第2話「ポッドは落ちるよ密林へ」

「さて、この後はどうすればいいんだ?」


 体中に纏わり付いた葉っぱや枝を払いながら、俺は周囲を見渡す。

 足下にはポッドの中に収まっていたシートの残骸。頭上を見てみれば地面激突の数秒前に展開したパラシュートが木々に引っかかってだらりとぶら下がっている。


「よく無事だったな、俺」


 自分の体を見下ろしてため息をつく。

 流石は鋼鉄の体だけあって、傷らしい傷は付いていない。

 視界の隅に表示されているライフポイント、LPのゲージも1割ほどしか削れていない。いや、削れているのが問題なんだけどな。


「とりあえずここはどこだ?」


 左の手首に巻き付いた腕時計のような装置を覗き込む。八角形の画面をしたその装置は、正式名称を“八咫鏡”と言うらしい。三種の神器と称される調査開拓員の標準装備の一つで、ステータスやらスキルレベルやらの情報を参照する際に使われる。

 その画面にはマップも表示されるようで、ツクヨミとの通信を介して現在地が記されていた。


「〈猛獣の森〉。……とりあえず安全圏じゃなさそうだ」


 フィールドには物騒な名前がついており、しかも地図といいながらも自分を中心にしたわずかな範囲を除いた全てが黒塗りになっている。どうやら、実際に歩いて確認しないとマップが更新されないシステムのようだ。

 途方に暮れて、ポッドの残骸に腰掛ける。


「そうだ。初期パックの中身を確認しとくか」


 思い出したのはキャラクリエイトの時に選んでいたサバイバーパック。それがあれば、なんとかスサノオまでたどり着けるかもしれない。

 さっそく“八咫鏡”を操作してインベントリからパックを取り出す。すると足下に金属製の箱が投げ出された。


「これがパックか? 質量保存……、いやゲームだしな」


 深く考えず、俺は箱の蓋を開く。

 中にはミリタリーっぽい深緑の迷彩柄をした大きめのリュックと、頑丈そうなランタン、コンパクトに折りたたまれたコンロが入っている。

 いや、これはコンロっていうより五徳だな。ちゃんと携帯燃料も揃っている。


「リュックは装備するとインベントリの容量と所持限界重量が拡張されるんだな。ランタンとコンロは放り込んで……」


 箱の中身を片付けていると、底に名刺サイズくらいの金属製カートリッジがあった。刻印されているラベルを読むと、『調査開拓団員案内』とある。


「これはどうやって使えば……。おお、こうするのか」


 カートリッジを持ち上げると、突然『八咫鏡』の画面にプログレスバーが現れる。それが全部青く染まると、テキストファイルが取り込まれたようだ。


「なるほど。ヘルプみたいなものか」


“開拓調査団員レッジ。サバイバーパックを支給された貴方はスサノオではなく周辺のフィールドのランダムな地点へ投下されます”


「ふむふむ。ふむ!?」


 一ページ目に書かれていたメッセージを読んで思わず目を見開く。

 俺がスサノオに行けなかったのはそれが理由か。なんという悪辣なトラップか、と憤慨しかけるが、どうやら事前の説明にもあったらしい。浮かれて読み飛ばしていた俺が悪いということだ。


“パックを活用し周辺を調査しつつスサノオを目指してください”


「なんつースパルタな……。それならもっと物資よこしてくれよ」


 メッセージに文句を言っても返事が返ってくるでもなく、俺は仕方なく続きを読み進める。


“地上へ到着したら、まずは三種の神器の確認をしてください”


 三種の神器の一つは左手首にある情報端末『八咫鏡』。

 二つ目は胸の中央に埋め込まれて青く発光しているこぶし大の玉、『八尺瓊勾玉』。

 そして三つ目は、インベントリに格納されていた、一見すると一メートル程度の銀色の鉄の棒、『天叢雲剣』。


「鏡の方は特に問題なかったよな」


 一つ一つ順に確認していく。

 鏡はインベントリの管理の他に、各種ステータスの確認やゲームシステムの設定、掲示板の閲覧、フレンドとの通信、そしてログアウトなどの操作もできるようだ。


「そういえば昔はデスゲームなんてのも流行ったな」


 もちろんフィクションではあるが。

 とはいえ実際にそんなことが起こるかと言えば、まあ起こらない。今回もちゃんとログアウトボタンは選択できる。

 ちなみにステータスを確認すると、名前と機体のタイプ、LPの現在値と最大値などがいかにも初期ステといった真っ白さで並んでいた。


「勾玉はLPの生産と記録の蓄積に必要、と」


 勾玉はLPを生産・蓄積していく機能と行動記録を保管する機能をもつ。

 LPというのは他のゲームでいうヒットポイントとスタミナ、マナパワーを一緒にしたようなものだ。これが損耗すると俺は行動不能になるし、アーツという特殊な技を発動する際にも消費する。

 簡単に言えば、八尺瓊勾玉は俺の心臓にあたる部位ということだ。


「そんでもって、剣か。これはどの形態にするかな」


 最後に今の段階ではただの鉄の棒でしかない天叢雲剣。

 これはナノマシンが云々という特殊な素材でできているらしく、データをインストールするとその形状に変化することができるようだ。

 デフォルトでインストールされているデータは『ベーシックソード』『ベーシックスピア』『ベーシックハンマー』『ベーシックボウ』『ベーシックハンドガン』の五種類。まあ読んで字の如く、初期装備シリーズだ。


 このゲームはスキル制というシステムを有していて、プレイヤーの行動によってスキルという能力が強化される。

 例えば剣を振れば〈剣術〉というスキルに経験値が入り、槍を突けば〈槍術〉に経験値が入る。

 やり直しはいくらでも効くとはいえ、最初の武器選びは大切だ。


「……槍かな」


 少し悩んだ末、俺が選んだのは『ベーシックスピア』のデータ。

 選択すると、天叢雲剣はぐにゃぐにゃと形態を変え、細長い槍になる。


「リーチが近接武器にしては長めでクールタイムが短め、何より弓や銃より扱いやすそうだからな」


 獲物を持てば、ちょっとは気合いも入ってくる。

 三種の神器の基本的な操作も覚え、俺はようやく立ち上がった。


「まずはこの森を抜ける。そんでもって、スサノオを目指そう。その道中でスキルレベルも上げて行けたら万々歳だな」


 今の俺は全てのスキルレベルがゼロのニュービーだ。弱い原生生物エネミーと戦って『槍術』スキルを鍛えたり、他にもいくつか事前に目星を付けて置いたスキルも育てていきたい。

 俺が目指すのは最強の戦士やら万能の魔法使いなんかじゃない。

 どこまででも歩いて行ける、自由気ままな旅人なのだ。

 リュックを背負い直し、槍を握る。

 そうして俺は記念すべき第一歩を踏み出し――


「――きゃぁああああああああっ!!」

「うぎゃっ!?」


 上空から落下してきた謎の存在に押しつぶされた。


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Tips

◇天叢雲剣

 瞬間硬化性ランクⅩ高機能ナノマシン集合金属を主要素として構成された汎用ツール。イザナミ計画惑星調査開拓団の実地調査を担当する自立行動型機械人形全てに支給される標準装備“三種の神器”の一つ。データカートリッジを使用して形状データをインストールすることで様々な形態の武器やツールへと変形させることが可能。


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