第4話「闇夜の包囲網」
「レッジさんはどういったビルドにする予定なんですか?」
道中、細い小枝を踏み抜きながらレティが尋ねてきた。
俺は少し言い淀んだが、すぐに隠すほどのことでもないと思い直して口にする。
「旅人だよ。ここは風景が綺麗だから、いろんな所を歩き回ってみたいんだ」
改めて人に言うと少し気恥ずかしいな。
俺は少し視線を外しながら言う。
「ほえぇ、それも楽しそうですね!」
「だろう? 生活系のスキルを揃える必要があるから、戦闘関連は自衛ができる程度に抑えるつもりなんだ。アーツは俺もちょっと、できる自信がないからなぁ」
生活系、というのは数あるスキルの中の分類の一つだ。戦闘や生産には直接関係しないが、あると便利になるといった性質のもの。
それとは別に、戦闘の時に直接的なダメージソースとなるテクニックを習得するスキル――例えば俺の〈槍術〉やレティの〈杖術〉なんかは戦闘系と呼ばれる。
「サバイバーパックに入ってた携帯コンロは、〈野営〉スキルの初期アイテムだったろ」
「そうなんですか? レティはリュックとランタン目当てだったんですよ」
「それならクラフターパックでも良かったんじゃ……」
「レティみたいな
自信満々に残念なことを言う女の子だ。
ちなみにクラフターパックはリュックと各種生産系スキルに対応した道具類のセットだった気がする。ゆくゆくは生産スキルにも手を伸ばしてみたいから、少しだけ記憶に残っていた。
「あれ? でも〈野営〉スキルって掲示板の反応的に結構微妙だったような気がします」
「は!? このゲームさっきサービス始まったばっかりだぞ?」
頬に指をついて小首を傾げるウサギを見て、思わず大きな声を上げる。
「公式サイトで事前に開示されてた情報を引っ張ってきて、色々議論が進んでたみたいですよ。掲示板自体、一ヶ月前には開設可能になってましたし」
「そうだったのか……。あんまり掲示板とか見ないから知らなかった」
行き詰まったら攻略wikiも割と躊躇無く見てしまうが、事前に情報を整理して議論するほどでもない。
逆にレティはそういう所にも周到に目を通しているらしかった。
「ちなみになんで〈野営〉が微妙だったんだ?」
「あくまでゲーム開始前の憶測ですからね。町に帰れば誰でも自由に全ての施設が利用できるのに、わざわざ取る意味が無いって言われてましたよ」
前置きをしてからレティが言う。
まあその意見も納得できる。普通に狩りを中心にプレイするだけなら、それでも十分だろう。〈野営〉スキルが無くても町というのはノーコストで利用できる。
しかし俺が想定しているプレイスタイルは色々なフィールドを遠方も含めて歩き回るというものだ。
このゲームでは一定の開拓が進まないと新たな町――つまりは新たな地上前衛拠点スサノオがアマテラスから投下されない。そんな中で活動しようとするなら、〈野営〉スキルは重要になってくると考えたのだ。
「あとは単純に、スキルコストの削減ですよね。生活系スキルを上げてる間に戦闘系スキルを上げておいた方が強くなれますし」
「俺はあんまり強さを求めてないからなぁ」
「そういうプレイスタイルもありだとおもいますよ」
単純と言えば確かに単純な話だ。
時間というのは万人に平等だからこそ、寄り道せずに最初からまっすぐ歩けば誰よりも早くたどり着く。
結局、他の大勢と俺のプレイスタイルは、その方向が違っているだけの話だろう。
「ま、俺は俺でマイペースに鍛えていくよ。どうせスキルはいつでも上げ下げできるしな」
「そうですね。自由に工夫できるシステムですし」
とはいえ、俺もたまには掲示板を覗いてみよう。
同好の士が見つかるかも知れないし、有益な情報があるかもしれない。
「レッジさん、また狼がいますよ」
「ん、了解。今回もサクッと片付けよう」
順調だった道程に異変が生じたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
「ずいぶん暗くなってきましたねぇ」
「リアルタイムの数倍の速度で時間が流れてるらしいからな。落ちてきた時にはもう夕方に差し掛かっていたし」
木々の隙間から見える空を覗きながら、レティが言う。
ゲーム内の時間は、現実の数倍の速度で過ぎる。
初めての世界を歩くという高揚感も相まって、体感する時間の経過は更に加速していた。
「これは、日没までにスサノオには着けないかもしれないな」
そんな俺の不安は的中し、気がつけば周囲はすっかり夜闇の中に溶け込んでしまった。
「レッジさん、レッジさん」
そんな時、数歩先を歩いていたレティが怯えたように声を震わせて振り向いた。
「どうした?」
「狼がいます」
なんだ、狼か。
今まで何度も戦ってきたお陰で〈槍術〉のレベルも上がっていることだし、そう怯えるものではないはずだが。
そんな俺の顔を見て、彼女は更に情報を付け足した。
「狼が、沢山。レティ達を囲んでるんです」
「なにっ!?」
狼たちに悟られないようにか、彼女は俺の胸元まで密着して囁くように伝えた。
俺は思わず口を覆い、目だけを動かして周囲を探る。
「だめだ。俺の目じゃ見えない」
タイプ-ライカンスロープの索敵能力が活きた。
俺だけの単独行動であれば、あっという間に為す術無くやられていたところだろう。
「どどど、どうすれば……」
今まで、日中のうちに出会った狼はみんな一頭だけで行動する
しかし今はその状況が逆転している。
「何頭くらいいるか分かるか?」
「す、少なくとも五頭は。もっと沢山いる気もします」
俺の二の腕をぎゅっと握り、彼女はぶるぶると震えている。
数で負け、俺は視界も満足に確保できていない。
ひとたび狼たちが襲いかかればその瞬間にゲームオーバーだ。
「レティ、このゲームのデスペナルティは知ってるか?」
「……セーブ地点までの各種ステータスの減少と、機体とアイテムの残留です」
俺たちはまだスサノオでのセーブを行っていない。つまり死んでしまえばまたニュービーに戻ってしまう。
加えて二つ目のデスペナルティが重い。LPを全損し、死亡判定が下された場合、俺たちの機体はインベントリの中身ごと死亡地点に残留したまま、新しい機体としてスタートする。
運良く死亡地点まで戻りインベントリの回収ができれば問題はないが、まるっきりニュービーな上に全てのアイテムを失ってしまったらそれも難しい。
「……アイテム?」
そこまで考えて、俺は一つ忘れていたことを思い出す。
震えるレティをそのままに、俺は急いで“鏡”を操作する。
インベントリから取り出したのは、サバイバーパックに梱包されていたもの。
「レティ、ランタンを出せ」
「ら、ランタン?」
困惑する彼女に見せるように、俺は自分のランタンを握る。
そうして、説明欄に書かれていた通りに行動する。
「『発光』」
言葉に合わせ、ランタンがぼんやりと光を放つ。
暖かいオレンジ色の光はゆっくりと広がり、俺たちを包み込む。
「これって〈野営〉スキルですか?」
「ああ。〈野営〉スキルのレベル1から使えるテクニック、『発光』だ。これの効果は暗闇の中での視野の確保、そして――」
俺の話の途中、ぴくりとレティが耳を揺らした。
彼女は確かめるように何度も耳を動かし、ランタンの方へと驚きの目を向けた。
「狼が、遠ざかって……」
「そう。
それを聞いて、レティは慌てて自分のランタンを取り出す。
彼女のランタンも灯せば、狼たちの気配はさらに遠退き、やがて離散する。
「良かったな。俺たちは狼よりも上位の存在になれたらしい」
ランタンの『発光』による威嚇は、ステータス的に下位の原生生物にしか効かない弱いレベルのものだ。
しかし幾度となく繰り返した戦闘と成長により、なんとか二人合わせて上位の存在であると認識されたようだった。
「ふ、ふぁ……」
安心して緊張が解けたのか、レティは落ち葉の上に崩れ落ちる。
彼女の腕を支え、俺も近くの倒木に腰を下ろした。
「とりあえず、二人ともランタンを持っていて良かった。俺のだけだと互角ぐらいの判定だったんじゃないか?」
「ありがとうございます。レッジさんの機転がなかったら、今頃レティはハンバーグになってました……」
狼に〈料理〉スキルがあるとは思えないが……。
「ここから先はランタンを持ちつつ進もう。『発光』のクールタイム中は、こっちを使って休むか」
そう言って取り出したのは、携帯コンロ。
『発光』が再使用可能になるまではしばらく時間がかかる為、その間を凌ぐにはこれを使うしかない。
携帯コンロで使用できる『焚き火』というテクニックは、移動ができない代わりに『発光』よりも強い威嚇ができるようだ。
「はい!」
俺の示した方針に、レティは元気よく頷く。
ランタンの光に照らされた彼女の表情には、もう恐れや不安は無かった。
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Tips
◇フォレストウルフ
〈猛獣の森〉をはじめ、スサノオ周辺の地域に広く分布する原生生物。鋭い爪と牙を持ち、灰色の剛毛に覆われた大型の狼に似た外見をしている。昼間は休眠時間であり、覚醒時の性格も臆病でおとなしい。また昼間は単独で行動しており、ある程度の戦闘能力があれば討伐することも容易である。しかしひとたび夜が訪れればその性格は一変し、狂暴かつ獰猛になる。高い知性を活かした高度なコミュニケーションにより連携の取れた群れを形成し、闇夜に紛れた急襲で狩りを行う。
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