ヴォーパルバニーと要塞おじさん

ベニサンゴ

第1章【暁紅の侵攻】

第1話「ようこそFrontierPlanetへ」

『異常発生。このポッドは30秒後に墜落します』

「はぁっ!?」


 頭上には煌めく無数の流星群。眼下に広がるのは薄暮の森。

 地平線からゆっくりと太陽が顔を覗かせ、眩いばかりの光が大地を撫でる。

 耳朶を打つ激しいアラートと真っ赤に染まった計器。ガクガクと上下左右に揺れる振動は尋常のものではない。大気圏に突入する時には靄がかって見えていた森林が、くっきりと明瞭に映っていた。


『姿勢制御スラスター、エラー』

『軌道誘導ビーコン、反応ロスト』

『逆噴射ブースター、点火』

「ぐわぁあっ!?」


 凄まじい衝撃が体を貫き、ベルトで固定されていたにも関わらず後頭部を強く打ち付ける。それでもなお、惑星イザナミの重力はこの地上降下ポッドを絡め取り、地表へと引き摺り下ろしてくる。


『緊急着陸シーケンス実行』


 この逼迫した状況にも関わらず機械音声は平坦だ。スピーカーから放たれた言葉に俺は咄嗟に身を丸くする。直後、森が目の前にまで迫り、鬱蒼と茂った枝葉がポッドの窓を強く叩いた。

 後方で何かが爆発し、装甲の一部が吹き飛ぶ。一気呵成に飛び出したのは、あまりにも遅すぎるパラシュート。


「うわぁああああっ!?」


 ほとんど勢いも衰えないまま森の中へと突っ込む。太い木の枝がバリバリと折れる音がする。惑星の静止軌道上から落とされたポッドは、結局エラーを吐き出しながら操作不能に陥り、俺は他の仲間たちとは別れて不時着することとなった。


「ててて……」

『ロック解除。安全を確認し、ポッド外へと脱出してください』

「言われなくても」


 ポッドは落下の衝撃で二転三転したのち、上下逆さまかつ斜めの奇妙な体勢で地面に突き刺さっていた。ぎぎぎ、と歪な挙動でなんとか開いたコクピットから這い出し、新天地の土を踏む。


「全く、初っ端から災難だな」


 よろよろと立ち上がると傷だらけのキャノピーに自分の姿が映り込む。

 目と口だけが付いた、滑らかな銀色の顔面だ。のっぺりとしたデッサン人形のような全身もあらわになる。

 ポッドの装甲が歪むほどの衝撃での着陸。いや、墜落といった方がいいか。それにも関わらず怪我一つしていないのは、俺が人間ではないから。胸に青く輝く動力炉が埋め込まれ、手首に銀色のバンドを巻き付けている。金属骨格と人工筋繊維で構成され、血の代わりに青い高純度信号伝達媒体が脈々と流れている。


「調査開拓用機械人形か」


 ガラスに映る自身の体を、初めてゆっくりと確認できる。俺は生身の人間ではない。

 宇宙の果てにある未開の土地、惑星イザナミに入植した調査開拓団の一員にして、鋼の部品で構成されたアンドロイド。

 調査開拓員としてこの新天地に降り立ったのだ。


━━━━━


『FrontierPlanetの世界へようこそ』

『現在あなたが搭乗している開拓司令船アマテラスは、辺境惑星イザナミの静止軌道上に停泊しています』

『これから簡単なオリエンテーションを行った後、地上降下ポッドにて地上前衛拠点スサノオ-001へ移動して頂きます』

『それでは、まず最初にあなたのパーソナルデータを入力してください』


 華々しい着陸を果たす数分前のこと。俺が目覚めたのは真っ白な艦橋の中だった。

 壁も床も天井も、見える範囲全てが白い金属で構成されている。壁際にはいかにもな物々しいコンソールの類がいくつも並んでいて、操る人もいないのに目まぐるしく動き回っている。前後と左右には、俺自身が収まっているものと同じものらしき、半透明のガラス管がずらりと連なっていた。

 大きく開かれた窓の外に広がるのは、不安になるほどに広大な宇宙。真下には地球にも似た青々とした海を湛える巨大な星がある。

 俺は宇宙に停泊した巨大な船の、艦橋に並ぶ無数の睡眠装置の中で目を覚ましたのだ。


『FrontierPlanetの世界へようこそ』


 精彩な光景に圧倒されていると、システムアナウンスが繰り返される。目の前には物理法則を無視して空中に浮かぶ、半透明の薄いディスプレイ。現実のものではないことは日を見るよりも明らかだ。

 ここは仮想現実の世界。

 FrontierPlanetという発売されたばかりの新作VRMMORPGの世界だった。


「まずは名前だな」


 繰り返される無機質な声に従って、俺は目の前のディスプレイに手を伸ばす。文字盤をタップして、事前に考えていた名前を入力する。


「――レッジ。レッジでどうだ」


 本名を少し捩った名前。とはいえ世界観にそぐわないということもないはずだ。

 確定するとディスプレイは次の画面へと遷移する。名前とは別に個人IDがそれぞれのプレイヤーに付与されているらしく、同名のプレイヤーが複数いても支障はないらしい。


「次は機体のタイプか」


 他のゲームで言うところの種族にあたる箇所だろう。

 このFrontierPlanetでは、プレイヤーは辺境惑星の調査開拓を任された調査開拓用機械人形という設定だ。それは高度な自律行動が可能なアンドロイドであり、調査開拓団の中枢を担う存在である。

 機械人形のタイプは全部で四つ。

 一番平均的な性能で、銀色のデッサン人形とも称されるタイプ-ヒューマノイド。

 もふもふケモミミ、感覚器に優れる、タイプ-ライカンスロープ。

 小柄で、アーツという特殊技能にボーナスが付く、タイプ-フェアリー。

 大柄で、力強くタフな、タイプ-ゴーレム。

 体格などは個々で異なるものの、どれも金属フレームが剥き出しのいかにもアンドロイドといった風貌だ。


「どれも一長一短。とはいえこういうのは安パイ選んじゃうよな」


 そう言って俺が選択したのは、タイプ-ヒューマノイド。平均こそが至高なのである。


「さて、次は……。初期装備か」


 次なる選択画面は、ゲームを始めるにあたって配布されるアイテムのようだ。

 このゲームはあらゆる事が許された圧倒的な自由度が売りの一つでもある。

 とはいえ身一つで未開の惑星に放り出されても途方に暮れるだけだろうということで、この段階でいくつかの方向性に分かれたアイテム類が詰まったパックを貰えるようだった。


「ウォーリアパック、メイジパック、クラフターパック……。うーん、どれもぱっとしないな」


 いくつか並ぶパックの内容を見て首を捻る。

 どうも、俺がやりたいプレイスタイルに合致しているようには見えない。

 まだ見ぬ土地を求めて、足の向くままに歩き、そして素晴らしい風景を楽しむ。時には強大な獣とやり合ったり、謎めいた迷宮に挑んだりしながらも、大きくは穏やかな日々を送るような。


「旅行したいんだよな、俺は」


 旅行。旅がしたいのだ。

 このゲームのもう一つのセールスポイントでもある、美麗なグラフィック。現実を超越したとも表される雄大な風景を、ゆったりと体感したい。

 怒られるかもしれないが、正直、開拓なんてあまり興味がない。


「どうしたもんか……。おおっ?」


 唸りながらディスプレイのスクロールバーを動かしていると、一番最後の場所に目を引くパックがあった。


「サバイバーパック。内容はリュックとランタンと携帯コンロか」


 ふむふむ。なかなかいいじゃないか。

 まさしく俺の為にあるようなセットだ。

 すっかり浮かれきってしまった俺は、パックの隅に書かれた説明文を読み飛ばしてほいほいと確定してしまった。


『全てのパーソナルデータの記入を確認しました。ようこそレッジ。あなたのイザナミ計画惑星調査開拓団参加を歓迎します』

『地上降下ポッドの準備は三分後に完了します。ポッドに搭乗し、固定ベルトを装着してください』


 声に促され、俺は艦橋の中央に鎮座する巨大なカプセルの中に入る。

 シートとレバー、あとはベルトだけが備えられた簡素な内装だ。


『地上降下ポッドの準備完了まで、しばらくお待ちください』


 ポッドの準備完了というのは、メタ的に言ってしまえばサーバーの解放時間のことだ。

 このゲームは今日発売されたばかりの新作タイトル。その開始時間は、あと数分まで迫っている。


「わくわくしてくるな」


 年甲斐もなくはしゃいでしまっているのがよく分かる。

 俺は眼下に広がる新天地を眺め、そこに待ち構える美しい風景に思いを馳せた。


「スクリーンショットとか撮れるよな? ブログでも開設してそこに上げてみたいな」


 カウントダウンが進む。

 分読みが、秒読みに変わり、ポッド内の計器が針を揺らし始める。


『地上降下ポッド射出まであと十秒。――あと五秒。――レッジ、あなたの健闘を祈ります』


 無機質な声に送られ、ポッドは勢いよく投下された。 艦橋から、宇宙空間へ。

 そして大気圏を貫通して、イザナミの広い空へ。


 惑星イザナミへの降下は途中まで順調だった。

 俺以外にもいくつもの同じポッドが大気圏を突き抜け、広大な星を目指して落ちていく。


「おお、あれが開拓司令船アマテラスだな」


 頭の上に視線を向けると、巨大な艦船が浮遊しているのが見える。あれが俺たちを乗せてきた船であり、開拓活動の指示を行う司令塔だ。


「それで、あれが通信監視衛星群ツクヨミだったか」


 アマテラスよりも少し下を飛び回っている無数の人工衛星がある。それは地上とアマテラスとの通信を仲介すると同時に、地表の様子を観測する衛星群だ。


「あとはそろそろ見えてくるかな」


 ぐんぐんと地表が近づく。より鮮明に映る風景に思わず息をつく。

 大きな大陸の沿岸部に広がる高台の草原。その中央に巨大な町があった。

 鋼鉄の防壁で囲まれ、俺たち開拓団員の補給と整備を担う、地上前衛拠点スサノオ。

 アマテラス、ツクヨミ、スサノオ。その三つを合わせて天の三柱と呼ぶらしい。


「……あれ?」


 刻一刻と近づく到着の時を待ち遠しく思っていると、僅かな違和感を覚えた。


「なんか、遠ざかってないか?」


 俺たちの乗っているポッドは、地上のスサノオを目指しているはずだ。

 事実、周囲の他のポッドは一直線にスサノオに向かっている。

 だというのに、俺の乗っているポッドだけはそこから微妙にずれている。

 ほぼ平行線だった他のポッドとの距離が離れていく。


「え、なんで? ちょ、ええ!?」


 見れば無数のポッド群の中にいくつか同じように基地以外を目指しているものがある。

 どういうことだ? はじまりの町に行けないと始まるものも始まらないぞ。

 俺が困惑していると、突然コンソールがけたたましい警報音を鳴らし始める。

 同時に真っ赤なランプが回り始め、事態が急速に変化していくのが分かった。


「どういうことなんだよ!?」


 できることは何もない。

 おろおろと腕と顔を動かすだけだ。

 そうしている間にも地上は近づく。

 真下に広がっているのは安全な拠点ではなく、鬱蒼と茂った密林だ。


「ま、待て。待っ――うわぁあああああっ!」


 大きく声を張り上げるが、母艦から解き放たれたポッドはもはやどうすることもできない。そうして俺はめでたく入植第一歩目にして、不時着という不運に遭遇したのだった。


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Tips

◇開拓司令船アマテラス

 耐深宇宙高硬度特殊合成金属装甲を持つ超々弩級宇宙艦船。高度文明惑星群イザナギより、イザナミ計画惑星調査開拓団の要となる天の三柱の一つとして派遣された。中枢にはメイン演算システム〈タカマガハラ〉が搭載され、四種の自律行動型機械人形を各数万機と通信監視衛星群ツクヨミおよび地上前衛拠点スサノオのシードを格納可能な運搬能力を持つ。

 現在は惑星イザナミの静止軌道衛星上に停泊し、地上で活動する調査団への任務発令、および開拓方針の策定を行っている。


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