第218話 君とゼロから

「ご主人」


「……」


「ご主人?」


「……」


「ご主人!」


「――! 何!?」


「大丈夫ですか? 最近変ですよ?」


 変、か。

 確かにそうかもしれない。

 でもこれは病気などではないのだ。

 そんなモノよりももっと大変な……。


「何かあったんですか?」


「いや……なんでもないよ。大丈夫」


「大丈夫な人はお茶碗にお味噌汁は入れませんよ」


「え? あ」


 村正ちゃんに言われて初めて気づく。

 上の空だった俺はお椀に米を装い、お茶碗にお味噌汁を入れてしまっていた。

 なんとまあ、お皿が逆になるだけで随分違和感のあるものだ。


「……何か隠してますね」


「い、いや……別に……何も?」


「別に白を切るのは勝手ですが、ちょっと気になるので脳内探らせてもらいますね」


「ちょ、ちょっと待った! え!? そんなこと……出来たな」


 出来るわ。

 初めて会った時とか、爆決天牙を会得した時とかこの娘脳内覗いて来たわ。

 え、じゃあ何? 俺この娘には絶対隠し事出来ないってこと?

 地味にそれキツくない?


「分かった! 言う、言うから!! 勝手に脳内覗かないで!!」


「あは~。何か見られたら困る記憶でも?」


「そんなんじゃないけど!!」



「それで? 一体どうなさったんです?」


「実は……。こないだクロスがシナトスに化けて学校に行ったじゃん」


「行きましたね」


「あの時にね、俺、クロスに……」


「クロスさんに?」


「こ、告白……されて……」


「ああ~」


『ああ~』ってなんね。

 なんだその微妙な反応は。


「それで? ベイビーチキンなご主人にはそれは少し刺激が強すぎたと?」


「……、まあそんな感じ」


「はぁ……」


 だからその反応何!?

 なんでそんな「やれやれだぜ……」みたいな反応するの!?


「あれですか? 割とマジでご主人言われるまでまったく気が付いてなかったんですか?」


「一ミリも」


「……。なんでです? クロスさん、出会った当初からご主人にベタ惚れだったじゃないですか。初日とか大パニックだったじゃないですか」


「あれは生まれたばかりのなんかそういうヤツなのかと思ってた」


「ええ……」


 なんか凄い呆れられてる……。

 俺今、そんなに素っ頓狂なこと言ったんだろうか。

 でも本気で気が付かなかったしなぁ……。


「……なんでです?」


「え?」


「ご主人、いくらなんでも鈍感過ぎませんか? クロスさんが『自分に気があるかも』とか本当に思わなかったんですか? あんなにメチャクチャ積極的なのに」


「……思わなかった。だって……」


「だって?」



「俺なんかが誰かに好かれるなんて、思ったこともなかったから……」



「……」


 すると村正ちゃんは呆れ顔から、少し悲しそうな表情になってしまった。


「まだ、そんな風に自分のことを思っているんですか?」


「……そうだね。ああ、でもこれは兄さんの件を引きずってる訳じゃないよ」


「そうなんですか?」


「うん。それだけじゃないんだ、例えそれがなかったとしても俺はそんな誇れるような人間じゃない」


「……」


「俺はそんな人間にはなれないんだ」


 知っていた。

 自分がおかしいことを俺は知っていた。

 何がおかしいのか、何が違うのかは分からない。

 けど、何かが違う。

 決定的に何かが欠けている。

 だから、俺は『人間』にはなれなかった。

 普通を理解出来なかった。


「お前は宇宙人だな」なんてこと言われたことがある。

 その時、俺が何をしたのかは覚えていない。

 けど、俺は同級生に『宇宙人』と言われてしまうほど、何かズレたことをしてしまった。

 何か、圧倒的な『変』をしてしまったんだろう。


 俺はそれがどうしても理解出来なかった。

 何度も、何度も直そうとした。

 周りの普通を、『人間』を必死にまねしようとした。

 でも出来ない。

 意識の奥、理解の底。

 頭で考えてもどうしようもない何かが欠けている。

 どんなに努力しても、それは隠せないし直せない。


 俺は『人』であっても『人間』にはなれないのだ。


「……ご主人」


「?」


 村正ちゃんが、いつになく真面目な声で俺に話し掛ける。


「貴方がどんな思いでどんな苦労をしてきたのか、それを私は理解することは出来ません。いくら記憶を見ても私に出来るのは『知る』ことだけ。だから貴方の気持ちを共感することは出来ない」


「……」


「だからこれは貴方ことを理解出来ていない他人の甘い妄言でしかありません。でも、それでも……」


「それでも?」


「そんなこと、言わないでください」


 そう言った村正ちゃんの顔は辛そうだった。

 まるで自分のことのように辛そうな表情をしていた。


「貴方は決して卑下されるような人ではありません。貴方はもっと自信を持っていい人なんです」


「……そうなのかな」


「そうです、そうですとも! もちろんそれをすぐに理解は出来ないかもしれません。だから、私は貴方に伝え続けます。貴方はもっと自分を愛していいと」


「……」


「そしてゼロから教え続けます。貴方はもっと誇れる存在であると」


「……どうして? どうしてそんなにしてくれるんだ?」


「どうしてって決まってるじゃないですか」


 フフッと笑うと、村正ちゃんはくるっと周り笑顔で俺に言った。



「私にとって貴方はとても大切な人だからですよ。もちろん恋愛的意味ではありませんが」



「大切な人……」


「ええ。命と同じくらい大切な人です」


「……」


 もったいないセリフだ。

 俺に向けるにはあまりにもありがたすぎる言葉だ。

 

 まだ俺には理解出来ない。

 自分はもっと自信を持っていい人であることを。

 自分が誇れるような存在であることを。

 だけど、もし本当に俺がそういう存在であるのなら。

 

 俺も、君とゼロからそれを理解していきたい。

 俺を『大切な人』だと言ってくれた、君と。


 

 次回 219話「失ってはいけないもの」

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