第220話 月満ちる夜、再び…

「あー! 美味しかった!!」


「ホント、よく食べました……」


 ある日、八雲カフェでの晩御飯の帰り。

 月明かりに照らされながら俺達は帰路についていた。


「あんなにたくさん食べられて今日の営業続けられるんでしょうか……」


「無理だろ」


 相変わらずシナトスは異常な食べっぷりを見せ、薫と宇水さんはもはや呆れを通り越して微妙に恐怖すらしている。

 俺は見慣れているのでそこはもうなんとも思わないのだが……。


「ヒカル、お金大丈夫なのか?」


「全然大丈夫じゃない」


「だから『今日は奢る』なんて言わない方が良いと言ったのに」


「だって……」


 貰ったばかりのバイト代は一瞬でなくなってしまった。

 いやね、ちょっとくらい俺も見栄を張りたかったんですよ。

 それなりに財布に余裕もあったし。

 まあ、そんな余計なことした結果がこれなんですが。


「白いのの食欲の異常さはお前も知ってるだろ?」


「うん、でも『いけるかな』と思ってしまった俺が居ました」


「やれやれ……、まあ白いのの食欲もおかしいんだがな」


 いろいろと呆れるクロス。

 そう言えばクロスはシナトス程は異常に食べない。

 元々同じ存在なのになんでだろうか?

 もしかして気を遣って食べないでいるのかな?

 だとしたらちょっと申し訳ないな。

(食べられても困るんだが)


「……にしてもシナトスも随分下界慣れしたなぁ」


「? どういうことだ?」


「初めて会った頃は見るもの全部初めて見る物だったみたいで、いろんな所に行くたびにはしゃぎまくりだったんだよ。……ていうか元々同じ存在だったけど、そういうことは分かんないの?」


「分からない。基底が同じなだけで私と白いのは別人だからな」


「そうなんだ」


「ああ、そうだ。……にしても意外だったな、アイツ昔はそんな感じだったのか」


「意外なの? なんで?」


 俺からすればシナトスにはそういう印象があったので『意外という印象』が意外だった。

 なぜクロスはそう思ったんだろうか。


「だって、アイツはお前と会う前にも下界に来たことがあるはずだろう? それなのにそんなに下界ではしゃぐなんてちょっと変じゃないか?」


「……そう言えば確かにそうだな」


 言われてみればその通りだった。

 前にシナトスは『織田信長と一緒に居た』と言っていた。

 だから少なくとも俺に会った時が初めての下界ではない。

 という事はシナトスはなんらかの理由で長い間下界に来ていなかったという事だろうか?


「……」


「? どうしたのヒカル?」


「え!? あ、ううん。なんでもないよ」


「そう?」


 危ない危ない。

 また顔に出るところだった。

 こういう『よく分からない事情』は何かしらあって相手がわざとこっちに言っていないことが多い。

 なら、そういう事情には相手から言ってくるまではなるべく触れないでいる方が良いだろう。


「あ! ヒカル見て!」


「ん?」


「今日は満月よ! 凄い綺麗ねー!」


 目をキラキラさせながらシナトスが指さす先には確かに大きな満月が。

 それに今日は雲一つないのもあって、より月の美しさが引き立っていた。


「……」


 しばし、その美しさに目を奪われていた。

 その時――


「さすが、カグヤ姫の娘。やはり月がお好きなのですね」


「でもでも! 本当のカグヤ姫は月から来たわけではないんでしょう?」


「そうね、本当のカグヤ姫は天界から来た死神なんだものね」


「だから、あの方は彼女を求めたのですけど」


「!?」


 響く声。

 一つは丁寧に、一つは元気に、一つは親し気に、一つは素っ気なく。

 姿は見えないのに、声だけが不気味に響く。

 声からして相手は恐らく女性だろう。

 しかし、ただどこかズレたかのような若干の狂気を感じる声だった。


「誰だ! 姿を見せやがれ!!」


 薫が叫ぶ。

 薫がそんなことを言うという事は、薫の感受嗅でも見つけられないという事だ。


「人間じゃ……ない……!?」


 状況の異常さに心臓がバクバクし始める。

 警戒心と恐怖心が限界まで高まり――4人は突然姿を見せる。


「「「「お待ちしておりました、新たなるカグヤ姫」」」」


 4人は同時に同じことを言い、同時に恭しくシナトスに一礼した。

 見た目は別に特におかしなところはない。

 強いて言うなら4人ともそっくりだったが、別にどこにでもいそうな普通の大人の女性だった。

 ただ、醸し出す雰囲気はあまりにも違う。

 それは次元眼の作用ではない。

 人としての本能が『目の間にいる存在は絶対に人間ではない』と訴えている。


「……誰だなんだ、お前たちは」


「私達は帝の前座を務める人ならざる四つ子。帝ととある方の力で生まれた特異存在」


(人ならざる四つ子? 帝の前座?)


 独特のフレーズに疑問を感じる俺。

 そんななか、まず一番左の女性がそのまま話を続ける。


「私はその長女たる、追走の狂気ガサナ。以後お見知りおきを」


 再び一礼するガサナ。

 動作の一つ一つに恭しさを感じる一方で、やはり一つ一つに狂気を感じる。

 長い赤い髪も、身にまとう赤い服も、感じる狂気のせいで何か怪しげなものに見えてくる。


「次は私! 私は略奪の狂気ハサナ! よろしくー!」


 次に名乗ったのは元気なハサナ。

 ガサナとは違い短い髪や黄色い見た目もあり、天真爛漫という言葉がピッタリ合う。

 しかし、元気さの裏に狂気も感じられた。


「私は三女、共感の狂気ソサナ。これからよろしくね」


 お次はやはり親し気な雰囲気のソサナ。

 まるで昔から知り合っていたかのような振る舞いや言葉遣いである。

 服や髪の緑色も穏やかさを感じさせるが、やはりどこか狂気を感じる。


「あ、私ですか? 真実の狂気マサナです」


 最後は気怠けなマサナ。

 青い見た目からもダウナーな性格を感じられるが、本能はそこに同居する狂気を見逃さない。


「……」


 全身の警戒は全く解けなかった。

 なぜか全員から本能的に狂気を感じる。

 狂気とは別の雰囲気と同時にだ。


「帝、カグヤ姫……、まさか貴女たちは……」


「……シナトス?」


 シナトスは4人を見て酷く動揺していた。

 何かに怯えるように振るえてすらいる。


「それで……? 俺達に何の用だ?」


「ふふふ、私達はあなた方には用はありませんよ。私達はそこにおられるカグヤ姫様をお迎えに来たのです」


「カグヤ姫……? シナトスが……?」


「ええ、ですのであなた方に用はありません。邪魔しなければ命は取りませんので、何もしないでくださいね」


 こちらがまだ状況を理解出来ていないなか、ガサナはハッキリそう言い切った。

 しかし、もちろんそのまま素直に受け入れる訳もない。


「で? 『命は取りません』なんて物騒なことを言う奴のいう事を素直に受け入れるとでも?」


「あ、やっぱり邪魔するんだー!」


「まあそうだよね、分かってたよ」


「なんで嬉しそうなんですかね」


 シナトスと4人の間に立ちふさがった俺を面白そうに眺めた後、4人は現れた時のように突然姿を消す。


「!?」


「ご安心を。今日はただの挨拶ですので」


「また今度会いに来るよー!」


「その時にはそれなりに出迎えてくれると嬉しいな」


「出迎えって言っても戦闘になりそうですけどね」


「ちょ! 待て!!」


 しかし、返事はなかった。

 そのまま4人は俺達に多くの疑問を残したまま消えてしまった。


「おいおい、なんだよ今の……」


「……おい、白いの。お前今の奴らを知ってるのか?」


「……うん」


 4人が消えた今もシナトスはまだ動揺していた。


「シナトス……説明してくれないか?」


「分かった……、でも場所を変えさせて。リームや姉さんにも話さないと……」


「……」


 まだ何が起きているのかは分からない。

 しかし、また何か大変な事になり始めた。

 それだけは深く理解出来た。



 次回 221話「恐れる半神、恐れぬ半人」

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