第247話 君を愛している
「――」
ハサナの手は確実に薫に届き、薫の魂を『略奪』する。
その瞬間、薫はまるで糸が切れた人形のようにプツンとその場に倒れた。
「ふふふ、偉そうなこと言ってたのに結局こうなったねぇ」
「――」
「それじゃ、バイバーイ」
変わらず、笑い嗤いながらハサナは薫の魂を吸収した。
その時――
「!?」
ハサナの内側から炎が燃え上がる。
それは誰かが点けた炎ではない、まるで自家中毒のように自ら発する炎だ。
おまけにそれは普通の炎でないようで、どうやっても消えることはなかった。
「何!? なんで、なんでこの聖炎が!?」
「――。……どうだ? 自分の能力で逆にピンチになる気分は」
「なッ!? なんで、なんで動けるの!? いや、なんで生きてるの!?」
燃え上がるハサナを今までのお返しかのように嘲笑うのは――薫だ。
今さっき死んだはずの薫が、ユラリと立ち上がりハサナを嗤っているのだ。
「考えたのさ、お前が絶対に奪うであろうものを。そうしたらこの結論に辿り着いた」
「!?」
「お前が絶対に奪うもの……それは俺の命、いや魂だろうなって」
薫は苦悶と嘲りを同居させた複雑な表情をしながら、淡々とそう告げる。
「だから俺の魂に聖炎を仕込んでおいた。そしたらビンゴさ、お前アホみたいに素直に引っかかってくれたわけ。んで、今俺がまだ生きてるのは聖炎で魂を匿った……ていうか守ったからだ。まあ、全体の1割ぐらいしか残っていないがな」
「そ、そんなありえない……! 君、自分の言っていることの意味が分かってるの!? それじゃあまるで最初から死ぬつもりだったみたいじゃない!!」
「その通りさ。そりゃ生き残れるなら生き残りたかったが……お前相手にそれが出来ないのも重々承知だったんでね、どうせ死ぬなら相打ちにしてやろうと思ったのよ」
当然のことのように薫は言うが、ハサナにはまったく理解出来ない思考だった。
それなら仲間を連れてくればいいのに、ハサナはそう思ったのだ。
なぜ、他人の為に自分の命を捨てる?
一人は確実に死ぬという状況で、なぜ嬉々として自らの命を捨てる?
ハサナには理解出来ない思考だった。
「さて、魂の9割取られて今にも死にそうな俺だが……まだ死にやしねえぞ」
「――!」
「お前が奪ったものを手放せねえのは知っているから、ほっといてもお前は勝手に死ぬが……お前は俺が斬らないと腹の虫が治まらないんでな。約束通り、ここで斬る!!!」
死にかけなのに、寧ろ今までよりもさらに速く動く薫。
炎に呑まれるハサナにもう抵抗することは出来ず、出来るのはただ問い掛けることだけだった。
「分からない! 分からない! なんで!? なんで自分の命を捨てた!? どうしてそんなことをした!? しようと思った!?」
「あ? そんな簡単なこと、今更聞いてんじゃねえよ」
気が付けば、薫はハサナの目の前に。
そして剣を構え、振るいながら、その答えを叫ぶ。
「人間にはな、命より大事なものが出来る事があるんだ!!!」
「――!?」
答えを言われても、ハサナにはやはり理解出来ない。
それは彼女が人外だからか、それともただ冷酷だからなのか。
しかし、その答えを得ることは出来なかった。
なぜなら――
「これで、終わりだ!!! 『与える』なんて不慣れなことはするもんじゃなかったな!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
終わりの剣はもう、目の前に。
「聖炎・燕返し!!!!!!!!!!!!」
「……」
薫の剣によってハサナは完全に消え失せた。
しかし、もう薫の命も長くはない。
両足に力が入らなくなりその場に倒れてしまった。
(ははは、こりゃもう完全にダメだな……。まあ死ぬ覚悟はあったけど、マジで死ぬことになるとはな……)
身体が霧のように少しずつ消えていく。
魂を奪われた薫に普通の死は訪れないのだ。
何も残さず夢のように全て消える、それが薫の最期だった。
(こんなところで死ぬんなら、言いたいことさっさと言っとけば良かったな……)
薫の言いたかったこと、それは大したことではない。
ただ伝えたいことがあったのだ。
君が好きだった。
ずっとずっと君が好きだった。
思えば俺が君を好きになったのは、初めて出会ったあの日からだろう。
一目見た瞬間から、君に俺の心は奪われた。
優しい君の笑顔が好きだ、真面目で誠実で一生懸命な君と共にいたかった。
そして、脆くて儚くて……苦しむ君を守りたかった。
君は初めて会ったその日から既に辛そうだった。
隠してはいたけれども、俺には分かってしまった。
君は常に『期待』に追われていたんだね。
追われて、走って、追いつかれそうになって、それでもまた走って……。
だからそんな君を俺は守りたいと思った。
「大丈夫だ」って元気づけてあげたかった。
でも、俺は素直じゃなかった。
自分の気持ちを口にすることがどうにも苦手で、君を前にするとつい黙りこんでしまった。
その結果がこれだ、まったく馬鹿にも程があると思う。
……君に今のこの言葉は届くのかな。
多分、届かないだろう。
でも、それでも、言葉が届く奇跡に期待して、ここで伝えよう。
どうか、どうか君がこれから幸せな人生を送れますように。
その誰よりも尊いと俺が思った人生を最高に楽しめますように。
誰よりも眩しいその笑顔を、これからも作っていけますように。
どうか宇水撫華という人間が、素晴らしい人生を歩めますように。
「じゃあな。宇水……それからみんなも、達者で生きろよ」
「ああ、そうだ。それから……」
これからも俺は君を愛している。
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