第257話 ■■■・■■■・■■■■
「君は誰だ?」
「……は?」
見慣れた存在であるはずのクロスに向けて、光は真剣にそう質問していた。
冗談やおふざけではない。
本当に誰だか分かっていないのだ。
「何を……言っている? え? ……え?」
「えっと、シナトスの姉妹とか? そっくりだけど」
「ううん、違う。私も知らない人よ」
「――!!!」
シナトスさえも困惑した表情でそう言う。
そして後ろに居るリーム達もまた同じだった。
誰一人としてクロスのことを認識出来ていない。
たった一人を除いて――
「マサナ!!! 一体何をした!!!!!」
「簡単なことですよ? 私は嘘を真実に出来るんですから、なんとなく理解出来るでしょう?」
「貴様!!!!!!!!!!」
「あ! ちょっと君!!」
呼び止める光の声も無視し、感情に身を任せてマサナに斬りかかる。
勝てる勝てないなどどうでもいい。
何をされたのか、全てを察したクロスはその内から溢れ出る怒りを抑えきれなかったのだ。
クロスはマサナに自身の『存在』を嘘にされてしまった。
それが何を意味するのかはご覧のとおりである。
嘘となってしまった存在を覚えている者はこの世界には存在しない。
つまりクロスは世界中の人々から、その存在を忘れられてしまったのだ。
それはもちろん、光やシナトスも例外ではない。
今までの『思い出』は全てなくなってしまった。
その事実を悟ったクロスが冷静さを保つなど無理な話だ。
しかし、いくらマサナが純粋に弱くても傷だらけのクロスの攻撃を避けることくらいは出来る。
結果、クロスの特攻はひょいっと軽く躱されて終わってしまった。
「良いんですか? 私に攻撃なんかしちゃって」
「当たり前だ! 貴様だけは、貴様だけは絶対に許さん!!!」
「でも、私が死んじゃったらもう確実に戻りませんよ?」
「――ッ!!!」
残酷に、そして意地の悪い表情で心底面白そうに嗤うマサナ。
「元に戻したいなら、貴女は私を必死に守らないとダメじゃないですか。だって元に戻せるのは私だけ何ですからね?」
「この……!!!」
「はいはい怒らない怒らない。そのまま激情に呑まれて私を倒しちゃったら面倒なことになっちゃいますよ?」
「ぐっ……!」
「貴女に出来る事は今も言ったように私を守ることです。貴女の元お仲間の方や、その他の脅威から私を守るんです。そうすればまあいつか気が変わることがあるかもしれませんからねぇ」
「そんなこと……出来るわけ……」
「じゃあこの状況は永遠に元に戻せませんねー。言っておきますけど、私はもちろん貴女が死んだとしても元に戻ったりなんてしませんからね?」
心の底から溢れ出していた気怠い雰囲気の代わりに、嫌というほど『嘲り』と『愉悦』の感情がマサナから感じられる。
どうすることも出来ない。
悔しく、そして腹立たしくてしょうがないが、マサナの言っていることは全て事実なのだ。
光達がクロスの事を思い出す唯一の方法は、マサナがもう一度権能を使うしかない。
つまりここでマサナを倒してしまえば、クロスは思い出を取り戻す方法を完全に失うことになってしまうのだ。
「マサナ! 何の話をしているんだ!? この娘は誰だ!?」
その時、傍から困惑しながら状況を見ていた光がマサナに質問する。
ただの質問なのに、『この娘は誰だ!?』というその言葉だけで、クロスの心を容赦なく抉る。
「さあ? 何の話か教える必要はありませんし、その人が誰なのかを逐一説明しても無駄だし面倒なので言いません」
「無駄?」
「ええ、無駄です。だって言っても絶対に理解出来ませんし。そうですよね?」
ニヤリとクロスに笑いかけるマサナ。
クロスは鬼のような形相でマサナを睨むが、マサナは特に気にしない。
「それでも気になるならそうですね……。透明の黒死神とでも言っておきましょうかね?」
「透明の……黒死神?」
「はい、そうですとも。名前とか細かい情報は本人から聞いてくださいね、私はもう帰りますので」
「き、貴様! 逃げるつもりか!!!」
マサナに怒鳴るクロス。
しかし、マサナはやはり怯えることもなく冷静に返答する。
「はい。皆さん帰って来てしまったので逃げさせていただきます。流石にこれは勝てないので。あ、別に追いかけてもいいですよ? 貴女が良いならですが」
フッ、っと小さく鼻で笑いそのまま姿を消していくマサナ。
その姿を見てクロスは……何も出来なかった。
ただ消えていくマサナを見ていることしか出来なかったのである。
―マサナが消えて―
「……ええと」
少し静寂が続いた後、痺れを切らした光がクロスに話し掛ける。
「君は……一体誰なんだ? 透明の黒死神……とか言っていたけど」
「……私は」
なんと、なんと言えばいいのだろう。
「仲間のクロスだ」と言えばいいのだろうか、自分のことを逐一全て説明していけばいいのだろうか。
……多分無意味だろう。
全てを説明したところで、光達は思い出しはしない。
それどころか「忘れさせられてしまった仲間」と認識されてしまえば、変に負担を掛けかねない。
なら……。
「私はただの何でもない死神だ。少しここを通りかかった時に邪悪な気配を感じたものでな、少しお邪魔させてもらっていた」
「マサナとは何か関係があるのかい? 奴は我々にとって少々特別な敵なのだが……」
「それよりもシナトスさんと何か関係があるんですか? 凄くそっくりですけど」
「私達のことは知っていたようですが、一体どうしてです?」
大量の質問攻め。
まあ、無理もないことだ。
当然の反応だろう。
零れそうな涙を抑えて、クロスは一つずつ進めていく。
『クロス』としてではなく、『何でもない死神』として。
「ちょっとちょっと、いきなりそんなに質問しても答えられないでしょ。とりあえず場所を変えるべきじゃない?」
「そうだな、外で立ち話もあれだ。落ち着いた場所で君のことを聞かせてくれ」
「ああ」
「そうだ、その前に一つだけ」
「?」
「名前、聞いていいかな?」
「……!」
当然の質問だ。
光と『彼女』は初対面なのだから、名前を聞くのは何もおかしなことではない。
だから――
「私は……クロs――いや、クロだ」
「クロ?」
「ああ、私は何でもないただのクロだ。その、これから……よろしく頼む」
もう『クロス』とは名乗ることもなく。
次回 258話「ただの黒」
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