第8話「喫茶店〈新天地〉」
「できたよ!」
鍛冶エリアのすぐ傍で待っていると、ネヴァが嬉しそうに声を上げ手を振りながら帰ってきた。
素材を彼女に渡してからそれほど時間は経っていない。遠くから見ている分には、金床に素材を置いて何度かハンマーを振るっているだけのようにも見えた。
「もうできたのか?」
「一つ二つ作るだけなら、そんなに時間は掛からないわ」
彼女は証拠とばかりにインベントリから二つのカートリッジを取り出す。
「はい。これをインストールしてね」
カートリッジを受け取り、それぞれの“剣”へとデータを入れる。
新しい武器はファングシリーズという名称らしく、俺の槍はファングスピアとあった。
「ほらほら、装備してみて」
ネヴァに急かされ、俺はデータを反映させる。
すると“剣”は滑らかに変形し、新しい外見と性能を手に入れる。
「おおっ!」
それは素朴な槍だった。木製の柄に毛皮が巻き付けてあり、先には鋭い牙を使った刃が付いている。
「レティのハンマーも同じですね」
そういって、レティも自分の武器を変化させる。
彼女のハンマーの方も雰囲気は同じだった。木製の柄に、グリップの毛皮。そして頭からは牙の鋭い切っ先が飛び出ている。
「槍はともかく、ハンマーは殺意が高いな」
「見た感じだとベーシックシリーズの方が文明レベル高そうですね」
俺たちの率直な感想に、製作してくれたネヴァは思わず苦笑する。
「ちょっと
「猛獣特攻?」
「獣系エネミーにダメージ補正が掛かるみたいね」
流石は狼の素材を使っているだけある、ということだろうか。
獣系エネミーというのは、簡単にいってしまえば〈野営〉スキルの『発光』や『焚き火』の威嚇効果が効く原生生物のことだ。
パラメータを見てみれば、確かにベーシックスピアよりも攻撃力が高い。
「ありがとう。心強い武器だ」
「こちらこそ。レシピも埋められたし、素材も貰ったし、助かるわ」
改めてお礼を言うと、ネヴァは胸を張る。
鍛冶の難易度がどれくらいなのか俺は知らないが、初めて見る素材を使い、初めて見る武器の製造を一発で成功させる彼女は、かなり将来有望なのかもしれない。
「そうだレッジ、フレンド登録してもいいかしら?」
「え、いいのか?」
しげしげとファングスピアを眺めていると、ネヴァがそんなことを申し出た。
俺が驚くと、彼女は頷く。
「貴方達は面白い素材持ってきてくれたし、武器も作ってあげたからね。もしそれが壊れたら、私が修理してあげるから」
「ほんとうに? いやぁ、こっちとしても心強いさ。ぜひよろしく頼む」
「うぅ。……レティもよろしくお願いします」
「もちろん!」
そんな訳で俺たちはフレンドリストに新しくネヴァの名前を加えた。
彼女はこれからも基本的にはこの生産広場に籠もる予定だという。
「ここで〈鍛冶〉と〈取引〉上げつつ、他の生産にも手を出したいからね。ゆくゆくは〈採掘〉なんかも伸ばして基本的な材料は自分で集められるようにしたいけど、どうしても戦闘力は無くなるから」
「その時は俺たちがエネミーの素材を取ってくるさ」
「……戦うのはレティがメインだと思いますけどね」
男らしく宣言すれば、後ろからぼそりと釘を刺される。
不甲斐ないが、それも事実だ。
よろしくお願いしますとレティさんに頭を下げれば、よろしいと彼女は大仰に頷いた。
そんな様子を見て、ネヴァは口元を押さえて笑う。
「二人とも、ほんとに今日出会ったばっかりなの? 仲が良さそうで何よりだわ」
「ふふん。レティ達は苦楽を共にした相棒ですからね!」
いつの間にか相棒にまで昇格していたらしい。
彼女の中での俺の位置づけがよく分からない。
「しかしまあ、武器を新調したら次は防具を作りたいな」
俺はシンプルな白い服装を見下ろして言う。
防具はなく、無防備な状態というのはあまり好ましく無いだろう。
町を覗けば早くも立派な鎧を着込んでいるプレイヤーもちらほら見られる。
「防具はなかなか大変だよ?」
「そうなのか」
ネヴァが頷く。
「一式揃えようと思ったらね。頭、上衣、下衣、靴で最低4部位必要だから」
「結構多いな。その分素材も量がいるか」
「そうね。さっきの武器はそれぞれ毛皮1枚と牙4つ使ったけど、防具なら毛皮はもっと必要だと思うわ。もしアクセサリーも着けるなら、追加で肩、腰、指輪、首飾り、耳飾りの五部位もあるわよ」
「それじゃあまた集めに行かないとですね!」
俺たちの会話を聞いて、レティが俄にやる気を出す。
彼女も新しい武器を持って興奮しているのだろうか。
「そうだな。夜が明けたら、また出かけるか」
「気をつけてね。生きてさえいれば、武器は作ってあげるから」
とはいえやる気いっぱいなのはいいことだ。
ネヴァも温かい声援を送ってくれる。
「じゃあ夜の間は情報収集ですね。情報を制する者は云々です!」
「そこまで言ったなら最後までいけよ……」
ぴんと耳を立てて調子の良いことを言うレティ。
ネヴァはまたスキル上げに戻ると言い、俺たちは彼女と別れた。
「どこかゆっくりできるところがあれば、そこで掲示板なりwikiなり見るんだが」
いい加減スサノオの人混みにも酔ってきた。
闊歩しているのがただの人間じゃないというのも拍車を掛けている。
どこか静かなところで落ち着きたいという俺の要請に、レティは少し考えた後ぽんと手を打った。
「それなら、カフェに行きませんか?」
「カフェ?」
首を傾ける俺を見て、レティは仕方ないなぁと少々憎たらしい表情になる。
「休憩スペースとして、スサノオにはいくつも喫茶店とかレストランとかがあるんですよ。そこなら人混みからも離れられるので、良いと思います」
「そんなものが……」
これも森での休憩中に調べていたのだろうか。
脳天気なようにみえて、彼女も随分下調べはしっかりするタイプなんだな。
「ほら、ここなんかどうです?」
そうして彼女に先導されてやってきたのは、大通りから少し外れた、路地の奥にある静かな佇まいのカフェだった。
金属が多用されたメタリックな印象のスサノオの町並みの中で、隠れ家のような落ち着いた雰囲気がある。
「雰囲気がいいな」
「入ってみましょう」
カラコロとドアベルを鳴らして扉を開ける。
外観とは一転して、中はフローリング敷きで落ち着いたクラシック音楽が流れている。
仕切りによって半個室のようになっている客席では、俺達以外にも目聡いプレイヤーが数人テーブルで寛いでいた。
「いらっしゃいませ。喫茶〈新天地〉へようこそ」
入り口の傍で立っていると、スケルトンではない、人間の少女のようなスキンのNPCがやってきた。
彼女は落ち着いたロングスカートのメイド服を纏い、手に銀色のトレイを持っている。
「お好きな席へどうぞ。ご注文はメニュー表にて直接お願いします」
スキンショップの店員とは段違いに流暢な言葉に案内されて、俺たちは窓際の席に座る。
「おどろいたな」
「高級NPCですね。ほとんど人間みたいです」
レティによると、どうやらNPCの中にもいくつかの等級があるらしい。
現在も町を駆け回っている検証班が次々にNPCの情報をwikiに纏めているため、そこにも詳しいことが書かれていた。
「このスサノオだけでも結構な面積があるし、検証班やら攻略班は大変そうだな」
「それもゲームの楽しみ方の一つだと思いますよ」
レティの言葉ももっともだが、物好きなプレイヤーもいるものだ。
そういえばレングスもwikiの編集者になりたいって言ってたな。
「レッジさんはどれにします?」
ぼんやりと考えに耽っていると、レティの声で現実に引き戻される。
テーブルを見下ろすと、そこにはメニュー表が広げられていた。
ディスプレイで代用してもいいのに、わざわざメニュー表を用意しているあたりこだわりがあるらしい。
「あー、俺はコーヒーでいいかな」
「うええ。せっかくいくら食べても太らないのに……」
俺はパラパラと捲って流し見た後、安定のブレンドを注文する。ちなみにお値段は60ビット。お安い。
しかし俺の注文が不満なのか、レティは眉を顰めている。
たしかにVRの中じゃいくら食べても太らないとはいえ、体が虚偽の満腹感に混乱してしまって“酔う”ことがあったりもするんだが。
「レティはー、デラックスカスタード金時マスタードバスタードレッドホットデスチリファイヤメガタイヤキパフェとー」
「待て待て待て待て、なんだその化け物は!」
「ほえ?」
ほえ? じゃない。
彼女の口から流れ出した呪詛のような単語の羅列に思わず平静を取り乱す。
「このお店の目玉らしいですよ。制限時間30分で、時間内に食べきれば無料というチャレンジメニューでもあります」
ふんすふんすと鼻息荒く語る彼女。そういうものが好きだったのかとびっくりする。
「絶対無理だろ。やめとけって」
「大丈夫です。慣れてるので!」
何で慣れてるんだ。
俺の制止も虚しく、彼女は注文をしてしまう。
そして待ち時間も無く、すぐにそれは現れた。
天井に迫るかというほど聳え立つ、真っ赤な山。自然と目が痛くなるような刺激と、むせかえりそうな甘い匂い。ほかほかと湯気を立たせる、焼きたての巨大鯛焼きが四尾、天を仰いで突き刺さっている。
一緒に注文されたココアがなんだか申し訳なさそうに見えてきた。
「コーヒーが甘く感じる」
俺の注文はブラックコーヒーだったはずなんだが。
俺は極力それを見ないように、窓の外を見る。
「いっただっきまーす!」
煌めく夜空の下に、町は眠らず活気づいていた。
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Tips
◇喫茶〈新天地〉
シード01-スサノオの大通りから外れた路地の奥にひっそりと居を構える落ち着いた雰囲気の喫茶店。寡黙なマスターが拘り抜いたコーヒーと、彼の持病である突飛なメニューが人気。とある常連は「9割当たりだけど、1割がこの世のものとは思えないものすごい外れ」と評する。
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