第217話 真編竹取物語 ~終~

「帝……全部貴方の差し金ですか!? あれだけのことで、こんな大事を起こしたんですか!?」


「黙れ!!!」


「――!」


「『あれだけのこと』だと? 身の程を弁えろ! 貴様如きが私に逆らうなど本来なら死んでも償いきれぬ大罪と知れ!!!」


 まるで自分が被害者かのような、怒りに満ちた顔でカグヤを睨む帝。

 そして当たり前のですが、あまりにも傲慢なこのセリフも当然のことのように言い放つのです。


「だが貴様は死の神、場合によってはその罪を帳消しにしてやらんこともない」


「な、何を……」


「それはまずお前を捕らえてからだ」


 邪悪な笑みを浮かべながら、一歩一歩帝はゆっくりとカグヤに近づいてきます。


「エルメ……シナトスを連れて逃げなさい」


「え!?」


「大丈夫、私もすぐに行きますから。だから今は一時的に先に逃げていなさい」


「お、お母さん!!」


 エルメは恐ろしさと驚きの混ざった表情で、カグヤに縋るように叫びます。

 しかし、カグヤはそれに返事をすることはなく帝に向き直りました。


「ほう? 不遜にもまだ逆らうつもりか?」


「当たり前です。舐めないでください、私だって死神。その気になれば貴方に勝つことくらい出来るんですよ」


「面白い! やってみるがいい!!!」


 鎌と剣をぶつけ合う二人。

 エルメは今の恐ろしい状態にもはや泣き出しそうでしたが、それでも勇気を振り絞ってシナトスを抱え一人走り出しました。


(馬鹿め……。貴様がここで子供を逃がすことも想定済みよ)



「居たぞ! あそこだ!!」


「――!」


 逃げても逃げても迫る追っ手。

 まだ小さな子供であるエルメに対しても一切容赦することはなく。

 殺意に満ちた表情でどこまでも追いかけてきます。


「そっちだ! 回り込め!!」


「いや……! 来ないで……!!」


「良し! 追いつめたぞ!!」


「――!」


 気が付けばエルメは囲まれてしまっていました。

 もうどこにも逃げ場ありません。


「子供だからといって容赦するな! こいつも死の魔物の子供だからな!!」


「止めて! 誰か! 誰か助けてー!!!」


「殺せ!!!」


 振り下ろされる剣。

 しかし、その刃がエルメに届くことなく、


「うぐあ!?」


 反対に斬りかかった追っ手たちの方が斬られていました。


「……この愚か者どもめ。自分たちが騙されていることにも気づかないのか!!」


「なッ!? 大伴御行!? なぜここに!?」


「いや、そんなことよりも! なぜ我らの邪魔をする!?」


「おおともの……みゆき?」


 エルメ達の前に現れたのはかつてカグヤの元に現れた5人の貴族の一人。

『龍の首の珠』を求められた大伴御行でした。


「なぜ、だと? 当然のこと、私は正しき事をしているだけだ」


「正しき事だと!? 死の魔物の子を庇う事がか!?」


「死の魔物などではない!! 貴様ら、帝に騙されていることが分からんのか!?」


「き、貴様! 帝のお言葉を疑うというのか!!」


 大伴御行は追っ手たちを説得しようとしますが、追っ手たちは聞き入れるどころかさらに興奮していきます。


「殺せ! 死の魔物を庇う以上、こいつも同じだ!!」


「くっ……! 話しても無駄か!!! 少女よ!!」


「!?」


「どうか私を信じて手を! まずは貴女達を安全な場所に連れて行かねば!!!」


「……」


 少しエルメは悩みましたが他に方法もありません。

 エルメは大伴御行の手を取ると、大伴御行はそのまま勢いよく走りだしました。

 囲む追っ手たちの陣形を無理矢理崩し、森の方へと走っていきます。


「逃がすな! 追えー!!!」


 追っ手たちは叫びますが、その声はどんどんと小さくなっていきました。



 ―森の奥―

「……さて、この辺りまでくれば流石に安全か」


「……」


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


「あ、大丈夫……です」


「それは良かった」


 静かな森の中。

 大伴御行はエルメ達を座らせると、武器を構え都に向き直ります。


「どこかに行くの?」


「はい、貴女の父上と母上を救いに行きます。どうか貴女はここでお待ちください。二人を救いすぐに舞い戻りますので」


 そう言ってエルメを安心させ、大伴御行は都に駆けだそうとしました。

 その前にエルメは一つ大伴御行に質問します。


「……あの、貴方はお母さんのなんなんですか?」


「私……ですか? 私は……私は何でもありませんよ。ただ、貴女方の幸せを願うなんでもない男です」


「……?」


「では、御免!」


 走り去っていく大伴御行。

 エルメとシナトスは森の奥に二人きりになってしまいました。


「……」


 どうすることも出来ず、ただそこに座り込んでいましたが……。


「おや?」


「!?」


「君達は死神だね? 一体ここで何をしているんだい?」


 そこに、何者かが突然現れました。

 ただしその何者かは人間ではなく、背中に翼を生やしていました。


「あ、貴方は……誰ですか?」


「私かい? 私は美紀正路。天使と言えば死神の君なら分かるだろう?」



 ―その頃、カグヤ―

「はっ!」


「ぐっ……!!」


 カグヤの容赦ない一撃に帝は呻き声とともに座り込みます。

 戦いは一方的でした、そも死神であるカグヤに人間の帝が勝てる訳がはずもないのです。

 しかし、帝の顔からは依然と笑みが消えません。


「強いな、だが私には勝てんよ」


「……どういう意味です?」


「……ふふふ、たった今いい知らせが来た」


「知らせ?」


 帝はさらに表情を歪ませながら、『知らせ』をカグヤに聞かせました。


「貴様の夫を捕らえたそうだ」


「――!」


「どうする? まだ私に逆らうか?」


「ひ、卑怯者!!」


「阿呆が。罪人を捌くのに卑怯もクソもあるか」


「……」


 そんなことを言われたらカグヤにはどうすることも出来ません。

 もし逆らえば帝は間違いなく若を殺すでしょう。


「私に……何をしろと言うんです……」


「やっと素直になったな。何、簡単なことよ」


「……」


「私を不死にしろ、死の神ならそれくらい出来るだろう?」


「なッ!?」


「なんだ、出来ないと言うのか?」


「出来なくは……ないですが……」


「なら早くしろ。お前の夫が死んでもいいのか?」


「……」


 それが許されざることなのはカグヤも分かっていましたが。

 それでも、逆らうことは出来ませんでした。



「……これが不死の薬です」


「おお、これが……」


 乗り物の中から薬を取り出し、カグヤは帝に渡します。

 その不死の薬は金色に輝く漢方のようで、確かに下界には存在しないものでした。


「さあ、貴方の目的の物は渡しました。早くあの人と私を解放してください」


「解放? 何を言っている?」


「え?」


「私がお前を許す訳ないだろう? 第一、お前を生かしていたら何をするか分からないからな」


「なッ!?」


「誰でもいい、始末しておけ。こいつの夫もな」


「―――!!!!!!!!!!!!!!!!」


 縄を振りほどきその場から逃げようとしても、もう遅すぎました。

 振りかざされた剣は容赦なく――


 カグヤの心臓を貫きました。


「さらばだ、カグヤ姫。安心しろお前の大切な者もすぐに送ってやる」


「う……ぐ……」


 高らかな笑い声と共に去っていく帝たち。

 冷たい夜、命を少しづつ落としていくカグヤ。


「そんな……こんな……ところで……」



「ごめん……なさい……」


 誰かが手を差し伸べることはなく、誰かが気に留めることもなく。

 カグヤは独り、そこで命を終わらせたのでした。



 ―そして、若―

「死の魔物に味方した貴様に慈悲はない! そこで己が罪を悔やみながら死ぬがいい!!」


 捕らえられた若は、全身を束縛されたまま牢獄に入れられていました。

 食事も、水も、光も与えられることはなく。

 孤独に暗闇の牢獄に死ぬまで閉じこめられてしまったのです。


「カグヤ……」


 日に日に衰える若。

 しかし、誰も彼を助けることはありません。


「もう一度……君に……会いたかった……」


 流す涙も枯れ、若もまた孤独にその命を落としたのでした。



 ―その頃、帝―

「はっはっは! これが! これが不死の薬!」


 その頃、帝は自分のした事をなんとも思う事すらなく、手に入れた不死の薬を眺め大笑いしていました。


「やった! やったぞ! これで私は永遠に生きられるんだ!!!」


「明日、盛大な祝いと共に皆の前でこの薬を飲み! 私がこの世界の神となる!! なんてなんて素晴らしい!!!」


 狂ったように笑いながら帝は部屋を後にしました。

 誰もいないはずの部屋、しかしそこに小さな物音は響き……。



 ―次の日―

「ない! 不死の薬がない!!」


 次の朝、不死の薬は消え失せていました。

 どこを探してもまったく見つかることはありません。


「なぜだ!? なぜだ!? 何が起きている!?」


 混乱しながら部屋中を探し回る帝。

 その時、外に大きな煙が出来ていることに気づきました。


「……なんだ? あんな大きな煙、一体何が燃え――」


 瞬間、帝の頭に最悪の可能性がよぎります。


「まさか! まさか! まさか! まさか!!!」


 招集に現れず、しもべの話によるとエルメ達を庇ったという大伴御行。

 彼は未だに捕まっていませんでした。

 そして、当然消えた不死の薬と謎の巨大な煙。


「私の不死の薬をー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




 これより先を深く語る必要はないだろう。

 ある意味史実の『竹取物語』の通り、そして帝の予想通り。

 帝の奪った不死の薬は、その日焼かれた。

 あまりにも傲慢で邪悪な帝が今後も生き残ることを危惧した大伴御行によって。


 しかし、帝はそれでも『偽りの不死』を得た。

 その時に残った灰を飲み続けていたのだ。

 もちろん灰となった薬が十全に効くはずもなく、帝は耐え難い苦痛に襲われながらその後生き続けた。

 可能性を知ってたから。


 あの日、カグヤの娘が生き延びたこと知っていたから。

 エルメとシナトスのことを知っていたから。


 帝は求める。

 不死を永遠を。

 その可能性を持つ、シナトスを。


 今、千年前の悲劇が再び繰り返されようとしていた。



 次回 218話「君とゼロから」

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