第249話 僕が本当に欲しかったもの
―城内邸、暗い部屋―
「……」
暗い部屋。
電気はついておらず、月明かりも差し込まない完全な暗闇。
そこに光は居た。
「……」
他の皆は天界に居るのでそこには誰も居ない。
異様に暗闇と調和する静寂がそこには広がっていた。
「……」
暗闇の中、光は特に何かをしている訳ではなかった。
泣いているのではなく、怒っているのでもなく、苦しんでいるのもない。
ただ暗闇でうずくまっている……ように傍からは見えるだろう。
しかし、彼の心はそうではなかった。
あの日、ソサナに負けたあの恐怖の日と同じくらい光の心は乱れていた。
―乱れる心のなか―
(……
乱れる心。
こないだのように叫ぶことはなかったが、それは静かかどうかの違いでしかない。
どちらにせよ光の心がかなり乱れ狂っていることに違いはなかった。
(
あり得なかった可能性を考慮する。
もし、自分が恐怖に負けていなければ。
もし、自分がもっと強ければ。
もし、自分がもっと……普通の『人間』であれば。
しかし、考えても考えても答えは一つ。
例え自分が折れていなくとも、この結果は変わらなかっただろう。
その答えしか出ないのだ。
事実、この答えは間違っていない。
例え光の心が折れていなかったとしても、薫は一人で向かいそして同じことをしただろう。
この戦いの結末に、光は関係ないのだ。
(……分かっている、それはもう分かっている。でも、それならどうして罪悪感が消えないんだ……)
ところが、それを理解しても光の頭のなかから罪悪感が消えることはなかった。
強い強い罪悪感。
自分はとんでもないことをしてしまったという罪悪感が消えないのだ。
(……どうして)
(いや、分かってる。分かってるんだ……どうして消えないのかは。これは何の罪悪感なのか分かってる……)
光は知っていた。
なぜ、この気持ちが消えないのか。
なぜ、この罪悪感が光を襲い続けるのか。
それは、
(これは薫が命を懸けてまで戦っていたのに、それでも何もしようとしない自分に対する罪悪感なんだ……)
自らの怠惰を恨む罪悪感だった。
薫が、宇水が、静夏が、クロスが、みんなが必死で戦っている。
傷付くことを恐れず、時には命を懸けてまで戦っている。
それなのに光は自分だけが恐怖に負けて、当たり前のように平和な日常を享受している。
それが周りから許されたものだとしても、それが自ら選んだ道だとしても……。
どうしても光のなかから罪悪感が消えることはなかった。
(でも、でも! 分かっていても……どうしようもないんだ!!!)
しかし、その罪悪感を感じていても、光は立ち直ることが出来なかった。
恐怖が襲い掛かってくるのだ。
骨の砕ける激痛が、身体が切り裂かれる苦痛が、頭が割れる痛みが。
そして、死の迫る圧倒的な恐怖が押しつぶそうとして来るのだ。
どんなにそれが『悪』だと理解していても、どんなにそれに罪悪感を感じていても、光はこの恐怖が乗り越えられなかった。
(……昔は、前はなんで戦えたんだろうか)
今となっては心底疑問だ。
なぜあの恐ろしいオンネンや四神を相手に、自分は剣を手放さずに戦えたのだろうか。
あの時だって、いや寧ろあの時の方がさらに弱かったのに。
(なんで……
『俺は―う。君を■幸にす■やつ――る■り、―して■を手■――■ない!』
(――!?)
瞬間、言葉が脳裏によぎる。
それは恐らく自分の言葉だ。
しかし、まるで霧がかかったかのように不鮮明で、何と言ったのかしっかりと思い出せない。
(なんだ……?
その言葉が凄く大事なことのような気がして、必死に思い出そうとするが、なかなか届かない。
目に見えているのに届かないもどかしさにイライラする。
(なんだ!? なんて言った!? いつ、どこで!?
その時。
「光くん、いいかな」
「――!」
ドアの向こうから静寂を破る声が聞こえた。
それは大和の声だった。
「……うん、大丈夫だよ。今そっちに行くね」
これ以上心配を掛けないように、とりあえずまずは大和を優先した光。
ゆっくりとドアを開けると、安心した表情の大和が居た。
「良かった……。『来るな!』とか言われたらどうしようかと思ってたんだけど、無駄な心配だったみたいだね」
「ごめん、変な心配掛けて……。えっと、それで何か用かな?」
「うん、ねえさちょっとお話しない?」
「お話?」
大和に連れられて縁側に移動した光。
そこから見た今日の月は見事な満月だった。
「月が綺麗だね」
「そうだね」
「……」
「えっとさ、それで話って何かな?」
あの言葉の真実が気になる光は、良くないとは分かっていても急かすように大和に質問する。
「ああ、ごめんね。……前から聞きたかったことがあったんだ」
「聞きたかったこと?」
「そう。光くん、今はその前線は退いたでしょう?」
「……まあ、うん」
「ああ、別にそれを責める訳じゃないんだけど……。だったら何で前までの光くんは前線で戦えていたのかな……って思ったんだ」
「……」
それは自分も同じ疑問を持っている。
なんならついさっきそこに疑問を感じたばかり。
そしてそれを思い出そうとした時、あの言葉が脳裏によぎったのだ。
「リームさん達は『お婆さんを生き返らせるため』とか『過去の罪を償うため』って言っていたけど、本当にそうなのかな?」
「え?」
「私は光くんじゃないから分からないけど……。光くんが戦っていたのって本当にその為だった? 何か他に理由があったんじゃないかな?」
「――」
他の理由。
戦う理由、他の戦う理由。
「――!!!!!!!!」
その時、記憶は蘇る。
それは沖田と戦った日の記憶。
あの戦いのなかでの自らの言葉。
『俺は戦う。君を不幸にするやつがいる限り、決して剣を手放しはしない!』
あの日、シナトスに向けて言った言葉。
そして自分が戦う本当の意味。
「……なんで! なんで俺はこんな大事なことを忘れてたんだ!! あの時、あの日自分でそう言ったのに! 自分でそう誓ったのに!!」
度重なる出会いと戦いと別れがいつ間にかそれを忘れさせていた。
光が本当に欲しかったのは『安穏』でも、『断罪』でもない。
たった一人、自分の命と未来を救ってくれた彼女の『幸せ』だったのだ。
その事を思い出した時、光は……。
「ごめん、大ちゃん。俺、行かなきゃ」
立ち上がっていた。
しかし、足は竦み頬には冷や汗が流れている。
恐怖はまだ消えていない。
しかし、その恐怖に抗うくらいの勇気は取り戻していた。
「そっか、そうだよね。……行ってらっしゃい、光くん。大丈夫、君ならきっと出来るよ」
「ありがとう!」
そして光は走りだした。
「……」
光の背中を見送る大和。
もうこれ以上は出来ることはない。
だからここで見守るのが今出来る一番の事だった。
(やっぱり君はシナトスの方に行くんだね。うん、分かっていたよ。分かって、いたけど……)
ポタっと涙が一滴大和の目から零れる。
(分かっていてもちょっと悔しいな)
大和は、大和は本当の事を言えば振り返って欲しかった。
留まって欲しかった、自分を……選んで欲しかった。
しかし光はそうはしなかった。
思い出した心の剣を持って、先に進んでいってしまった。
「おめでとうシナトス、どうやらこの勝負はもう君の勝ちみたいだ」
月を眺めながら、大和は小さく呟く。
「私の告白は、光くんには届かなったみたいだし」
『月が綺麗だね』
遠まわしではあったけど、君はこの言葉の別を意味を知っているはず。
だけど君は気が付かなかった。
きっとシナトスから同じことを言われたら、気が付くはずなのに。
私の口からだと気が付いてはくれなかった。
「……バカ、もう二度と言ってあげないんだから」
出来れば届いて欲しかったな。
君の心に、この言葉が。
次回 250話「城内光、復活!」
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