第7話「大柄な鍛冶師」
無事にスキンという個性を手に入れ、他のプレイヤーとの区別も付きやすくなった俺たちは、多くの人々で賑わう大通りで人の流れに任せて歩いていた。
「武器を強化したいんだ」
すれ違った大柄なタイプ-ゴーレムの男を横目に見ながら、俺はレティにそんなことを言ってみた。ゴーレムの男が背負っていた大きな剣は、ベーシックシリーズのものではなさそうだ。
「武器ですか。それなら生産者さんを探します?」
俺の要望に、レティは適切な答えを返してくれる。
このゲームには生産系のスキルが存在し、それを骨にしたビルドを作るプレイヤーは生産者と呼ばれる。
原生生物を倒してドロップしたアイテムや、採集系スキルによって得た素材を用いて、彼らは武器や防具、料理やアンプル、各種道具なんかを作製するのだ。
「ゲームが始まってすぐだから、NPCで買うっていう選択肢もあるんだけどな。今はフォレストウルフの素材も多少あるし、生産者側もそういう素材が欲しいんじゃないかな」
「結局5匹くらいやっつけたんですよね。素材も結構溜まりました?」
レティは戦闘の要ということもあり、重量とインベントリ枠を圧迫するドロップアイテムは全部俺が預かっていた。
「毛皮が5枚、牙が13個だな。武器を作るのに何がどれくらい必要なのかも知らないから、その調査も兼ねておきたい」
「ですね。掲示板かwikiに生産者さんの情報があるかもしれないので、調べてみます」
人の動きの邪魔にならないよう、俺たちは通りの隅に移動して“鏡”を操作する。
すると、掲示板にスサノオの一画に生産設備が置いてある広場があるという書き込みを見つけた。
「行ってみよう」
「はい!」
ぴょこんと飛び跳ねるレティ。
彼女と共に、掲示板に書き込まれていた座標へ向かう。
「ここか」
「生産広場って呼ばれてるみたいですね」
そこは、各種生産活動に用いる設備がいくつも用意された広場だった。
スキンすら装着していないスケルトンたちが一心不乱に作業に没頭しており、その場に一種独特な熱気が漂っている。
彼らはいわゆる、ガチ勢という存在なのだろうか。
「えーっと、武器の作製は〈鍛冶〉なのか?」
「でもレティ達が持ってるのは狼の素材ですよ?」
「ま、聞くだけ聞いてみよう」
町中は対人戦可能エリアでもないし。
そんな気楽な気持ちで広場を見渡す。調理師学校の教室みたいにキッチンがいくつも並ぶエリアや、化学実験室みたいなフラスコなどの装置があるエリアなど、対応するスキルごとに場所も分けられているらしい。
「鍛冶エリアはあそこですね」
レティが見つけてくれた場所は溶鉱炉と金床のセットが並ぶエリアだった。
ハンマーを片手に金属音を打ち鳴らしているプレイヤー達も、がっしりとした体格の良いゴーレムがよく目立つ。
俺はしばらく職人達の手さばきを眺め、小さく唸る。
「どうかしました?」
隣に立っていたレティがまだ行かないのかと声を掛けてくる。
「みんな真剣な顔で話しかけづらい」
「……おじさんのくせに」
「おじさん関係ないだろ!?」
しらけたような目を向けるんじゃない。
人が自分の世界に入り込んでいるところに、ずかずかと土足で侵入するのは気が引けるという話だ。
「レティ、代わりに行ってくれないか?」
「え、ええっ!? レティですか?」
「おま、おじさんのくせにとか言って置いてそれはないだろ」
矛先が自分に向くと、突然慌て出すウサギだった。
俺たちが広場の隅で言い合っていると、突然背後から声が掛かる。
「なになに、どうしたの? お二人さん」
落ち着いた女性の声だが、予期しない呼びかけに、俺は思わず飛び上がる。
振り向けば、タイプ-ゴーレムの女性が一人、槌を担いで立っていた。
「す、すまない。騒がしくしたな」
「いいよいいよ。ここはずっと騒がしいから」
俺が謝ると、彼女は気にした様子もなく首を振った。
彼女は俺の目を覗き込む。
「私はネヴァ。鍛冶師目指してるんだ」
「あ、俺はレッジ。旅人をやろうとしてる」
「レティです。レッジのパーティメンバーで、戦闘職志望です!」
旅人をやろうとしてる、とはなんだ。
少し挨拶の言葉を間違えたかもと後悔しつつも、鍛冶師の方から声を掛けてくれたのは僥倖だった。
「実は、〈猛獣の森〉で素材を少し集めたから、それで武器を作って貰えないかと思って来たんだ」
「ほうほう! もうそんな奥まで行ったんだね」
俺の言葉に、ネヴァは驚いた声を上げる。
スケルトンなので表情はあんまり分からないが。
しかしどうやら、順当に町から出発した組からすると〈猛獣の森〉はまだ遠いフィールドらしい。
そこからスタートできたのはハイリスクではあったが、リターンも大きかったのか?
「俺たちは『サバイバーパック』を選択しててな」
「ああ、いわゆるサバイバーパック難民だったんだね」
彼女は納得して手を打った。
どうやら掲示板はこまめに目を通しているらしく、俺たちの事情も大体把握してくれたらしい。
「それで、フォレストウルフっていう
「ええ、ええ。むしろ大歓迎よ」
ずい、と胸を張るネヴァ。
タイプ-ゴーレムは全体的に大柄で、彼女も俺よりも随分背が高い。その上、胸も機械にあるまじき豊かさなので正直目のやり場に――
「いだっ!?」
「何をぼーっとしてるんですか。お話進めてください」
「なんで不機嫌なんだ?」
突然レティに足を踏んづけられて悲鳴を上げる。
理由を尋ねても、彼女はつんとしてそっぽを向いてしまった。
しかたないのでネヴァとの話に戻る。
「フォレストウルフの素材は、まだあんまり出回ってないのか?」
「ええ。まだ初日だし、大半のプレイヤーは〈始まりの草原〉でチュートリアルしてるところだから」
そういうことか。それなら、俺たちサバイバーパック難民は彼らより一歩リードできているらしい。
「それじゃあ、フォレストウルフの素材で何か作ってくれないか? 余りは全部譲るよ」
「いいの? 私は武器製作で経験値も入るから、得しかしないんだけど」
「俺もレティも、素材を使う予定がないからな。NPCに売っぱらうのも味気ないし、有効活用してくれるなら俺も嬉しい」
「やったやった! それじゃあ腕によりを掛けて、張り切っちゃうわね」
かなり破格の条件なのか、ネヴァはガッツポーズをして喜ぶ。
とはいえ、こんな状況もプレイヤー達が森へ入っていったらすぐに終わるだろう。
苦労した分の役得だと考えて、俺は思わず笑みを零す。
「いだっ!?」
「ふんっ」
「なんなんだよ……」
また足を踏まれ、目が潤む。
スキンを張ると涙腺まで実装されるらしい。
レティはつんとした様子で変わらない。LPが減っていないのが幸いだ。
「じゃあレッジ、早速作業に入るからパーティに入れてくれない?」
「うん? パーティを組む必要があるのか」
「必須じゃないけど、パーティを組めば出来上がったアイテムの情報がすぐに確認できるし、持ち逃げもしにくくなるからね」
「そういうことか。分かったよ」
いかにも商人らしい、信頼第一の行動だ。
俺はネヴァをパーティに誘い、次いでにフォレストウルフの素材を全部彼女にトレードする。
「あ、〈取引〉が上がった」
「〈取引〉もあったら便利なスキルだよ。露店が開けるようになるし。まあ戦闘職には関係ないかな」
「いや、俺はそういうの大好物だ」
そう言うと、ネヴァは一瞬きょとんとしたあと大きな声で笑い出した。
どうやら俺は随分珍しいスタンスらしい。
「さてさて毛皮と牙だね。武器種はどうする?」
「俺が槍で、レティがハンマーだ」
「はいはーい。それじゃ、少し待っててね」
彼女はそう言うと槌を担ぎ直し、楽しげな足取りで鍛冶場へと歩いて行った。
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Tips
◇タイプ-ゴーレム
四種の自律行動型機械人形のうちの一つ。大柄で鈍重な、破壊力と耐久力に特化した機体。身長が他の四種よりも高く、女性型でも180cm以上、男性型は200cm以上となる。戦士としても優秀な働きを期待できるが、大重量のアイテム運搬能力を活かした高効率のアイテム加工にも適している。
その身長の高さから待ち合わせのときに便利とも。
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