第248話 炎風の剣姫

「――。……?」


 宇水が目を覚ました、いや気がついた時。

 そこはどこかのベットの上だった。


(ここは……暗くてよく見えないけど、多分天界の医務室? 私は一体……?)


 上手く働かない頭で必死に今の状況を考える。


(……そうだ、私はハサナに魂を奪われて……それで……?)


 そこから先、最後に意識が消えた後が全く分からない。

 まあ当然と言えば当然なのだが。


(ダメだ……、誰かに話を聞かないと)


 とりあえずベットから起き上がり、誰かを探して部屋から出ていく。

 しかし、長い間眠っていたせいか身体が上手く動かせない。

 薄暗い廊下を壁伝いになんとか少しづつ歩いていく。


(足が上手く動かない……。私、どれくらい眠っていたんでしょうか……)


 廊下を少しづつ進んでいくと、明かりのついた部屋を発見。

 どうやら誰かがいるようだ。

 その証拠に話声も聞こえてくる。


「あ、あの……」


 恐る恐る部屋を覗き込むと、そこには何か書類のような物を目にしながら話し合うエルメと正路が居た。


「ん? 誰――」


「……」


「……」


「あ、えっと……」


 宇水の姿を見た瞬間、絶句して動かなくなる二人。

 しばしその状態が続いたが……。


「えええええええええええええええ!!?!?!??!?!?!?!?!」


「――!?」


 突然、二人は驚いた。

 それはもう天地がひっくり返る程に。


「う、宇水さん!? えっと、貴女気が付いたんですか!? え!? な、ええ!?」


「お、落ち着くんだエルメ君! とりあえず皆に電報じゃなくて、通信でもなくて、連絡を!!」


「そ、そうだった! ああ、あとロメリアも!」


「宇水君すまない!!! ちょっとそこで待っていてくれないか!!」


「は、はあ……」


 それから、天界と下界の一部の人たちはそれはそれは大騒ぎしたのだった。



 ―30分後―

 それから30分、ようやく皆は落ち着きを取り戻して来ていた。

 その間に宇水はバイタルチェックだの、メンタルケアだのとロメリアに引っ張り回され、既に疲れかけである。


「うん! 何の問題もなしだ! いやー、良かった良かった!」


「そうですか……。えっと、いろいろありがとうございました」


「なんのなんの、そんなの気にしなくていいよ」


 やっと休めると一息つきかけた宇水だが、休むにはまだ早い。

 今度は光たちが一斉にやってきた。


「宇水さん! 大丈夫!? 問題ない!?」


「まだ何か奪われたままだったりとか、そういうのもないの!?」


「あー、えっと……大丈夫でーす……」


 起きてからのこの僅かな間に何度この質問をされたことか。

 ハッキリ言ってもううんざりなのである。


「こらこら! みんな心配してたのは分かるけど、彼女のことも考えてねー!」


 ロメリアのセリフはもっともなのだが、さっきまでのことを考えると見事なまでの「おまいう」状態である。

 まあ、言われたところで収まる様子もないし、あんまり関係ないのだが。

 さて質問攻めに一つづつ答えながら、なんとか落ち着こうとする宇水。

 ところが、答えている間に一つおかしなことに気付く。


「……あれ? そういえば、薫さん居ないんですか?」


「え? あ、そういえば確かに居ないな」


 薫が居ないのだ。

 陰でこっそりと見ているでもなく、さりとて質問攻め軍団の中にも居ない。


「ロメリア、日比谷薫には連絡を入れなかったのか?」


「連絡をしたのは私じゃなくて正路とエルメだけど……わざわざそんなことしないと思うよ? ていうかアウラ、君が一緒じゃないのかい?」


「いえ、最近若は教会で特訓生活でしたから一緒ではないのですが……」


「じゃあがもう1回電話しますよ」


 光はスマホを取り出し、いつの間にか登録されていた電話番号に連絡する。

 しかし……


『おかけになった電話番号は現在使われておりません』


「……あれ?」


 なぜか着信出来なかった。


「どうしたんだね?」


「なんか、電話番号が使われてないって……」


「何……?」


 場がおかしな雰囲気になり始まる。

 光や宇水はなんだか嫌な胸騒ぎを感じていた。

 その時……。


「た、大変!!!」


「ど、どうしたエルメ!?」


 突然エルメが駆け込んできた。

 しかも様子と表情からして、かなりマズい何かがあるようだ。


「薫さんが……薫さんが……!」


「! ひ、日比谷薫がどうした!?」


「どこにも居ないの! 下界にも、天界にも! どこにも、何の反応もないのよ!!!」


「なッ!?」


 どこにも居ない、それがどういう意味なのか。

 その場に居た全員がその瞬間悟ってしまった。

 それは、つまり……。



 ―しばらくして―

「今、完全に調べ終わったよ」


「ど、どうだった?」


「ダメだった。天界、下界、その狭間の空間と全てサーチしたが、どこにも何の反応もない。完璧にロストしてしまっている」


「そんな……!」


 縋るようにリームはロメリアを見つめるが、沈痛な表情は変わらない。

 それが完全に諦めるしかないことをリームに理解させてしまった。

 項垂れるリーム。

 ロメリアもそうしたかったが、その欲求をぐっと抑えこみ質問する。


「……みんなの様子は?」


「落ち込んでいる……という当たり前のことしか言えないよ。特に宇水嬢と城内光の二人はかなり応えてしまったようだ」


「そうか、そうだろうね……。宇水ちゃんは言うまでもないし、光くんも最近不安定だったメンタルがようやく安定しかけてきた矢先のことだからな……」


 どんどんと雰囲気が暗くなっていく。

 それではいけないのは分かっているのだが、だからといって抗えるものでもなかった。


「……なあ、ロメリア。これからどうするべきかな」


「辛いことを言うようだけど、現状維持としか言いようがないよね。まあ、光くん達が立ち直れるかどうかは分からないけどさ」



 ―暗い部屋―

「そんな……、そんな……!」


 暗い部屋、何も見えない暗い部屋で一人宇水は泣いていた。

 圧倒的な悲しみが全てを覆いつくす。

 さっきから枯れはてそうなくらいに涙を流しているのに、涙は未だ止まりそうにない。


「私のせいで……! ああ、あああああああああああ……!!!」


 宇水は自分の無力さが心底恨めしかった。

 もっと力があれば、もっと頭が働けば結果は違ったかもしれない。

 自分のせいで、薫は死んだ。

 嘆きと共に罪悪感が容赦なく襲い掛かってきた。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!!」


 謝っても意味はない。

 それでも謝らずにはいられなかった。

 暗闇に悲しく謝罪の声が響く。

 しかし、その声は誰にも――


『泣くなよ、宇水』


「!?」


 届かないと思ったのだが……返す言葉が響いた。

 しかし、その声の主は居ない。

 代わりにそこに居た、否あったのは……。


「……薫さんの剣?」


 いつの間にそこに現れたのだろうか。

 そこにあったのは、薫がいつも使っていた剣だった。

 剣は今なお聖炎をその身に纏い、暗闇を優しく照らす。


「……?」


 不思議に思いながら、宇水はその剣に触れる。

 その瞬間―――いろいろな薫の記憶が流れこんできた。


「こ、これは……」


 その記憶には喜びがあった。

 その記憶には怒りがあった。

 その記憶には嘆きがあった。

 その記憶には楽しさがあった。

 そして、その記憶には宇水への願いがあった。


 どれもが暖かい記憶で、まるで嘆く宇水を抱擁するかのように優しい記憶だった。


「……薫さん」


 彼の願いが響く。

 幸せになって欲しいと、笑顔であって欲しいと。

 どこまでも優しくて、ほんのちょっぴり素直じゃない優しさが満ちた願いが響いた。


『ごめんな、死んじゃって。でも、出来ればあんまり泣かないで欲しい』


『我が儘なのは分かるけど……、ほら……』


『お前には笑顔でいて欲しいからさ』



「――!」


 再び、目を覚ました宇水。

 宇水は暫し剣を握ったまま、その場に座り込んでいたが……。

 しばらくして涙を拭ってから、何かを決意したように剣を手に外に出る。


「――! 撫華さん、もう大丈夫なんですか……?」


 外に出ると静夏が心配そうに待っていてくれた。


「はい、ご心配をおかけしました。でももう大丈夫です」


「そうですか、それは良かった……」


 心底安堵した表情を見せる静夏。

 そんな静夏に宇水は一つお願いをした。


「あの、一つ頼みたいことが……」



 ―ロビー―

「……村正ちゃん、ヒカルはどうだった?」


「ダメです、完全に塞ぎ込んでしまいました……」


「そう……」


 無理もないのは分かっていても、やはり辛くはなってくる。

 しかし、今は悲しんでばかりもいられない。

 

「とりあえず今後の方針を再確認しよう。城内光と宇水嬢抜きでも我々はやるしか……」


「私なら大丈夫ですよ」


「――!」


 ロビーに響く声、それは間違いなく宇水撫華の声だった。


「ほ、本当に大丈――ええ!?」


 シナトスが心配しながら振り返った先には、今までとは違う彼女が居た。

 なんと宇水は長い髪をバッサリと斬り落としていたのである。

 そして背中には薫の剣を背負っていた。


「ど、どうしたの!?」


「音無さんに頼んで斬ってもらったんです。……それで、今後ですが私もちゃんと戦えるのでご心配なくお願いします」


「それは頼もしいが……」


 驚きが隠せない面々。

 しかし、宇水の目に迷いはなかった。


 宇水は誓ったのだ。

 薫の願いを叶えると。

 幸せになって欲しいという願いを。

 その為には、嘆いていてはいけない。

 幸せを拒む敵を倒さなくてはいけないと。


「大丈夫ですよ、もう私は泣いたりしませんから……」


「?」


 この時、まだ誰も気が付いてはいなかった。

 この瞬間、この瞬間こそが新たなる大英雄の生まれた瞬間だったのだ。

 前代未聞の既知にして未知なる力をもった存在が立ち上がった瞬間なのだ。

 人はいずれ彼女をこう呼ぶだろう。


 炎風の剣姫えんぷうのつるぎひめと。



 ―暗闇―

「……」


 そして、暗闇にはまだもう一人……。



 次回 249話「僕が本当に欲しかったもの」

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