第13話「決死決戦の地」
レティの『威圧』によって熊の視線は彼女に向かう。巨体には似付かわしくない機敏な動きを見せ、熊は鋭い爪を差し向ける。しかしそれを彼女は身を翻して避けた。
「『二連突き』!」
そうして大きく開いた脇腹に、俺の槍が突き込まれる。
赤い飛沫がたち、熊は仰け反る。
「『強打』『威圧』、こっちだよ!」
俺に向きかけた注目を取り戻しながら、レティも渾身の一撃を振り下ろす。
さっきまで群がっていた狼たちなら、それだけで削りきれる。問題は、この巖のような巨体にどれほどダメージが通っているか。
「嘘だろ!?」
そう思って熊のHPバーを確認した俺は愕然とする。
熊の頭上に浮かぶ赤い棒は、ほんの数ミリ程度削れただけだった。
防御力が高いのか、HPの総量が多いのか。今それは重要ではない。問題なのは、俺たちの一撃が軽すぎるということだ。
「レティ、全然攻撃が効いてない!」
「分かってます。でもたぶん向こうの攻撃は痛いですよ」
「それも分かってるさ!」
言い合いながらも攻撃を繰り出し続ける。
レティが
「グラゥ!」
「おわっ!?」
熊の丸太のような腕が横薙ぎに振るわれる。
すんでの所で避けるが、勢い余ったその腕は広場の傍の木の幹に直撃した。あっけなく砕け折れる木の幹に自分を重ね、背中に冷たい汗が伝う。
「気をつけてくださいよ!」
レティの声に気を取り直し、慌てて距離を取る。
森の中で戦えば足下も不安定で障害物も多い。できるかぎり、広場で戦況を有利に進めなければ。
「しかし、でかいってのは恐ろしいな」
熊の身長は俺のそれを遙かに凌駕する。
そこからくる威圧感は強大で、ともすれば足が震えて動けなくなりそうだった。
そんなものが闊歩するこの惑星の生態系が恐ろしい。
「ウガァッ」
よそ見をするなとばかりに熊の攻撃が俺に向く。
それを避けて、槍で突く。
当たれば終わりだが、当たらなければどうと言うことはない。
「てりゃあ!」
レティも軽い身のこなしで攻撃を避けつつ、順調に攻撃を与えていく。
気がつけばそれなりに熊のスピードにも慣れてきて、安定した戦いを続けることができていた。
あっという間に五割を削り、終わりも見えてくる。
もしかしたらこのままいけるのでは?
そんな考えが脳裏を過る。
――だから、油断した。
「――かはっ」
一瞬の浮遊感の後、視界がごろごろと転がり体中に落ち葉と土が纏わり付く。
気がつけば俺は遙か後方へと吹き飛ばされていた。
「ぐふっ。え、LPは……」
腕を持ち上げ、“鏡”に表示されたステータスを見る。そこに表示された俺のLPは、ほんの数ミリを残してギリギリの所で持ちこたえていた。
「くそ、これじゃあ、動けねぇ」
しかし体中が痛くて重い。ビリビリと痺れるような悲鳴が全身から聞こえる。
「レッジさん!」
レティが俺の方を向いて悲鳴を上げる。
「気をつけろ。かなり、痛いぞ!」
熊はその間にも攻撃を続ける。
レティは必死に逃げ回りながら、俺の名前を繰り返し呼び続けていた。
「もう少しだったのに」
熊のHPバーは、いつの間にか九割以上を削っていた。
俺たちも弱いなりに善戦できていたのだろう。
そう考えると、少し安堵する。
「あきらめないでください!」
目を閉じかけた俺の耳を少女の声が貫いた。
はっとして瞼を持ち上げる。
彼女は夜の森のなか、懸命に攻撃をよけ続けていた。
「諦めないで下さいよ!」
レティが繰り返す。
「ここまで二人で歩いてきたんですから! 諦めちゃ駄目です。まだ、――まだ終わってない!」
熊の巨腕が振り下ろされる。
土埃が舞い、落ち葉が巻き上がる。
一瞬の停滞を貫くレティの一撃が、熊の脇腹を抉る。
「ガァアアッ!」
熊の怒声。
そこには苦悶の色もにじんでいる。
「たしかに、諦めちゃいけないな」
冷え切っていた炉に炎がくべられる。
軋む体を持ち上げ、砕けそうな膝を立てる。
槍を地面に突き刺して、それを頼りに立ち上がる。
「レティ、頑張れ」
「はいっ!」
自分でも驚くほど小さな声だったのに、彼女の耳はそれを敏感に拾い取ってくれた。
健気な返事に、俺の心も救われる。
もう何度目かも分からないレティの『威圧』。呆れるほどの猛攻を掻い潜り、今なお彼女は懸命に戦い続けている。
インベントリを操作する。
今、俺にできることは。
「『強打』!」
ハンマーが熊の膝を叩く。
その時、バキリと何かが砕ける音が伴う。
「レティ!?」
「大丈夫です。むこうの骨が砕けたみたい」
見れば、熊が膝を突いている。
彼女の度重なる打撃を受けて、ついにその強靱な骨が耐えきれなかったらしい。
いっそう大きな咆哮を上げる熊を見て、少しの希望が見えた。
「レティ、頑張れ。俺も、頑張る」
槍に縋りながら歩く。一歩ずつ、遅い歩みだが確実に。彼女と熊の決戦場へ這い戻る。
「きゃぁっ!」
レティの悲鳴。
顔を上げると、彼女は熊の腕の中にいた。
「レティ!」
熊は絡め取った獲物を逃すまいと腕に力を込める。
彼女も藻掻くが、あまりにも体格に差がありすぎた。
「れ、じ、さん……!」
胸を圧迫されているのか、彼女は苦しそうに呻く。
熊は勝利を確信し、じわじわと力を強めて締め上げる。
俺はパニック寸前の思考を巡らせ、状況の打開策を考える。
「考えろ。考えろ。考えろ!」
「レッジさん……逃げて……」
レティの悲鳴。
長い耳がしおれていく。
彼女の手がだらりと下がり、ハンマーが地面に落ちる。
「……!」
その時、一条の光明を見出した。
素早くインベントリを操作して、アイテムを取り出す。それを見て、レティは少し驚いたような表情を浮かべる。
すまないな。でも遊びやジョークというわけじゃないんだ。
心の中で謝りながら、俺はそれを構える。
指に力を込めて、ファインダーを覗き込む。
「はい、チーズ」
一瞬の閃光が迸る。
暗闇になれきった獣の眼に直撃し、駆け巡る。
「グルアァアアアアアッ!?!?」
驚愕と困惑と憤怒のない交ぜになった悲鳴を上げ、熊が仰け反る。
緩んだ腕の隙間から、レティが滑り落ちる。
「後は任せた!」
「任されました!」
彼女は素早くハンマーを拾うと、腰を低く落とす。
激しい怒りの表情を浮かべた熊が牙を剥き、我武者羅に腕を振る。
しかし目標を定めない攻撃は避けやすい。
レティはそれらを華麗に掻い潜り、熊の足下へ肉薄する。
「これで、終わりです!」
全ての力を振り絞った、正真正銘最後の一撃。
勢いよく振り上げられたハンマーヘッドは、最高速度で熊の顎を捉える。
何かが砕ける音。
熊の悲鳴にならない悲鳴があがる。
少し遅れて、その巨体はゆっくりと倒れる。地面を揺らし、落ち葉が舞い上がる。
それっきり、熊は二度と動かない。
「……やったか」
「はい。二人で、討伐できました」
一転して静寂に満たされた森の真ん中で、俺たちは互いに目を交わす。
無数の狼たちと、一頭の巨大な熊。死屍累々の中で唯一、俺たちだけが立っていた。
「勝ちました。――勝ったんです!」
「わぷっ!?」
レティが駆け寄り、ハンマーを投げ捨てて俺に抱きつく。
突然の事に思考が追いつかないまま、彼女を受け止めきれず一緒に地面に倒れ込む。
「勝ちましたよレッジさん! レティたち二人だけであの熊に勝ったんです! 最強ですよ最強」
勝利の興奮も頂点に達したのか、レティは嬉しそうに俺の胸に鼻先を押しつける。
ちなみに俺のLPは一切回復していないのでそれだけでもめちゃくちゃ痛い。
「ぐ、わ、分かったから。ちょっと落ち着け」
なんとかレティを引き剥がし、俺はようやく一息つく。
まだ夢を見ているような気がして実感が湧かない。
そんな時、突然ファンファーレが鳴り響いた。
『〈猛獣の森〉のボス、豪腕のカイザーが討伐されました』
『調査可能領域が拡張されました』
『〈猛獣の森〉に高速輸送列車ヤタガラスの発着ポータルが解放されました』
立て続けに流れるいくつものログ。
それを追い、俺たちはまた顔を見合わせる。
「これって……」
「俺たちが倒したのが、ボスなのか?」
地に伏してなお存在感を示す熊を見て、思わず生唾を飲み込んだ。
「ぐっ!?」
「きゃぁっ!」
直後、突如として広場の中央が発光し、俺たちは思わず目を閉じる。
遠くの方で、けたたましい警笛の音が響いた。
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Tips
◇〈槍術〉スキル
基本的な武器スキルの一つ。槍を使い、突きを多用するテクニックを多く使用する。テクニックの傾向としては、ディレイが短く、消費LPが少なく、攻撃力が低い。刺突武器ではあるが突くだけにはあらず、使用者の習熟によって打つ切る払うなど多様な技を繰り出すことができる汎用性の高さも魅力。
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