第6話「新たな顔」

『機体データを抽出』

『バックアップデータを作製』

『開拓司令船アマテラスデータサーバへ送信』

『バックアップ完了』


 スサノオの中央制御区域は、森を出たときにも見えた背の高い鉄塔だった。

 その一階ロビーにはモニターとキーボードを備えた端末が並んでいて、それを操作することでセーブができる。端末の機能はセーブだけでなく、他にもストレージにアクセスしてアイテムや通貨を保管できるようだった。

 ストレージに保管したアイテム類はインベントリからアクセスできない代わりに死亡した場合でもロストしないといった利点がある。


「他のゲームでいう銀行ですよね」

「そういうことだな」


 リュックによる重量補正もあり、特にインベントリが圧迫されているわけでもない俺たちは、ストレージは利用せずに端末から離れた。


「それよりも、いいのか?」

「ほえ、なにがです?」


 こてんと首を傾げるレティを見て、俺は肩を竦める。


「パーティだよ。もともとは町までって話だったはずだが」

「う」


 痛いところを突かれたとばかりに彼女は顔をしかめる。

 まあ、スサノオまでという条件を言い出したのは俺だった気もするが。一応彼女も納得していたはずだ。


「で、でもレッジさんと一緒に森を歩くのは、楽しかったので」

「そうか……?」


 冴えないおっさんと森を歩くことの、どこが楽しいのか俺にはぴんとこなかった。


「それにレッジさんはレティを助けてくれましたし」

「……助けたっけ?」

「ポッドから落ちたときとか」

「あれは偶然下にいただけなんだが……」

「よ、夜の時にもすごく機転を利かせて、ランタン取り出してて……」


 あれも偶然思い出しただけなんだが。

 とはいえ、今にも泣きそうな子にそれを言うのも無粋だろう。

 というかここはスサノオの中央制御区域。つまりはプレイヤー密度もかなり高く、衆人環視の中での会話である。

 そろそろ周りの視線が痛くなってきた。


「だ、だめですか……? レッジさんが嫌でしたら、無理強いもできませんが……」

「いや、別に嫌なわけじゃないんだ。単純になんで心変わりしたのかと思ってな」


 そういうと、彼女はあからさまにほっとした様子で胸をなで下ろしていた。


「俺としても戦闘特化ビルドのプレイヤーがいてくれたらありがたいんだ。俺は自衛程度のスキルしか取らないつもりだったから」

「そ、そうですよね! レティがレッジさんをお守りしますよ!」


 それはそれでヒモっぽくて嫌なんだが……。


「相互依存、なんか違うな。相互扶助ってことでいこうか」

「はいっ!」


 初めてのゲームということもあるし、同行者がいるのは単純に心強い。

 ここまでの道程である程度見知った関係であることも、安心に繋がる材料だ。

 そんなわけで俺たちは改めて、パーティとして活動することとなった。


「それじゃ、フレンドになりませんか?」

「フレンド?」


 中央制御区域を離れ、町の中を歩いているとレティがそんなことを言った。

 俺がきょとんとしていると、彼女はディスプレイを開いて見せてくる。


「お互いのログイン状況が分かったり、直接遠隔通話ができるようになるんですよ」

「ほう。そんな便利な機能が」


 フレンド同士なら、いわゆるTELという機能が使えるようになるらしい。

 確かにお互いの生活リズムも分からないから、一度ログアウトしてしまえば連絡手段も失ってしまう。

 俺が了承すると、彼女は嬉しそうにディスプレイに指を這わせた。


「はい、かんりょーです!」


 フレンド登録は一瞬で終わり、俺のフレンドリストにレティの名前が現れた。


『もしもーし!』

「うおわっ!?」


 突然耳元でレティの声がして、思わず飛び上がる。


 慌てて横を向けば、レティがによによとした表情をこちらに向けていた。


「よしよし、感度も良好みたいですね!」

「突然なにを、びっくりするだろ」

「うふふー」


 どうやらさっきのがTELらしい。

 突然掛かってくるものだから心臓に悪い。

 俺が胸を押さえていると、見かねた彼女が設定から呼び出し画面を見直してくれた。


「こうしておけば、まずディスプレイが出てきて相手を見てから通話するか選べるように」

「最初からそういう設定にしておいてくれないかな」


 俺がぐったりとして言うと、彼女は面白そうに眉尻を下げた。


「とにかく、これで連絡手段はできたんだよな」

「はい。ですのでいつでも連絡してもらっていいですよー」

「悪いが不要不急の連絡はしない主義でな」


 そう言うと、彼女は目に見えてむくれる。


「ともかく今は町でできることをしよう。武器の強化とか、防具の作製とか」


 生産者を目指すプレイヤーもいるだろうし、何かしら作って貰えるはずだ。幸い素材はあるから、それを使って貰えばいい。


「あとは、スキンも買った方がいいのでは?」

「スキン?」


 レティの発した聞き慣れない言葉にまたしても首を捻る。

 彼女は少し呆れたような顔をして、説明を施してくれた。


「機体に貼り付けるパーツですよ。レッジさん、さっきのレングスさんと全く同じ外見でしたよね?」

「確かに……。そういえば時々人間っぽい外見のプレイヤーがいるのは」

「スキンを張ってる人たちですね。個性が出ますし、NPCのショップでもそんなに高くないみたいなのでおすすめですよ」


 確かに、ライカンスロープであるレティはともかく、俺はデッサン人形みたいな無骨な外見だ。他のタイプ-ヒューマノイドのプレイヤーも全く同じ姿だから、人混みに紛れてしまえばすぐに見分けが付かなくなる。


「そういうこと、よく知ってるな」

「森の中で休憩してるときに掲示板で調べました」


 俺が『サバイバー難民の集い』を見ているときか。

 どうやら彼女は彼女で色々情報を集めていたらしい。


「スキンの店は分かるか?」

「マップに載ってますよ。すぐ近くです」


 そう言うレティの案内で、俺は町中を横切る。

 中央制御区域と門の間に繋がれた大通りの一画に、その店はあった。

 俺たち以外にもスキンを求めるスケルトンたちが次々に吸い込まれていく。


「中は広いのか?」


 明らかに外観から推定される以上の人数を吸い込んでいる店を見て怪訝な顔をする。


「ゲームですから。わざわざ列を作るのも嫌ですよね」

「そういうところはリアルじゃなくていいんだなぁ」


 たしかにゲームでストレス溜めるのもどうかと思うしな。

 そんな訳で俺たちも次々に入店していくプレイヤーに混じって飛び込んでいった。


『イラッシャイマセ!』


 俺たちを出迎えたのは、スケルトンのNPCだった。

 スキン屋のくせに、店員はスキンを張っていないらしい。

 店内に人は疎らで、明らかに外から見たよりも少ない。

 老若男女様々な姿のいくつものマネキンが並んでいる内装は、少しホラーテイストにも感じられた。


『スキンヲ試着サレル場合ハ、アチラノ試着室ヲ、ゴリヨウクダサイ!』


 妙にハキハキと片言で喋るNPCに促され、俺たちは壁際にある試着室へとそれぞれ入っていった。


「おっ」


 部屋に入ると、自動的にディスプレイが現れる。

 これを操作することでスキンのパーツをカスタムすることができるらしい。

 試着室の壁は入り口を除く三面が鏡になっていて、それで外見も確認できる。


「結構自由度は高そうだな。料金は……一律100ビットか」


 ビット、というのはこのゲームの通貨だ。 一応、最初から財布には1,500ビットが入っている。

 それを考えてもかなりお手頃にスキンを張れるようだ。


「しかし、改めてみると確かに無骨だな」


 鏡に映る自分の姿は、のっぺりとしたデッサン人形そのものだ。

 顔にあるパーツは二つのカメラアイと、発声器官である口だけ。眉毛も耳も、鼻すらない。というかタイプ-ライカンスロープ以外の機体には体毛がない。


「デフォルトの男性スキンがこれだな」


 いくつか用意されているプリセットを使うと、無個性という個性を獲得した男性の外見に変わる。

 防具の類を何も着けていないため全裸になるかと思ったけど、簡素なシャツとズボンで社会性は守られた。

 プリセットを変えると瞬時に外見が変わるのが面白くてしばらく繰り返す。

 選べる外見は、最初のパーソナルデータ入力の時に選んだ性別で固定されるみたいだが、パーツを吟味すれば中性的な見た目にもできそうだ。趣味じゃないからやらないが。


「よし、とっととやっちまおう」


 あんまり凝ってもセンスの無い俺では前衛芸術になりかねない。

 俺は一番年齢が近そうなプリセットを使い、少し微調整して終わる。


「髪色とかもっと奇抜にしても良かったか?」


 そんなことを思ったりもしたけど、結局黒髪が一番落ち着く。

 画面越しに操作するキャラクターならいくらでも変にできるんだが、VRだとそうもいかない。


「おーけー。これで確定しよう」


 結局、黒髪黒目の平均的な日本人になった。多少は調整したので現実の俺に似てないこともない。ちょっと欲を出して筋肉質な感じにしてみたが、それくらい許されるべきだろう。

 髪は生やして肌を貼り付けるだけでも、随分と生気というか生身感がでてくる。

 意気揚々と試着室を出ると、その時点で財布から100ビットが抜き取られる。


「レティはまだっぽいな」


 店内を見渡しても赤いうさ耳が見つけられない。

 俺は備えてあったテーブルについて、彼女が試着室から出てくるのを待った。


「ライカンスロープはあんまり弄る必要もなさそうだけどなぁ」


 ヒューマノイドとは違い、ライカンスロープのデフォルト機体はもふもふとした毛に包まれている。

 とはいえ顔面は俺と同じのっぺりだったし、女の子的にはこだわりたいのだろうか。


「おまたせしましたっ!」


 そんなことを考えながらぼーっとしていると、レティの声が背中から掛けられる。


「おう、お……」


 振り向くと、美少女がいた。

 思わず間抜けなアシカみたいな声を出して呆けていると、彼女は眉を寄せて顔を近づけてきた。


「あの、女の子に向かってその反応はどうなんですか?」


 赤いうさ耳とルビーのような瞳は変わらない。

 しかし銀色メタリックな顔は白くつるりとした柔肌に変わり、長い赤髪がそれを縁取っている。

 体を覆う白い衣服は俺と同じ筈だが、それすら上等な召し物に見えてしまう。


「いや、見違えるくらいかわいくなったなと思って」

「ぷひっ!? そ、そんなことは……」


 思わず口から飛び出した言葉。抑える前にそれは彼女の耳に飛び込み、その顔を赤面させた。


「す、すまん。気持ち悪かったな」

「いやい、いや、大丈夫です。はい」


 なぜかしおらしくなってしまった彼女は、くるりと俺に背を向けると、ぱちぱちと頬を叩く。


「よし、大丈夫です」

「そうか?」


 大丈夫そうじゃなかったが。


「はい。では行きましょう」

「お、おう……」


 レティは俺の手を握り、有無を言わせぬ勢いで店を出る。

 店員のハキハキとした声を置き去りにして、俺たちは町の人混みに飛び込んだ。


「レッジさんも、イカしてますよ」


 その間際、こそこそとレティが何かを呟く。


「すまん、何だって?」

「なんでもないです!」


 俺が聞き返すと、彼女は少し頬を膨らませてそっぽを向いた。


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Tips

◇タイプ-ヒューマノイド

 四種の自律行動型機械人形のうちの一つ。拡張性に優れ、多様な環境に対する適応力に秀でている。他の明確な特徴を持つタイプと比較して器用貧乏と評されることも多々あるが、どのような状況にも投入できる安定した能力は調査開拓作業の要とも言える。


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