第256話 黒と真実、戦乱にて混ざりて

 ああ、きっとあの時が最後のチャンスだったんだ。

 あの日、あの時、あの瞬間に気付けなかったのがダメだったんだ。

 今更後悔しても遅いのだけれど、もう取り返しはつかないけれど。

 それでも、この先何度もでもあの日の間違いを後悔し続ける。

 何度でも――




「……本当に行かないの?」


「ああ、私は残る」


「……どうしたのよ、急に」


「ちょっとな」


 ある日の朝、俺は物凄く困惑していた。

 今日は前々からロメリアさんが『役に立つかもしれないし、立たないかもしれない発明品』をいろいろ紹介してくれる(される)という話だった。

 だから皆で天界に行く予定だったのだが……何故か当日の朝になってクロスは行かないと言い始めたのだ。


「何か用事でも出来たのかい?」


「うん。まあ、そんなところだ」


 ただ質問しても微妙にはぐらかしてちゃんと説明してくれないので、なんで残ると言い出したのかが分からない。

 用事……? 昨日まではそんな様子はなかったが……。


「うーん、まあじゃあしょうがない……のかな? でも俺達は行ってくるよ?」


「分かってるさ。何か役に立ちそうな物を見つけてきてくれ」


「分かった。じゃ行ってくるね」


「……ああ、いってらっしゃい」


「……」


 まあ、何かしらあるんだろう。

 聞いても教えてくれないし、あんまりしつこく質問するのも良くない。

 そんな訳で俺達はクロスを残して天界へと向かっていった。



 ―城内邸―

「……居るんだろ?」


 クロスが一人残った城内邸。

 誰も居ないはずの空間にクロスは話しかける。


「隠れてないで出てきたらどうだ? わざわざ私一人残ってやったんだから」


「……何で、気づくんですかね。ああ、面倒くさい」


 すると、まるで空間が歪むかのように何もない所に何かが起こり、声の主を顕現させる。


「お前がマサナか」


「はい、そうですよー。私がマサナでーす」


 気怠い雰囲気。

 そしてその声からはやる気も覇気も感じられない。

 心底、心底何もかもが面倒だとでも言うように。


「まったく……本当に何で気づくんですかねぇ……。貴女が私に気が付かなければあのまま不意打ちで全部終わりだったのに……」


「それは済まなかった。一応不意打ちには人一倍警戒していたものでな」


「警戒ですか、そんなことしなくていいのに……。それで? そんな用心深い貴女は私に気付いていながら何故一人になったんです?」


 純粋な疑問。

 これではまるで襲い掛かって来てくれとでも言わんばかりの行動だ。

 しかし、クロスは特に迷うこともなく当たり前の事のように答えた。


「何故って……、そんなの決まっているだろう? こうしなければお前は姿を現さないだろ? それでは流石に私でも倒せないのでな」


「なるほど、つまり危険を冒してでも私を倒したいと……。貴女、面倒くさい人ですね……」


 睨み合う二人。

 マサナはさっきから面倒、面倒と繰り返すが……その割にしっかりと戦う準備は出来ているようだ。


「……ああ、私は面倒くさいぞ。なにせ普通ではないからな!」


 そう言いながら勢いよく駆け出すクロス。

 顕現させた鎌から容赦なく技を繰り出す。


「双神・土砂の神弓!!!」


「――!」


 技は真正面からマサナに命中。

 回避どころか防御も出来ず、もろに攻撃を受ける。


(……? 今のは避けなかったのではない、純粋に避けることが出来なかったんだ。何故だ? 今までの話を聞く限りこいつ等はかなり強いはずだが……?)


 果たして何か理由があるのか。

 疑問に思いつつも、攻撃の手を緩める必要はない。

 悩むこともなく追撃を放っていく。


「双神・土砂の天翔! 双神・土砂の龍嵐!!」


「ぐ、うううううううう!!!!!!!」


 これらもやはりマサナは躱さない、いや躱せない。

 やはり特別な理由がある訳ではなさそうだった。

 ただ、ただ普通に動きが遅く躱すことが出来てないのだ。

 クロスは他の3人の戦いを見たことはないが……それでもすぐに分かった。

 このマサナは明らかに、そして圧倒的に他の3人より弱い。

 技を真正面から喰らっているのに生きているので耐久面はそれなりにあるようだが、それ以外があまりにも貧弱で脆弱だった。


「……お前は本当にマサナなのか?」


「……おかしな事を言わないでください。私は……正真正銘マサナですよ……」


「なら、どういうつもりだ? はっきり言うがお前は弱すぎる、まさかその程度の強さで私に勝てると思っていたのか?」


「いいえ……。貴女と圧倒的に力量差があるのは分かっていましたよ……、でも私には何の問題も……ないんですよ……」


「何?」


「だって……」


 マサナが少しだけニヤリと笑う。

 その瞬間――


「――ッ!?」


「どっちにしろ勝つのは私ですから」


 一瞬にして状況が逆転する。

 マサナは何事もなかったかのように回復しており、反対にクロスは突然ダメージを受けてしまった。

 何の、前触れもなく。


「な、何を……した!?」


「これが私の『真実』の能力です。私はあらゆる嘘を真実にすることが出来るんですよ」


「嘘を……真実に……?」


「ええ。ちなみに今のは『私の方が勝っている』と言う嘘を真実にしました。だからそれが真実になり……今、私が優勢になった訳です」


「――なッ!?」


 言葉で少し説明されただけで分かる。



 強すぎる



 他の3人も常識を凌駕した圧倒的な能力を持っていたが、彼女のはその比ではなかった。

 あらゆる嘘を真実に出来るなら、マサナは真の意味で無敵であるということなのだから。


「分かりましたか? 分かったなら面倒なのでササッと死んでください。トドメを刺すのくらいはしてあげますから」


「……誰が……諦めるか……!」


「ええ……、その傷とこの能力を前にしてまだ立ち向かいますか……? 面倒くさい……」


 立ち上がるクロスに呆れと驚きの感情を向けるマサナだが……。

 しばし考えた後、再び小さくニヤリと笑った。


「じゃあ、強制的に戦えなくしてあげましょう」


「なッ……!? 貴様一体何を!?」


「ご心配なく。貴女に痛みはありませんから」



「身体には、ですが……」



 ゾワッとクロスの全身に鳥肌が立つ。

 何か、何かとんでもないことをされた。

 何が起きたのかは分からないが、とてつもなく嫌な事をされたのを直感する。


「何を、一体何をした!?」


「すぐに分かりますよ。ほら」


 マサナが振り返ると、そこには帰ってきた光達が。


「ヒカル!」


「結局何も良い物なかっ――って!」


「お前は……マサナ!!!」


「ごきげんよう、お邪魔してます」


 今までの怠惰な振る舞いはどこへやら、にこやかに挨拶するマサナ。

 光達はまだマサナの危険性を理解していない。

 クロスは傷だらけの身体を何とか動かして、光達に警告する。


「ヒカル! 逃げろ!!!」


「え?」


「アイツの能力は危険すぎる! どうにか撤退しないと!!」


「……」


 しかし、光達は動き出すことはなく。

 何故か困惑した表情でクロスのことを見ていた。


「……? どうした? 何で私をそんなに見ている?」


「いや、その……」





 次回 257話「■■■・■■■・■■■■」

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