第10話「ネズミとトリと狩人たちと」

「へぇ。任務って一口に言っても色々あるんだな」

「討伐任務、捕獲任務、納品任務に報告任務。プレイスタイルの数だけ種類もあるって感じですね」


 中央制御区域へと戻ってきた俺たちは、早速端末を操作してアマテラスから発注されている任務のリストを眺めていた。

 まだ最初の町で、特に新しいフィールドが開拓されている訳でもないというのに、我らが開拓司令船からは津波のように膨大な数が送られている。

 プレイヤー一人につき同時に十種類までの任務を受注できるため、できる限り似たようなものを受けておけば賢くお金を稼げるとのことだ。


「レティは討伐系を中心にしましょうか。やっぱり戦闘職には正道だと思いますし」

「俺も多少は討伐系を取るが、あんまり戦闘力は求めてないんだよなぁ」

「とはいえ始まりの草原や猛獣の森程度のエネミーに苦戦してると未開拓地は行けないと思いますよ?」

「それもそうか」


 レティのもっともな助言を素直に聞き入れ、俺も当面は戦闘関連のスキルを鍛えることにした。

 受注したのはネズミやトリの討伐任務と、それらのドロップらしきアイテムの納品任務。あとは記録任務という少し変わった達成条件のものも受注してみた。


「それじゃあ出発しましょうか」

「おう。いっちょ頑張ろう」


 そうして俺たちは町を出て、朝日が昇る〈始まりの草原〉へとやって来た。


「昨日は夜の間に通り抜けたから、明るいところを見るとまた印象が違うな」


 スサノオを囲む分厚い鋼鉄製の防壁に穿たれた門、そこを抜けると目の前に広がっているのは広大な草原だ。

 闇夜の中では景観も何もなかったが、光の下では豊かな自然の壮観が見晴らせる。


「背の低い草が生い茂ってますね。戦闘中に足を取られないか心配です」

「時間が進んで人の往来が重なる場所は自然に道ができるらしいけどな。今はしかたない」


 ところどころに細い緑樹や岩石が散見される以外には、ほぼ平坦なフィールドだ。

 手のひらをかざして目を細めると、遠くの方に獣らしき小さな影も確認できる。


「門の近くは人も多いし、少し歩こうか」


 絶えず人の出入りが激しい門の傍を避け、俺たちは人気の少ない場所を目指す。

 人の数こそ多いものの、それ以上にフィールドが広大なので、敵の取り合いが勃発することはなさそうだった。


「あれがネズミですね。……大きくないですか?」

「でかいな」


 耳をピンと張って索敵していたレティが早速ネズミを見つける。

 彼女の指さす方向に目を凝らすと、草の影からずんぐりとした茶色い毛に包まれた物体が見えた。

 問題はその大きさだ。かなり距離があるというのに、影は存在感がある。恐らくはサッカーボールが三つ並んだくらい。


「まあ小さいよりは攻撃も当てやすいだろ」

「うぅ、あんまり好きになれなさそうです」


 首から提げていたカメラでネズミの姿を撮影しつつ、浮かない表情のレティに声を掛ける。

 ははっ、人気のあるネズミなんてそうそういないと思うぞ。


「よし、じゃあ狩るか」


 カメラをしまい、槍を出す。

 ネヴァに新しく作って貰ったファングスピアのお披露目だ。

 俺が準備を整えると、それに追随してレティもファングハンマーを構える。相変わらずトゲトゲとしていて痛そうなビジュアルだ。


「あ、先鋒は任せてください」


 そう言って、レティは突然走り始める。

 大きな音を立てて近づいてきた彼女の存在に、ネズミもすぐに気がつく。頭を上げて、耳を立てる。

 ネズミが逃げようと身を翻したその瞬間、レティが大きな声を発した。


「『威圧』ッ! うぉりゃぁあああっ!」


 テクニックの発動を示す赤いエフェクトが彼女を中心に放射状に広がる。

 その波に飲まれ、ネズミは甲高い声を上げて逃走をやめる。その眼光は鋭く、闘志を燃やしている。


「すごいな。あれが〈戦闘技能〉か」


 戦闘職の活動を助ける様々なテクニックを揃えるスキル。そのもっとも基本的なテクニックである『威圧』は、発声によって敵の注意を引きつけるという効果がある。


「はりゃぁあ!」


 飛びかかるネズミ目掛け、レティの槌が振るわれる。

 鋭く尖ったヘッドがネズミの頭蓋を揺らす。


気絶スタン入りましたっ」

「ナイスだ」


 気絶は数ある状態異常のうちの一つ。ハンマーのような打撃系の武器による攻撃を、頭部に命中させることで、確率で発生する。

 気絶状態になった者は視界を奪われ、行動が不能になる。

 つまりは、一方的な攻撃チャンスと言うことだ。


「『二連突き』ッ!」


 先ほどカートリッジを購入し、覚えたばかりのテクニックを発動させる。

 突き出した槍の姿がぶれ、ザクザクと二重のダメージエフェクトが吹き出す。


「『強打』ぁ!」


 未だ気絶から復帰しないネズミに向けて、レティも二の手を叩き込む。

 それは〈杖術〉スキルの基礎テクニック。渾身の力を込めた一撃は、ネズミの骨を砕き折る。


「よし!」


 レティの先制と強打、俺の二連突きを間髪入れずに浴びせられ、ネズミのHPバーは一瞬で消し飛んだ。

 俺たちは〈猛獣の森〉である程度スキルレベルも上がっていたし、まあ最初のフィールドのエネミーならばこんなものだろう。


「おつかれさん」

「ありがとうございます」


 地面に座って消費したLPを回復させるレティを労いつつ、俺は横たわるネズミに歩み寄る。

 “剣”を仕舞い、道具を肉厚なナイフに持ち替えてテクニックを発動させた。


「『解体』」


 すると視界内でネズミの骸の上に赤い線が現れた。

 俺はその線をなぞるようにナイフを滑らせる。

 そんな俺の行動を奇妙に思ったのか、レティが肩越しに覗き込んでくるのが分かったが、こっちも作業を中断する訳にはいかない。

 そのまま線をなぞり続けると、アイテムがインベントリに送られた。


「ふむ。70%成功か」


 最初なら上出来の部類だろう。


「何をしてたんですか?」


 作業が終わったのを見計らってレティが尋ねてくる。

 俺はディスプレイにインベントリを表示させ、中に収まったアイテムを見せながら言った。


「〈解体〉スキルを使ったんだよ。テクニックを使ったら赤い線が見えて、それをなぞってナイフで切れば、ドロップアイテムにボーナスが付くんだ」

「ほええ。なんというか、貧乏くさい……?」

「何を言う。資源の有効活用だぞ」


 このネズミから取れたのは、〈草食み鼠の毛皮〉〈草食み鼠の腿肉〉。そして『解体』によって〈草食み鼠の尻尾〉というアイテムが追加された。

 相変わらず何に使うのかも分からないアイテムだが、無いよりはある方が得に決まっている。

 ちなみに〈解体〉スキルも〈野営〉と同じ生活系に分類されるスキルの一つだ。


「そらそら、依頼分は手早く狩るぞ。あ、攻撃する前に一言言ってくれよ。〈撮影〉スキルのレベル上げも兼ねてるから」

「分かりました。それじゃあこの調子でいきましょう!」


 ナイフを槍に戻し、カメラを取り出す。

 その間にレティも周囲を見渡し、新たな敵を探す。


「いました! 今度はトリですよ」


 その指の先にいるのは、茶色い羽毛をした大柄な鶏。三羽が纏まって草の根か何かをつついている。

 素早くファインダーに納め、シャッターを切る。

 カメラを仕舞う頃には、すでにレティは走り出していた。


「『威圧』! うりゃぁああああ!」


 大きな声と派手なエフェクト。

 興奮した鶏たちはバサバサと翼を広げ、鋭い嘴をレティに向ける。


「『二連突き』!」


 レティが狙いを定めた個体とは別の鶏に切っ先を向け、槍を突き出す。

 間髪を入れない二回の刺突。ダメージエフェクトが噴出し、鶏のHPバーを削る。


「ほっほう! 一撃でしたよ!」

「まじか。流石だな」


 楽しげなレティの声に返答しつつ、通常攻撃を重ねる。

 なんとかそれで鶏のHPを削りきる。

 振り返れば、レティが二羽目のHPを吹き飛ばした所だった。


「終わったか?」

「終わりました!」


 晴れ晴れとした表情のレティを労い、解体を行う。

 インベントリにアイテムが収まっているのを確認して、俺たちはまた更なる敵を探して草原の中を歩き出した。


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Tips

◇グラスイーター

 スサノオ周辺に広く分布する大型の齧歯類。雑食性だが柔らかな若い草を好み、旺盛な食欲を持つ。一度に十匹程度を産むため全体的な個体数も多く、増えすぎれば豊かな草原を枯れた荒野に変えてしまう危険性も持つ。肉は柔らかく、あまり臭みがないため食べやすい。地中に複雑な穴を掘って暮らすため、適正な個体数の範囲内であれば、むしろ土地を耕し植物が根付きやすい環境を作る。


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