第3話「ウサギとオオカミ」
後頭部にのし掛かる重量感。顔面に感じる腐葉土の匂い。偉大なる一歩は正体不明の落下物によって出鼻をくじかれた。
「がーんだな。なんて言ってる場合か……。とりあえず、もし生きてたらどいてくれないか」
地面と何かに挟まりながら、もごもごと助けを乞う。
「いたった……。ふえ? わ、わ、ごめんなさい!」
すると頭上でそんな声がした。
意外なことに可愛らしい女の子の声だ。
その子が立ち上がったのか、圧迫感は無くなる。
よろよろと立ち上がると目の前に赤いうさ耳があった。
「うさみみ……?」
「ごめんなさい!」
首を傾げる俺の目の前でうさ耳が勢いよく倒れてきた。
思わず仰け反って視線を下にずらすと、もふもふとした赤い毛皮をした、ウサギの耳と尻尾を付けた少女が立っている。
「えーっと、ライカンスロープ?」
「はい! レティって言います!」
四種の機体のうちの一つ。視覚や嗅覚といった感覚器の性能が良い、タイプ-ライカンスロープの少女だった。
ライカンスロープは他のタイプとは違って、同一ながらも犬や猫などいくつかの動物をモデルとした派生形がある。
レティはその中でもウサギを選んだプレイヤーのようだった。
「えっと、レティはなんでこの森に。ていうかなんで上から?」
「それはその、レティにも良く分かって無くて……」
しょんぼりと肩を下げて俯く少女を見て、ピンときた。
「もしかして最初のアイテム選択でサバイバーパック選んだ?」
「そうです! よく分かりましたね!?」
ピンと耳を立てて驚くレティ。
どういう仕組みなのかは分からないが、耳は彼女の感情をよく表しているらしい。
俺がサバイバーパックの事情を説明すると、彼女は愕然とした様子でルビーのような目を見開いた。
「そ、そんなトラップがあったなんて。レティびっくり」
「俺もそれにやられたクチだよ。お互い説明書はちゃんと読もうな」
「はい……」
同じトラップ、いや説明文には書いてあったっぽいからトラップじゃないんだが、それに引っかかった同士ということもあって、多少親近感が湧いてきた。
ここでいきなり別れるというのも変な話ではあるので、俺は一つ話を持ちかける。
「レティ、良かったらスサノオまで一緒に行かないか?」
「ほえ? いいんですか?」
きょとんとして首を傾げる彼女に、俺は努めてにこやかな表情で頷く。
リアルだと冴えないただのおっさんである俺がこんなこと言えば即通報、一発でお縄だ。ゲームの中とはいえ、気持ち悪い汗が首筋を伝う。
「もちろん。一人で行くよりも二人で行く方が危険も少ないと思うし、どうだ」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
そう言って彼女はぴょこんと嬉しそうに飛び跳ねる。天然なのかそういうロールプレイなのかは知らないが、挙動の端々にもウサギっぽいところが見られて可愛らしい。
「ああそうだ。さっき降りてきたばっかりなら説明書も読んでないんだろう?」
「ほえ、説明書ですか?」
案の定首を傾げるレティに思わず笑いを堪えながら、鏡の操作方法を教える。インベントリから取り出したサバイバーパックからアイテムを取り出し、カートリッジをインストールして貰う。
「こ、こんな機能が!」
「チュートリアルがあんまり親切じゃないよな、このゲーム」
「でもリアリティがあっていいと思いますっ」
そんなことを言いながら、彼女は三種の神器の確認をしていく。
「武器は何を使うんだ?」
「レティはハンマーを使おうと思ってます」
言いながら、彼女は天叢雲剣をベーシックハンマーへと変形させる。
それはヘッドが彼女の頭ほどもある、柄も長めの立派なハンマーだった。
「意外だな。なんとなく、アーツ系のビルドにするのかと」
「あはは。その、アーツはちょっと、レティには合わないかなって……」
「あぁ、確かに人を選ぶよな。あのシステムは……」
ともかく、とレティはハンマーを担いで背筋を伸ばす。
「これで準備もできました。早速進みませんか?」
「ああ。ひとまず、よろしく頼む」
「はいっ!」
俺も槍を握り、改めて第一歩を踏み出す。
暗い森のド真ん中ではあるが、一応鏡を見れば現在値と方角、そしてスサノオの位置が分かる。
「しかしこれだけ見晴らしが悪いと、敵が出てきても気づけないな」
「そこはレティにお任せですよ! ライカンスロープは目も鼻も良いんですから」
「そうか、そうだな。じゃあ索敵は頼むよ」
そう言うと、レティは元気よく返事する。
なんとも元気溌剌で微笑ましい少女ではないか。
「おっとレッジさん、何か物音が」
しばらく歩くと、数歩先で彼女が立ち止まる。
長い耳をピクピクと動かして、僅かな音を捉えたようだ。
ウサギらしく、とりわけ聴覚が優れているのかも知れない。
「原生生物か?」
「はい。小さい狼みたいですね」
屈んで茂みに身を隠しつつレティが言う。
彼女の華奢な肩越しにじっと目を凝らすと、俺の目でも影が捉えられた。
「一匹だけか?」
「みたいです」
それなら多分大丈夫だろう。
こっちは二人なんだ。一匹に負ける訳がない。
「よし、同時に行くぞ」
「はいっ」
3、2、1、とカウントを合わせる。
そしてゼロと同時に茂みから飛び出して接近する。
「ふっ!」
「てりゃああああああっ!!」
油断しきっている狼の灰色の胴腹を目掛けて槍を突き出す。レティも威勢の良い声を上げながらハンマーを振り上げて打ち込む。
『ギャンッ!?』
突然の急襲をもろに受けて狼が悲鳴を上げる。
それと同時に狼の頭上にHPを表す赤いバーが表示され、一気に二割削れる。
「流石に初期ステ初期装備だとこんなもんか」
とはいえ、二人で二割なら十分。
クールタイムもない通常攻撃なので、間髪入れず次を仕掛ける。
「はぁっ!」
「うりゃぁあぁああああ!!」
ジャクリ、と槍の刃先が筋肉を断つ。
動きが止まった狼の眉間を、レティのハンマーがぶち抜く。
『ギャインッ!』
それでも狼は倒れない。
身を翻すと牙を剥き、鋭い眼光で俺たちを睨む。
次の瞬間だっと地面に爪を立てて疾駆し、飛びかかる。
「てりゃ、きゃっ!?」
狙われたのは、三発目を繰り出そうとしていたレティ。
大きくハンマーを振り上げた無防備な脇腹に狼の牙が迫る。
「レティ!」
そこへ俺が文字通りの横槍を入れる。
狼の牙はレティの腹を掠り、浅く傷を付ける。赤いダメージエフェクトが吹き出す。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「とりあえず仕留めるぞ」
「はいっ!」
気を取り直し、彼女も体勢を持ち直す。
一瞬、視線が交錯する。
「はああっ!」
切っ先を狼に向けて突く。
しかしそれは、ギリギリの所で躱される。
驚き反応ができない俺の太ももを目掛け、狼が大きく口を開ける。
「とりゃぁあぁああ!」
『キャンッ!』
そこへ、レティのハンマーが横薙ぎに打ち込まれる。
横腹を殴打され、狼が地面に転がる。
「おわりだ!」
体勢を立て直される前に俺が槍で突き刺し地面まで貫通させる。
HPバーは削れ、全損する。
「ふぅ……」
「すみません。ありがとうございました」
「いや、俺も助かったからお互い様だ」
新たな敵が来る気配も無く、俺たちは倒れ込むようにして地面に座る。
左手首の鏡を見てみれば、猛烈な勢いでログが流れていた。
「お、〈槍術〉スキルのレベルが上がってるな」
「レティも〈杖術〉のレベルが上がってますよ」
スキルはそれぞれの取った行動によってリアルタイムに経験値が加算される。それによって、最初と比べて多少は与えられるダメージも増えたようだった。
「レティはどういうスキルビルドを考えてるんだ?」
「そうですねぇ。とりあえず物理で殴る! みたいな感じで!」
「おお……」
だからハンマーを選んだのか。
可愛らしい見た目に似合わず好戦的な性格らしい。
「それじゃあ素材を回収して進むか」
立ち上がり、地面に横たわっている狼の骸に手をかざす。
するとディスプレイが開き、いくつかのアイテムが表示される。
「こいつは『フォレストウルフ』って名前らしいな。毛皮と牙がドロップしてる」
それらをインベントリに移すと、亡骸はパチパチと弾けるように消えていく。
その様子を見届けて、俺たちはまた歩き出した。
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Tips
◇タイプ-ライカンスロープ
四種の自立行動型機械人形のうちの一つ。感覚器に優れ、索敵や調査に適性を持つ。四種の中で唯一柔らかな毛状のパーツを持ち、寒冷な気候にも一定の耐性がある。ライカンスロープはさらに三つの派生が存在し、それぞれに異なる動物の特徴を持つ。マズルを持ち、犬のような耳と尻尾を有する犬型は嗅覚に優れ、猫の耳と尻尾を有する猫型は視覚に優れ、兎の耳と尻尾を有する兎型は聴覚に優れる。
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