第254話 動き出した『真実』

「ソサナも倒れましたか」


 暗い暗い場所。

 感情のこもってないガサナの冷たい声が、ただ淡々と事実を告げる。


「それで? 敵は何人残っていますか?」


「戦力としてカウント出来るのは城内光、宇水撫華、音無静夏、クロスの4人ですかね。ああ……まだ4人も居るんですか……面倒くさい」


 ガサナの声とは打って変わった、『面倒くさい』という感情が嫌と言うほど込もる声が響く。

 言うまでもなくそれがマサナの声だ。


「ハサナとソサナの2人が倒れたのに、倒せた敵は日比谷薫の一人だけ……。あまり良い状況とは言えませんね」


「分かってますよ……。それで? 姉さまは変わらず音無静夏の相手をするのでしょう? バーサーカーはほっといても宇水撫華に向かっていくでしょうし……。じゃあなんですか、私2人も相手にしなきゃいけないんですか?」


 心底、心底嫌そうにマサナは言う。

 曲がりなりにもそれなりに『仕事』はしたハサナやソサナのことも気にせず。

 ただただ、自分の仕事を少しでも減らそうとしていた。


 そんなマサナにも特にガサナは嫌悪感を抱くことはなく、また淡々と事実を告げた。


「いいえ、貴女が相手にするのはクロスだけで十分です。城内光の対処は今は保留でいいでしょう。彼単体では大した脅威ではありません」


「そうですか……。ああ、面倒くさい……。もっとハサナとソサナが頑張っていれば、私は戦わなくても良かったのに……」


 先に死んでいった姉妹に愚痴をこぼすマサナ。

 しかし、やはりガサナは特に気にしない。


「姉さま、バーサーカーみたいに戦力を増やすということは出来ないんですか? そうすればもっと楽になるでしょう?」


「出来るならしたいところですけどね、そう簡単にはいかないんですよ。一つは現世に無理矢理にでも蘇るほど強い感情を持った者はそうそういない。そしてもう一つは帝の体調はあまり良くありません、あの体調で無理をすれば恐らく死んでしまうでしょう」


「そうですか……」


 淡い期待も砕かれ、もう甘んじて受け入れるしかなくなってしまったマサナ。

 少し考えた後、わざとらしく大きなため息をして仕事を受けることにしたようだ。


「分かりました……。いいですよ、ただし私はクロスの相手しかしませんからね? 他の相手はどうなろうと私の責任対象外です」


「それで結構ですよ」




 気怠そうにその場を後にしたマサナ。

 一人残ったガサナに――声が問い掛ける。


「マサナは承諾した?」


「はい、心底嫌そうでしたが」


「そっか。まあ、あの娘はそういう娘だしね。しょうがないよ」


「そうですか」


 ガサナに話し掛けるのは帝ではない。

 度々ガサナに『あの方』と呼ばれている存在の方だ。


「それで? 帝はどう? もう死んじゃいそう?」


「いえ、最近は安静にさせているのでまだもうしばらくは保てるかと」


「そうなんだ。じゃあ悪いけどもう少しアイツの部下の演技、よろしくね」


「かしこまりました」


 ガサナたちは『帝の前座』を名乗っているものの……本当は帝の部下ではない。

 もちろん帝自身はその事には気づいていなかった。

 ガサナたちは表向きは帝に尽くしているが、実は帝も『あの方』にとっては捨て駒に過ぎないことを理解している。

 『あの方』の真意を理解したうえで、敢えて彼女たちは生みの親である帝ではなく、『あの方』の方を選んだのだ。


「帝の最終戦までにはどれくらい残りそうかな?」


「そうですね……。マサナはクロスを倒すことくらいは出来ると思いますよ、ただあの娘の能力的には一人が限界かと。バーサーカーはどうでしょう……ヤツに気が付かれなければ宇水撫華くらいなら倒せるでしょうか。私は正直分かりません。最悪、音無静夏の討伐は出来ない可能性もあります」


「つまり?」


「最悪の場合はクロスだけ脱落した3人。上手くいけば城内光の1人となるでしょう」


「ふーん、結構曖昧だねぇ。ま、いいか。なるべく頑張ってね、帝もそれなりには強いけど……あんまり期待は出来ないからさ」


「はい、命を懸けて戦う事はもはや前提の条件として認識しております」


 その声にはやはり感情はない。

 まるでそれは少しだけ進化した機械のようだった。


「まあ、僕が負ける訳ないけどさ。シナトスを長くは待たせたくないから……」



「なるべく僕が会いに行くまでに殺しておいてね」



 狂気。

 バーサーカーの狂気とは全く違う狂気が、『あの方』にはあった。

 一周回ってある程度正常さを取り戻したかのような狂気。

 だが、絶対に常人には理解も到達も出来ない狂気だ。


「変われば変わるものですね……」


 今までとは違い、ほんの少しだけ憐みのような感情を込めたガサナの声が静かに響く。

 その声はもちろん『あの方』に届くこともなく、仮に届いたとしても意味はないことなのだが。



 【後書き雑談コーナー】

  あの「人数が減ると食費が減っていいね」

  ガサ「そもそも私達は食事を必要としないはずですが?」

  マサ「姉さま、今のはジョークというものですよ」

  ガサ「?」


 

 次回 255話「偽物と本物」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る