第5話「スサノオ」
夜道をランタンで照らしながら歩き、効果が切れたら焚き火を設置して休む。
一定のリズムができてしまえば敵に怯える心配も無くなり、むしろ〈野営〉スキルのレベル上げになるということもあって昼間よりも有意義な時間になった。
「ほう。他のサバイバーパック民もランタンとコンロを使って進んでるみたいだな」
携帯コンロを使って熾した焚き火の前に座り、公式掲示板の中にあった『サバイバー難民の集い』というタイトルのスレッドを見ていた。
そこには俺たちと同じくサバイバーパックを選んだが為にスサノオへたどり着けず、周囲のフィールドを彷徨っているプレイヤー達の声があった。
「全員がこの猛獣の森に落ちちゃったわけじゃないんですね」
俺のディスプレイをのぞき込み、レティが言う。
一応個人のディスプレイは他のプレイヤーには見えない仕様になっているのだが、今はパーティを組んでいるため例外的に彼女も俺のディスプレイを見ることができる。
「はじまりの草原って言う、スサノオの目の前にあるフィールドに墜落した奴もいるみたいだな。そいつらは日没前にスサノオに入れたみたいだ」
むしろ今掲示板を賑わせているのは、俺たちと同じくはじまりの草原の更に外側に広がるフィールドに不時着したプレイヤーたちだ。
それぞれに〈野営〉スキルの活用を初め、様々なスキルを用いた生存方法を紹介し合っている。
他のプレイヤーとは違う、初期の町にすらたどり着けないゲームスタートに憤る者も多少はいるが、全体的には流石サバイバーパック選択者だけあって寛容に受け止め、それどころか余計にやる気を出している反骨精神旺盛なプレイヤーが多い印象だった。
「レッジさん、そろそろコンロの火が消えますよ」
「ん。ランタンも再使用できるようになったな」
コンロはともかく、携帯燃料は有限だ。
ここからスサノオまでの道でどれほど必要になるかも分からないから、節約もかねて俺とレティの携帯燃料の中から一個ずつ使うことにしていた。
椅子にしていた丸太から立ち上がり、コンロを回収する。ランタンに火を点け、俺たちはまた歩き出した。
「休憩しつつとはいえ、これだけ歩いても疲労感が一切無いのは逆に違和感があるな」
「機械の体だからじゃないですか?」
森の中を歩きつつ、つい言葉を漏らす。
墜落してからずっと歩いているが、足の裏が痛くなったり筋が張ったりという兆候が見られない。
そんな俺に、レティは当然と言えば当然な答えを返してくれた。
「でも一応、ずーっと歩いてるとLPが若干減りますよ」
「それも焚き火に当たってれば回復するだろ」
「機械の本領発揮って感じですね」
携帯コンロで使える『焚き火』は、闇夜を照らし周囲を威嚇するだけでなく、若干のLP回復効果もあるようだった。
それもあり、『発光』と『焚き火』の発動に多少のLPを消費するにも拘わらず、今の俺たちのLPは常に十割近くある。
「そろそろ森も抜けそうですね」
「そういうの分かるのか?」
「はい! と言いたいところですけど、普通に地図見てただけです」
そう言ってレティは自分のディスプレイを俺の方へと向ける。
見れば、確かにもうすぐ森と草原の境界線に差し迫っていた。
「ここら辺なら、もう狼も出てこないかな」
「そういう油断が命取りだぞ」
ぐぐっと背伸びをしながら言う少女に、俺は少し気取って言う。
しかし、そんな忠告も虚しく、俺たちは何に出くわすこともなく〈始まりの草原〉というフィールドへと足を踏み入れた。
「おお、スサノオも見えるな」
森を出て、一気に視界が開ける。
背の高い植物も無く、かなり遠くまで見通すことができた。
そんな俺たちの視線を集めたのは、正面遠方に聳える巨大な鉄塔。それを中心とする鋼鉄の施設群だ。
「あれがスサノオですかー。立派ですねぇ」
地上前衛拠点スサノオ。開拓司令船アマテラスから投下され、地上で活動する俺たち調査隊の補給と休養を一手に担う施設。
その外周は背の高い防壁で囲まれ、その上には幾つもの物々しい防衛設備が並んでいる。
汚染されていない澄み渡った夜空に浮かび上がる巨影は、鮮やかな星々の光に照らされ強い存在感を放っていた。
「草原からスサノオまではすぐみたいだな。早く帰ってセーブしよう」
「そうですね。森の中で結構スキルレベルも上がりましたし」
スサノオの主要な機能の一つが、俺たちプレイヤーのデータを記録することだ。
町にある端末を使ってデータをアマテラスのデータベースに記録することで、フィールドで死亡した場合にも記録時点でのステータスで復活できる。
俺たちはまだそのセーブを行っていないため、万が一ここで死んでしまったら、全てがゼロに戻ってしまう。
油断せず、ランタンを掲げ、草原を横切る。
槍はしっかりと握り、もしランタンの光をものともしない原生生物の襲撃があったとしても対応できるようにする。
「あ! レッジさん、アレ見てください」
草原の中間までやってきたころ、突然レティが声を上げた。
彼女が指さす方向を見れば、遠くの方にぼんやりとしたオレンジ色の光がいくつか見える。
「あれは……。プレイヤーか?」
「レティ達と同じ、サバイバーパック難民では?」
「かもしれないなぁ」
順調に進めば、確かに俺たちと同じころに辿り着くプレイヤーもいるだろう。
初めて見つけたレティ以外のプレイヤーに、言い表せない安心感が胸の底から湧いてくる。
ランタンを掲げてぐるぐると腕を回すと、あちらもそれに気がついたのか同じような動作を返してくる。
やがてスサノオの巨大な防壁へと辿り着き、壁に沿って歩くと大きな門が現れる。
「おお、凄い活気だ!」
そこはまるで市場のような熱気に包まれていた。
姿も様々なプレイヤーたちが往来し、楽しげに言葉を交わしている。
中には、既に防具らしい衣服を纏っている者すらいる。
田舎から都会へやってきた時と同じような高揚感に、興奮を隠せない。
ふと隣を見てみれば、レティも耳をピンと張って声を上擦らせていた。
「すごい、すごいですよレッジさん! こんなに沢山の人が!」
「オンラインゲームだからな。むしろこれが普通なんだぞ」
初っぱな森のド真ん中に墜落してしまった俺たちの方が少数派なのだ。
「よう。さっきぶりだな」
「うおっ!?」
門の傍で立ち止まっていると、背後から声を掛けられる。
慌てて振り向くと、デッサン人形のような銀色の顔が目の前にあった。
濃緑の迷彩色をしたリュックを背負い、ランタンを手に持つ姿は、恐らく寸分違わず俺と同じだろう。
「さっき向こうで歩いてた人か」
「ああ。俺はレングス。あんたが見つけてくれたお陰で安心したよ」
彼はそう言って右手を差し出してきた。
握手を交わした後、レングスは俺の隣に立つレティの方へと目を向けた。
「同行者がいたのか?」
「ああ。たまたま近くに落ちてきたんだ」
そう言ってレティの方を向くと、彼女は俺の背後に隠れて顔を半分だけ覗かせていた。
「そりゃ幸運だったな。俺はずっと一人だったから、心細かったよ」
「ああ。レティには凄く助けられたさ。おっと、俺はレッジ。こうやって出会ったのも何かの縁だ。今後ともよろしく」
「よ、よろしくおねがいします」
そうして互いに挨拶を済ませ、ひとまず一緒にセーブを行う中央施設まで向かうこととなった。
レングスは公式掲示板の『サバイバー難民の集い』にも目を通していたらしく、そこでランタンの使い方に気付いたと言った。
「どうやらランタンとコンロを交互に使うのが正道みたいだな。丁度町につく前の最後の休憩で携帯燃料も使い切った」
「そうだったのか。一応考えられてるんだな」
レティの分と合わせて使っていたため気がつかなかった。
ランダムな地点に投下されるとは言っていたが、絶対にスサノオへの生還が無理な場所というわけではなかったらしい。
「レングスはセーブした後どうするんだ?」
「とりあえず宿を取って情報収集かな。他のプレイヤーが集めた情報を纏めておきたい」
「なんだ。攻略組になるのか?」
「いいや。ただこのゲームは公式wikiがあるだろ? それの編集者になってみたいんだ」
そういう仕事が好きなんだ、とレングスは言う。表情の無い顔だから分かりづらいが、恐らく笑っているはずだ。
「それはいいな。俺も助けて貰うと思うよ」
そういうと、彼は任せとけと胸を叩いた。
「レッジ達はどうするんだ?」
「俺達? 一応スサノオに着くまでの臨時パーティだったからな。解散して――」
「えっ!?」
俺の言葉を遮る声がした。
振り返れば、レティが耳をぴんと伸ばして俺に手を伸ばしていた。
その赤い瞳は、何故か捨てられた子猫みたいに潤んでいる。
「くっくっ。どうやらお連れさんはそう思ってないみたいだぜ」
俺たちを見て、レングスはくつくつと笑う。
確かに町に着くまでと言ったはずなんだが……。
ここでそれを強行してしまえば、俺がなんだかいじめてるみたいだ。
「……まあ、レティと一緒にプレイしてるよ」
「はいっ!」
さっきまでの不安げな表情はどこへやら。
レティは元気いっぱいの声と共にぴょこんと飛び跳ねた。
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Tips
◇地上前衛拠点スサノオ
開拓司令船アマテラスが最初に投下したシードを基に構築された前衛拠点。物資の保管、調査記録の解析、調査隊の支援などを一手に引き受ける調査活動における最重要要素の一つであり、アマテラス、ツクヨミと共に天の三柱に数えられる。スサノオの本体は町の中央にそびえる中央制御区域制御塔頂点に内在する中枢演算装置クサナギ。クサナギは通信監視衛星ツクヨミを介してアマテラスの中枢コンピュータ〈タカマガハラ〉と交信している。
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