第12話「狂獣たちの笑い声」

「そんな……何を……」


 赤熱した薪が爆ぜる。

 ゆらめく炎のむこう側で、レティは丸い目を見開いた。


「どう考えても、打破できない。この夜を越すのは無理そうだ」

「そんなこと言わないでください! まだ、まだ何か解決策があるはずですよ」


 レティは立ち上がると火を回り込んで隣までやってきた。彼女は俺の手を握ると、思い切り引っ張って立ち上がらせる。


「携帯燃料が足りない以上どう足掻いたってだめなんだ。俺たちはこの森で死ぬ」

「そんな……」


 赤い瞳を見据えて、はっきりと言葉を句切って声に出す。

 レティもそれを聞くと何も言わなくなった。

 だから俺は彼女に向かって笑みを向ける。


「だから、足掻こう」

「……え?」

「どう足掻いたってだめだが、無駄なんてことはない。結局結末が一緒なら、二人で最善の策を選び取るべきだ」

「レッジさん。――そう、そうですよ! そうに決まってますっ」


 折れていたうさ耳がピンと立ち上がる。

 彼女は一変して生気を取り戻し、やる気をみなぎらせた。


「それで、どう足掻くんです?」

「休憩してる時間が無駄だ。まずは足を動かし続けることを考えよう」

「でも『発光』のクールタイム中は真っ暗闇ですよ?」

「それでも近くのものは見える。目を慣らしておけば、尚更な。だからもうランタンは使わない」


 俺はランタンをインベントリにしまい、代わりにファングスピアを取り出して構える。


「さあ、走るぞ」


 地面を蹴り、土を巻き上げる。

 焚き火の炎が掻き消えて、周囲は濃密な闇が覆った。


「前に倒木あります!」

「分かった!」


 森を走る。

 倒木を乗り越え、木々の根元を飛び越える。

 俺の視力では何も見えないが、ライカンスロープの高度な感覚器はその能力を最大限に発揮できる。

 先行するレティの声に従い、見えないものを避けていく。


「狼は来てるか?」

「気配は感じます」


 会話しながらも足は止めない。

 立ち止まったら最後、獰猛で狡猾な狩人たちに囲まれ喰われる。

 少しでも町へ近づくために、全身全霊を尽くす。


「品定めされてる段階か。多少なりともスキルレベルが上がってて良かった」


 現在、俺たちの各種武器スキルのレベルはおおよそ10前後。それのお陰ですぐさま襲われるという事態は避けられているようだ。

 しかし狼たちが仲間を呼び数を増やし、やがて俺たちに確実に勝てるという確証を得てしまったとき、俺たちは終わる。


「レッジさん!」

「っ、なんだ?」


 前方から声。

 彼女は俺の方を振り返り、眉間に皺を寄せていた。


「前方に開けた場所があります。月明かりで少し視界は確保できますが」

「そこに入った瞬間が勝負だな」


 お誂え向きの決戦場じゃないか。

 思わず笑みが零れる。


「レティ、戦える準備を。すぐに始まるぞ」

「……はい!」


 ぐんと速度を上げる。少しして、俺の目にも広場が捉えられた。

 木々に囲まれ、地面に浅く草の生い茂る小さな土地だ。歪な円形に広がっていて、そこだけぼんやりと明るい。

 俺は槍を構え加速する鼓動を抑える。

 開戦の合図は、雄々しい遠吠えだった。


「来るぞっ!」


 広場の境界を飛び越えた瞬間、背後からぞわりと殺気が撫でる。

 中央に到達してすぐに振り返る。

 黒い影が、すぐそこまで迫っていた。


「レッジさん!」

「『二連突き』ッ!」


 狙いも定めず我武者羅に技を繰り出す。

 至近距離ならば外すこともない。


「ギャウッ」


 小さな悲鳴を上げて狼が地面に転がる。

 すぐさまレティが槌を振り落とし、トドメを刺す。


「囲まれてるか?」

「はい。完璧に囲まれてます」


 広場の中央で互いに背中を合わせて視線を巡らせる。

 木立の影から無数のうなり声が響く。まるで昼間の襲撃を恨む怨嗟でも籠もっているかのような、低い声だ。


「来ます――」


 レティの声と同時に、狼たちは一斉に爪で地面を傷つけた。

 飛び出す無数の影の恐怖に耐え、もっとも優先すべき個体を見定める。


「お前だなっ」


 槍を突き出す。

 リーチの有利はこちらにある。

 向こうの爪が空を切る間に、その眉間に向かってこちらの切っ先が深く刺さる。

 急所にあたり、クリティカルダメージが発生する。その一撃でフォレストウルフは地に伏した。


「ルガァッ!」


 感傷に浸る間もなく後続が現れる。


「『二連突き』」


 技を出し、また殺す。


「『強打』! てりゃぁあ!」


 レティもまた、テクニックを交えながら攻撃を続け、殺到する狼たちを捌いていく。


「ぐぅっ」


 頬を銀の爪が掠める。

 絶え間ない攻撃の連続に、だんだんと余裕が削り取られる。

 俺は既に槍を突くことを諦め、なぎ払うように振り回していた。


「ああくそ、キリが無い!」

「あははっ! なんだか楽しくなって来ました! あはははっ!」


 俺は必死の形相で怒濤の勢いで迫り来る狼たちを捌いているというのに、レティは興奮した様子で軽やかに地面を蹴っている。

 狼の頭部に槌を振るい、高頻度でクリティカルエフェクトを発生させている。


「レティの奴、あんな性格だったのか」


 飛びかかる狼を突き刺し地面に叩き付けながら口の中で呟いた。

 普段は元気な少女といった印象だが、今はどこか大人びていて優美な雰囲気すら纏っている。


「さあ来なさい。レティが相手よ!」


 ヴン、と槌が振るわれるたびに空気が震える。

 狼の頭蓋を割り、骨を折り、顎を砕く。

 一撃一撃が彼らにとっての致命傷だ。


「あはは、あはははっ! あははははっ!」


 甲高い笑い声が獣の悲鳴を貫き響く。

 戦えば戦うほどに彼女の動きは洗練されていく。殴打は重みを増し、その軌道は鋭さを増す。

 無数の狼を吹き飛ばす、荒々しい渦の中心に立ち、妖艶な笑みを浮かべる少女。赤い毛並みは月明かりを浴びて艶めかしく光る。


「さあ、来なさい掛かって来なさい襲いなさい。纏めて吹っ飛ばしてあげる!」


 なんか、こわい。


「遅い遅い遅い! あくびが出ちゃう笑っちゃう! 哀れね愚かね残念ね!」


 レティはあんな性格だったか?


「あははっ! あははっ!」


 ともかく、順調に倒してくれているようなのでそれは助かる。俺も負けていられない。


「さあ、こっちも掛かって――あれ?」


 気を取り直して槍を構えて正面を向く。

 しかし、どうにも狼たちがやってくる気配はない。


「おい、レティ」

「あはははっ!」

「おい、ちょっと正気に戻れ!」


 近づくのは怖かったので少し離れた所から呼びかける。

 そうしているうちに彼女も冷静さを取り戻してきて、狼の気配がなくなったことに気付いたようだった。


「はわ、す、すみません我を失ってしまって。あれ、狼がいませんね?」


 広場は死屍累々のありさまだが、生きた個体が見当たらない。

 いつの間にか、群れは引き揚げてしまったようだった。


「も、もしかしてレティたちが勝ったんでしょうか」

「それならいいんだが……」


 なんだか不穏な気配がする。

 どうしても手放しには喜べず、俺は槍を握ったまま周囲を探る。


「っ、レティ!」

「はわっ!?」


 緊張を切らさなかったお陰だった。

 俺は暗闇から飛び出してきた影に気がつき、レティの肩を引き寄せる。


「ガルゥアァアア!!」


 巨影の主が苛立ちを込めた声を上げる。

 ずんぐりとした巨体が、月の光の中に浮かび上がる。


「く、熊……ですっ!?」

「こいつが来たから狼どもが逃げたのか」


 ギラギラと光る黄色い眼が俺たちを睥睨する。

 圧倒的な存在感は、確かな実力に裏打ちされたものだろう。


「レティ。こいつはさっきの雑魚とは訳が違うぞ」

「分かってます。……でも、諦めません」

「良い答えだ」


 槍を構える。

 黒々とした毛並みの巨熊も、前足を地面について牙を剥く。


「いきますっ!」


 開戦の火蓋を切ったのはレティ。

 彼女は駆け出すと同時に『威圧』を使う。熊は怒りに吠え、地面を鳴らして動き出す。


「うぉぉあぁあああああ!!」


 暗闇の決戦が始まった。


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Tips

◇〈杖術〉スキル

 基本的な武器スキルの一つ。杖や鎚といった打撃を主軸とする武器を扱うことで上昇する。テクニックの傾向としては、ディレイが長く、消費LPが多く、攻撃力が高い。また打撃をうまく原生生物の頭部に当てることができれば、状態異常〈気絶〉を発生させ一方的に攻撃をしかけることが可能になる。


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