『源石』はボスエネミーを倒すことで入手できるんだろう」


 本題はここからだ。


「レティ。その石は君に譲る」


 俺の言葉を理解して、彼女は耳をぴんと立てる。


「そんな! こ、これはレッジさんが手に入れたものなんですから、レッジさんが使うべきです」

「俺が手に入れたのは、俺が〈解体〉スキルを持っていたからだ。それにレティがいなかったらカイザーは倒せなかった」

「でも……」


 レティは納得がいかないと首を振る。

 変なところで遠慮する彼女に付き合っていると埒が明かない。だから俺は準備していた言葉を口にした。


「レティがもっと強くなって次に源石を手に入れたら、それを俺に譲ってくれないか。今俺たちに足りないのは戦力で、その増強に一番適切なのがレティに源石を使って貰うことなんだ」

「うぅ」


 反論が来ないよう一気に捲し立てる。

 彼女はあわあわとたじろぎ眉間に皺を寄せて考え込む。ガタガタと車内が何度か揺れ、彼女は小さく唸った。


「――分かりました。これは、レティが使います」

「ああ」

「でも。絶対に次の源石は渡しますからね」


 念を押すように迫る彼女に俺は頷く。そうすると彼女は納得して源石をインベントリに納めた。


「カイザーのこととか、『源石』のこととかは掲示板に載せた方がいいですよね」

「別段隠すことでもないしな。公表した方が開拓も進むだろうし」


 その点については二人の意見が一致する。

 下手に隠そうとしたところで目聡いプレイヤーは必ずいるし、その事実が露呈すれば悪評が立つ。わざわざそんなリスクを背負い込むほどのリターンが期待できるわけでもない。


「あ、ほらレッジさん。そろそろスサノオに入りますよ」

「ほんとだ。防壁にも穴が開いてるんだな」


 列車の進路に視線を向けると、スサノオの巨影が現れる。まだ夜の明け切っていない時間ではあるが、煌々と光を放つ町は活気に溢れているようだ。

 列車は刻々と町へ近付き、やがて防壁を貫くトンネルを通って内部へと入る。町の中心、中央制御区域の中まで線路は続いていて、建物の中で車体は停止した。


「ここまで一気に来れるのか。森の広場までも行けるみたいだしこれは便利だな」


 エアブレーキの音が響き、列車のドアが開く。

 プラットホームに降り立つと、当然のように人気は無い。


「ここは、塔の地下か?」


 スサノオの中心に位置する中央制御区域の中でも最も重要とされている施設。町の中枢を担うと共にランドマークとも知られている巨塔の地下に、この駅は構築されているようだった。

 明るい構内はだだっ広く、俺たちが乗ってきた列車が止まっている場所以外にもいくつかの乗り場がある。そこには同種の装甲列車が静かに停車していた。


「ここから出るの嫌だな……」

「どうしてですか?」


 思わず苦虫を噛み潰したような顔になる俺を見て、レティが首を傾げる。


「この列車が塔の地下に入ったのは大勢のプレイヤーが見てる。今は解放されていないみたいだからホームには人がいないが、その外にはかなり詰めかけてるんじゃないかと思ってな」

「ああ。たしかにありえますね」


 それを聞いて彼女もそう思ったらしい。同じように顔を顰めて足の動きが重くなる。


「どっかから目立たず出られればいいんだが……」


 俺がそう呟いたとき、突然前方の方から激しい物音が響く。

 驚いて身構えると、ホームの隅にある小さなマンホールがゆっくりと浮き上がってきた。


「れ、レッジさん」

「下がってろ」


 レティが怯えて俺の後ろに隠れる。

 戦闘力的に言えば彼女の方が強いのだが、今はそういう話ではないだろう。

 そうしている間にもマンホールはゆっくりと横へずれ、人間らしいスキンを張った腕が現れる。


「げほっげほっ。あーひどいなこれは。とりあえず開いたからいいが……」

「何言ってんですか。開いたんじゃなくてこじ開けたんでしょう」


 穴の底から男の声と少女の声がする。

 その片方に少し引っかかって、俺は首を傾げた。


「……レングスか?」

「おお!?」


 俺が名前を呟くと、マンホールのそこからひょっこりと顔が現れる。

 渋い不精髭の男はじっと目を凝らし、俺とレティを見ると表情を明るくした。


「お前ら、レッジとレティちゃんか!」

「おぶっ!?」


 そう言って飛び出してきた彼は、勢いよく駆け寄ると俺の体を抱きしめた。


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Tips

◇高速装甲軌道列車ヤタガラス

 広がる開拓地の中での移動を簡易化するために開発された装甲列車。原生生物の襲撃にも耐えうる高硬度特殊合成金属装甲を持ち、簡易式BBエンジンを搭載している。自動軌道敷設装置を備え、開拓が進んだ土地ならばレールを自ら伸ばしながら進出することが可能。


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