第11話「未踏の森のまんなかにて」
その後も俺たちは目に入った敵から順に倒して、好調に討伐数を重ねていった。最初に〈猛獣の森〉という一段上のフィールドを経験したからか、もしくは単純に〈始まりの草原〉の難易度が低いのか、草原に棲むネズミや鶏もあまり強くは感じない。
「どうする? 森の方へ足を伸ばすか」
「いいですね。レティも草原の任務は全部条件を達成しましたので」
二人の意見が一致し、俺たちは満を持して草原のむこう側に広がる鬱蒼とした森へと入ることを決める。
まだ昼間だというのに、木々が競り合うように枝を伸ばす森の中は薄暗い。だがこちらにはレティという心強い偵察係がいる。
「早速、フォレストウルフです」
彼女の声でカメラを構える。
昨日の戦闘時にはカメラを持っていなかったから、是非とも撮影しておきたい。
レティの先導に従って少し森の中を進むと、一匹の狼がのそのそと歩いているのが見えた。
巨木の影に身を潜め、レンズを向ける。ピントを合わせ、シャッターを押し込む。カシャンという小気味良い音と共に灰色の毛並みをした狼の姿を捕らえる。
「よし、開戦だ」
「『威圧』! うりゃあああ!」
飛び出すレティの背中を追いながら装備を槍に持ち替える。
今日は森狼の毛皮を集めたい。そうしてネヴァに防具を作って貰おう。
「ふっ!」
狼の脇腹を捉え、槍を突き出す。
ダメージエフェクトが吹き出し、ゲージが削れる。その削れ幅は昨日のものとは比べものにならないほどに大きかった。
「猛獣特攻がよく効いてるみたいだな」
フォレストウルフの牙を用いたファングスピアとファングハンマーには、猛獣に対するダメージ補正が掛けられる。
恐らくは草原にいたネズミや鶏に対しても特攻が入っていたのだろうが、一度戦ったことのある相手のほうがその効果が如実に実感できた。
「『二連突き』!」
ザクザクと間髪を入れない連撃が入る。
哀れなフォレストウルフは、反撃すらままならずに封殺されてしまった。
「それじゃあ解体するから、見張っといてくれ」
「了解ですー」
ぴしりとこめかみに指先を当てて敬礼の姿勢を取ると、レティはぴこぴこと耳を揺らしながら周囲に視線を向けた。
その間に俺もナイフを使い、解体を行う。
ネズミや鶏よりも体が大きくレベルも高いからか、狼の体表に現れる赤線は少し複雑に絡んでいる。
それでも、なんとか解体を済ませると、昨日よりも少しだけ色の付いたドロップアイテムがインベントリに転がり込んできた。
「よし、終わりだ。次を探そう」
「はいー」
狼の骸が崩れ落ち、風塵に帰って行く。
それを見送り、俺たちはまた森の中を歩き出す。
「しかし、昼間に見ると綺麗な森だ」
「昨日はじっくり景観を楽しむ余裕がありませんでしたからね」
道なき道を進みながら、俺は足下に視線を落とす。
密林とはいえ緑一色の単調な風景ではなく、時折鮮やかな色の花が咲いていたり、小さな沢がきらきらと木漏れ日の下で輝いていたりする。
鮮やかな緑、暗い緑、時折垣間見える爽やかな青。そこへ意識を向けてみると、驚くほどに世界の解像度は広がっていく。
「この森、狼だけってこともないんだろうな」
俺たちがこのフィールドに不時着してから今まで、出会った生物は狼だけだ。
しかし耳を澄ませば鳥の囀りのような声も聞こえるし、落ち葉の降り積もった柔らかな地面に目を凝らせば狼のものとは違う足跡も見つけられる。
「熊とかいるかも知れませんね」
「流石にそれは分が悪そうだ」
冗談めかして囁くレティに思わず笑みを漏らす。
もし熊に遭遇したのなら、恐らく今の俺たちには太刀打ちできないだろう。
「でも、レティもレッジさんも結構スキルレベルは上がりましたよね」
「まあな。しかし攻撃力ばっかり高くても、防御力とかLPがないことにはどうしようもないだろう」
レティがそれもそうかと頷く。
ここまで快勝ばかり続いているせいでついつい忘れがちになってしまうが、今の俺たちは丸裸も同然の装備と初期値そのままのLPしかない。
攻撃される前に攻撃し、被弾する前に敵を倒すから分かりづらいだけで、もし狼の攻撃を受けてしまえばそれだけでLPは消し飛びかねない。
「だから防具を揃えて防御力を上げて、『源石』見つけて勾玉強化してLP量も増やさないとな」
LP――ライフポイントは全ての行動の源だ。それは俺たち全員の胸元に埋め込まれている青い“勾玉”によって生産され、そこに蓄積される。
現在の俺たちの最大LP量は100。この最大値、もしくはLP生産量を上げるためには、『源石』というアイテムが必要になる。
「でも『源石』はまだ入手手段が分かってないんですよね?」
「ああ。掲示板にもそれらしい情報は載ってないな」
問題なのがその点だ。
現在も恐らく多くのプレイヤーによって調査が行われているはずだが、一向に『源石』というアイテムの入手方法が分からない。
恐らくは難易度の高い任務の報酬、もしくはボス格の原生生物からドロップすると考えられているのだが、そのどちらも発見されたという話は聞かなかった。
「まあ、今はまず防具の拡充が最優先だ。しばらく森に籠もって素材集めに勤しもう」
「分かりました! レティもあんまり考えるのは好きじゃないし、体動かしてる方が楽しいです」
あっけらかんと言い放つと、レティはぶんぶんとハンマーを振り回す。
単純明快でとてもわかりやすくてよろしい。
そんなことを話しているうちに、早速新たな獲物が見つかったらしい。レティはハンマーを構えると、俺を一瞥してから飛び出した。
「『威圧』!」
狼を倒し、狼を倒し、たまに豊かな自然に癒やされ、また狼を倒す。
〈猛獣の森〉の名に相応しく、森を少し進むたびにフォレストウルフが姿を現す。
戦いを経るごとに俺たちのスキルレベルは上がっていき、より戦いやすく、より短期に決着がつくようになっていった。
一方的な狩りはとても楽しい。
いつしか俺たちはその爽快感に熱中し、少々視野が狭くなっていた。
だから――
「やらかした!」
「真っ暗じゃないですかー!」
気がついたときにはとっぷりと日が暮れていた。
現在地はどことも知れぬ森の奥深く。慌てて地図を確認して初めて知ったのは、ここはマップデータが記録されていない場所だということ。
「これはまずい。これはまずいぞ」
パチパチと弾ける焚き火の炎を睨む。
幸い俺たちは一度この森での夜を乗り切ったサバイバーパック難民。ランタンと携帯コンロを使えば、夜間は群れで狩りを行うフォレストウルフたちも遠ざけられることを知っている。
ただ、そこには一つだけ問題があった。
「どうしましょうレッジさん。もう携帯燃料ないですよ!」
「どうしようもないな!」
そう。携帯燃料がないのだ。
ランタンによる『発光』は、再使用が可能になるまでの時間がそこそこに長い。それは俺たちがランタンを交互に使用したとしても、ギリギリ追いつかない程度。
その隙間を埋めるためには携帯コンロを使った『焚き火』の設営が必須になる。
しかし『焚き火』には携帯コンロと共に携帯燃料が必要で、それは昨日半分使ってしまった。
「補充しておけば良かった……」
「そうは言っても、夜までには町に帰る予定だったからな」
がっくりと項垂れて、へにょりと耳を倒すレティに向かって言う。
そもそもここからスサノオまでどれほどの距離があるかも分からない。確実に言えるのは、手持ちの携帯燃料だけでは足りない、ということだった。
「まずいぞ。死に戻りはしたくない」
「今日一日のレベル上げが水の泡です! 集めたアイテムもぱぱーのぱーです! うわぁああん!」
「泣くな泣くな。なんとかならないか考えるから」
ぐずぐずと鼻水を拭い、レティが頷く。
それを見て、俺は更に思索を巡らせる。
明かりが消えれば狼たちがやってくる。昼間とは違い数の利は向こうにある。多少スキルレベルが上がって強くなったとはいえ、多勢に無勢だ。
さあ、どうしよう。
「……どうしようもないか」
小さく息を吐き、覚悟を決める。
「レティ」
「――はい?」
赤毛のうさ耳をした少女に向き直る。
彼女のルビーのような瞳をまっすぐに見つめて、俺は口を開く。
「すまない。俺たちは詰んだみたいだ」
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Tips
◇猛獣の森
スサノオの周辺を取り囲む〈始まりの草原〉の西方に広がる森。非常に多くの植物が繁茂し、視界は悪い。多様な生態系が見られる自然豊かな土地ではあるが、基本的に臆病な性格の原生生物が多く、普通に歩いていると彼らは視界に入る前に逃げてしまう。そんな中で目立つのは捕食者側である森狼、フォレストウルフの存在である。
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