第255話 偽物と本物

 世の中にはたくさんの物が有り触れている。

 しかし、その全てが本物であるとは限らない。

 寧ろ世の中には偽物の方が多く存在している。

 私達は多くの偽物に囲まれながら毎日を生活しているのだ。



 ―城内邸―

「……誰も居ないのか」


 ある日のお昼過ぎ、光の家にやって来たクロス。

 しかしインターホンを鳴らしてしばらく待っても誰も出てこなかった。


(まあ最近は忙しいからな。何か用事があるんだろう)


 光がソサナを討伐してからはしばらく平穏が続いていたが、未だ事態の解決には至っていない。

 恐らく静夏に戦いを挑むであろうガサナ、正体不明の謎の剣士バーサーカー、そして初日以来姿を見せないマサナ。

 まだまだ敵は残っている。


(さて、どうしたものか。またお師匠の所に行って特訓するのも良いが……あの人教えるのが下手すぎるしな……。さりとて天界でマサナの対策について話し合おうにも多分「どんな奴かは分からない」と言われるのがオチだろう。だがこれ以上特訓するものな……)


 いろいろと考えるがどうもいい案が思い浮かばない。

 しばし玄関前で熟考するクロス。

 その結果、思い浮かんだ案は……。


「よし、散歩でもするか」


 散歩だった。


(アイツらがどのタイミングで攻めて来るか分からないし、いつどこでも戦えるように街の地形を再確認しておくのも大事だろう。ちょっとした気休めにもなるしな。まあ散歩中に来るかもしれんが……その時はその時だ)


 そんな訳でクロスのミニ一人旅の始まりである。




「寒くなってきたな……」


 冷たい空気に冬の訪れを感じながら、街をゆっくりと見回るクロス。

 こうして改めて散歩してみると意外と知らない物がたくさんある。


(ゆっくり街を見て回るなんてしたことなかったからな)


 彼女の周りには常に戦いがあり、平穏な日はあまりなかった。

 ましてやクロスは生まれてからまだあまり時間は経っていない。

 シナトスの記憶がある程度コピーされているとはいえ、まだまだ知らないことがたくさんあった。


(落ち着いたらいろいろと教えてもらうか)


 例えばクロスは多くの人々が行き交う大都会を知らない。

 例えばクロスは子供たちの憧れと夢を知らない。

 例えばクロスは木々の生い茂る豊かな森を知らない。

 例えばクロスは世界に有り触れる美しさを知らない。


 そしてクロスは暖かく穏やかな春を知らなかった。


 知らないことがたくさんある。

 まだ分からないことが山ほどある。

 様々な要因と奇跡が重なって生まれた『偽りの命』を持つクロスは、普通とは大きくかけ離れた存在だった。


(自分の事なのだが……私のような者が今もこうやって生活しているのも不思議な気分だ)


 今、クロスがこうやって生活しているのは光のおかげだ。

 最初は何も分からなかったクロスの唯一の安心出来る者が光だった。

 そして段々と自分の事情を察し始め、恐怖を感じ始めた自分を支えてくれたのも光だった。

 生きる権利がない人なんてこの世にはいないと、偽物のクロスにも生きていて良いのだと、光はそう言ってくれた。

 それがクロスの大きな支えであり、今も生きている理由だった。


「おっと……」


 と、いろいろ考えながら歩いているうちに見晴らしのいい場所に着いていた。

 長い長い坂道の上で、街が一様に見渡せる。


「綺麗だな」


 しばらく歩き、空は夕方が近づいて赤くなってきていた。

 薄暗くなってきた街に灯る街灯の明かり。

 様々な色の光はそれぞれが美しく、そして集まっている姿はさらに美しかった。


(自然のものではなくても……か)


 その美しさはある意味では偽物なのだろう。

 自然に元からあったものではない。

 人の営みによって生まれたもの、しかも美しさを求めた訳でもない副産物。

 美しいものとして、綺麗なものとしてあろうとした訳ではない。

 だが、そんなことは関係なかった。

 それは間違いなく美しかったのだから。


「……」


 本物よりも美しい偽物がある。

 本物よりも輝かしい偽物もある。

 偽物が本物より劣っている確証なんてない。


 時には偽物の方が強く、大きく本物を上回ることだってある。


「……今度は皆で来るか」


 そして偽物の命でも、本物のように輝くことも出来る。



 ―城内邸―

 さて、クロスが帰ってくるとちょうど光も帰って来ていた。


「おかえり、ヒカル。今日も買い物か?」


「うん……。また食べ物をね……」


「もう今度からは配達してもらいましょうよ! 一々買いに行ってたら身体がもちませんって!!!」


 文句を言う村正ちゃん。

 まあ、それを言ってもしょうがないくらいに二人の両手にはたくさんの荷物があった。


「ははは……。私も少し持とう、いつも世話になっているしな」


「ありがとう」


 平穏な日常、普通な日々。

 偽物でも関係ない、本物である必要はない。

 生きていることには変わりないのだから。

 

 だから、これからも本物と同じようにこの世界を生きていく。



 【後書き雑談コーナー】

   光「ウー■ーイーツにでも頼むかな……」

  クロ「それじゃあ量が足りないだろうよ」

   光「だよね……」

  シナ「? どうかしたの?」

  クロ「……」



 次回 256話「黒と真実、戦乱にて混ざりて」

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