ヴォーパルバニーと要塞おじさん

ベニサンゴ

第1章【暁紅の侵攻】

第1話「ようこそFrontierPlanetへ」

『FrontierPlanetの世界へようこそ』

『現在あなたが搭乗している開拓司令船アマテラスは、辺境惑星イザナミの静止軌道上に停泊しています』

『これから簡単なオリエンテーションを行った後、地上降下ポッドにて地上前衛拠点スサノオ-001へ移動して頂きます』

『それでは、まず初めにあなたのパーソナルデータを入力してください』


 そこは真っ白な艦橋だった。

 壁も床も天井も、見えているもの全てが白い金属で構成されている。壁際には物々しいコンソールの類がいくつも並んでいて、操る人もいないのに目まぐるしく動き回っている。

 大きく開かれた窓の外に広がるのは、不安になるほどに広大な宇宙。真下には地球にも似た青い海を湛える巨大な星がある。

 俺は艦橋に並ぶ無数の睡眠装置の中で目を覚ました。

 ここは、FrontierPlanetという発売されたばかりのVRMMORPGの世界だ。


「まずは名前だな」


 覚醒と同時に聞こえた無機質な声に従って、俺は目の前に浮かび上がった半透明のディスプレイに触れる。


「――レッジ。レッジでどうだ」


 本名を少し捩った名前。とはいえ世界観にそぐわないということもないはずだ。

 入力して確定すると、ディスプレイは次の画面へと遷移する。名前とは別に個人IDがそれぞれのプレイヤーに付与されているらしく、同名のプレイヤーが複数いても支障はないらしい。


「次は機体のタイプか」


 他のゲームで言うところの種族にあたる箇所だろう。

 このFrontierPlanetでは、プレイヤーは辺境惑星の調査開拓を任された自律行動型機械人形という設定だ。

 機械人形のタイプは全部で四つ。

 一番平均的な性能で、デッサン人形みたいな外見の、タイプ-ヒューマノイド。

 もふもふケモミミ、感覚器に優れる、タイプ-ライカンスロープ。

 小柄で、アーツという特殊技能にボーナスが付く、タイプ-フェアリー。

 大柄で、力強くタフな、タイプ-ゴーレム。


「どれも一長一短。とはいえこういうのは安パイ選んじゃうよな」


 そう言って俺が選択したのは、タイプ-ヒューマノイド。ザ・平均。イッツオーソドックス。ビバ、オールマイティ。


「さて、次は……。初期装備か」


 次なる選択画面は、ゲームを始めるにあたって配布されるアイテムのようだ。

 このゲームはあらゆる事が許された圧倒的な自由度が売りの一つでもある。

 とはいえ身一つで未開の惑星に放り出されて途方に暮れる、という事態を防ぐため、ガイド的にいくつかの方向性に分かれたアイテム類が詰まったパックを貰えるようだった。


「ウォーリアパック、メイジパック、クラフターパック……。うーん、どれもぱっとしないな」


 いくつか並ぶパックの内容を見て首を捻る。

 どうも、俺がやりたいプレイスタイルに合致しているようには見えない。


「旅行したいんだよな、俺は」


 旅行。そう旅がしたいのだ。

 このゲームのもう一つのセールスポイントでもある、美麗なグラフィック。現実を超越したとも表される雄大な風景を、ゆったりと体感したい。

 ぶっちゃけ、開拓なんてあまり興味がない。


「どうしたもんか……。おおっ?」


 唸りながらディスプレイのスクロールバーを動かしていると、最後の場所に目を引くパックがあった。


「サバイバーパック。内容は――共通アイテム以外は、リュックとランタンと携帯コンロか」


 ふむふむ。なかなかいいじゃないか。

 まさしく俺の為にあるようなセットだ。

 すっかり浮かれきってしまった俺は、パックの隅に書かれた説明文を読み飛ばしてほいほいと確定してしまった。


『全てのパーソナルデータの記入を確認しました。ようこそレッジ。あなたの惑星イザナミ調査開拓団への参加を歓迎します』

『地上降下ポッドの準備は三分後に完了します。ポッドに搭乗し、固定ベルトを装着してください』


 声に促され、俺は艦橋の中央に鎮座する巨大なカプセルの中に入る。

 シートとレバー、あとはベルトだけが備えられた簡素な内装だ。


『地上降下ポッドの準備完了まで、しばらくお待ちください』


 ポッドの準備完了というのは、メタ的に言ってしまえばサーバーの解放時間のことだ。

 このゲームは今日発売されたばかりの新作タイトル。その開始時間は、あと数分まで迫っている。


「わくわくしてくるな」


 年甲斐もなくはしゃいでしまっているのがよく分かる。

 俺は眼下に広がる新天地を眺め、そこに待ち構える美しい風景に思いを馳せた。


「スクリーンショットとか撮れるよな? ブログでも開設してそこに上げてみたいな」


 カウントダウンが進む。

 分読みが、秒読みに変わり、ポッド内の計器が針を揺らし始める。


『地上降下ポッド射出まであと十秒。――あと五秒。――レッジ、あなたの健闘を祈ります』


 無機質な声に送られ、ポッドは勢いよく投下された。 艦橋から、宇宙空間へ。


「うわっ!?」


 狭い船内から脱出し、突然視界が開ける。

 濃密な黒に塗りつぶされた宇宙空間の中を、小型ロケットエンジンの推進力で突き進む。

 俺以外にもいくつもの同じポッドが、広大な星を目指して落ちていく。

 白い尾を引く流線型のポッドはまるで流星群のようだ。


「おお、あれが開拓司令船アマテラスだな」


 頭の上に視線を向けると、巨大な艦船が浮遊しているのが見える。あれが俺たちを乗せてきた船であり、開拓活動の指示を行う司令塔だ。


「それで、あれが通信監視衛星群ツクヨミだったか」


 少し顔を下げると、ポッドが小さな立方体のすぐ横を掠めていく。

 アマテラスよりも少し下を飛び回っている無数の人工衛星。それは地上とアマテラスとの通信を仲介すると同時に、地表の様子を観測する衛星群だ。


『断熱圧縮を検知』

『大気圏突入シーケンスを発動します』


 ポッド全体が小刻みに揺れ始める。

 窓の外を見れば、他のポッドたちも赤熱している。

 そして大気圏を貫通して、イザナミの広い空へ。

 惑星イザナミへの降下は途中まで順調だった。


「あとはそろそろ見えてくるかな」


 ぐんぐんと地表が近づく。より鮮明に映る風景に思わず息をつく。

 大きな大陸の沿岸部に広がる高台の草原。その中央に巨大な町があった。

 鋼鉄の防壁で囲まれ、俺たち開拓団員の補給と整備を担う、地上前衛拠点スサノオ。

 アマテラス、ツクヨミ、スサノオ。その三つを合わせて天の三柱と呼ぶらしい。


「……あれ?」


 刻一刻と近づく到着の時を待ち遠しく思っていると、僅かな違和感を覚えた。


「なんか、遠ざかってないか?」


 俺たちの乗っているポッドは地上のスサノオを目指しているはずだ。

 事実、周囲の他のポッドは一直線にスサノオに向かっている。

 だというのに、俺の乗っているポッドだけはそこから微妙にずれている。

 ほぼ平行線だった他のポッドとの距離が離れていく。


「え、なんで? ちょ、ええ!?」


 見れば無数のポッド群の中にいくつか同じように基地以外を目指しているものがある。

 どういうことだ? はじまりの町に行けないと始まるものも始まらないぞ。

 俺が困惑していると、突然コンソールがけたたましい警報音を鳴らし始める。

 同時に真っ赤なランプが回り始め、事態が急速に変化していくのが分かった。


「どういうことなんだよ!?」


 できることは何もない。

 おろおろと腕と顔を動かすだけだ。

 そうしている間にも地上は近づく。

 真下に広がっているのは安全な拠点ではなく、うっそうと茂った密林だ。


「ま、まって。待って!」

『緊急脱出システム、作動します』


 ぼんっ、と爆発音。

 同時に俺はシートに縛り付けられたまま、ぱっくりと割れたポッドから空中に放り出された。


「は? うわぁああああああっ!?」


 困惑。混乱。

 じたばたと藻掻いても、既に俺はこの星の重力に絡め取られている。

 そうして俺はひとり、陰鬱とした森の中へと投げ出された。


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Tips

◇開拓司令船アマテラス

 耐深宇宙高硬度特殊合成金属装甲を持つ超々弩級宇宙艦船。高度文明惑星群イザナギより、イザナミ計画惑星調査開拓団の要となる天の三柱の一つとして派遣された。中枢にはメイン演算システム〈タカマガハラ〉が搭載され、四種の自律行動型機械人形を各数万機と通信監視衛星群ツクヨミおよび地上前衛拠点スサノオのシードを格納可能な運搬能力を持つ。

 現在は惑星イザナミの静止軌道衛星上に停泊し、地上で活動する調査団への任務発令、および開拓方針の策定を行っている。


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