第216話 真編竹取物語 ~陸~
帝が訪れた日の夜。
大きな満月を眺めながら、カグヤは若に今日の事を話していました。
「……って感じだったんです」
「本当かい? それ」
「こんな嘘をついてどうするんですか……」
「まあ、そうだよな。そうか……」
帝の人とズレた感性に若干恐怖する若。
若は実際に帝の言葉を聞いたわけではありません。
それでも『自分の物になれ』などと、いくら帝といえど傲慢にもほどがあるセリフを当たり前のように言ったという事実だけで十分恐ろしいものでした。
「君は……怖くなかったのか?」
「怖い、ですか?」
「ああ。そんなことを当たり前のように言うような奴を前にして恐ろしさを感じたりはしなかったのかい?」
「……そうですね、確かに恐怖心はありました。でも、そのまま恐怖に呑まれて彼の言いなりになる方が私は嫌です」
「そうか。……君は強いな」
「まあ、死神ですから」
フフッと笑い若の方を向くカグヤ。
「……そうだ、あの時の質問。そろそろ答えてあげましょうか?」
「あの時の質問?」
「『なぜ私が下界に来たのか』という質問ですよ」
「……あ、そういえば確かにそんな質問をしたな」
「忘れてたんですか?」
「うん。忘れてた」
理由など分からなくても幸せだった。
だから若はいつからかその疑問を解消する必要はなくなり、そして自分がそんな質問をしたことも忘れていました。
しかし、今思い出してみると答えは大切ではなくても、気になりはしました。
「聞かせてくれるなら聞きたい。……なぜ、君は下界に来たんだ?」
「私がここに来た理由。それは――
「うわああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「!?」
カグヤが答えようとした時、カグヤの声をかき消すほどの絶叫が辺りに響き渡りました。
そして、その絶叫は他でもないこの屋敷から響き渡ったのです!
「なんだ!? 何があった!?」
「わ、分かりません! とりあえず様子を見に行ってみましょう!!」
急いで屋敷の中に入り様子を見に行く二人。
するとそこには、なんと武器を持った大勢の人々が屋敷に攻めてきていたのです!
「殺せ! 死の魔物を殺せ!!」
「俺達の命を奪う魔物を殺せ!!」
「なッ!? 死の魔物……だと!?」
そしてその攻めてきた人達はなんとカグヤを狙って攻めてきていたのでした。
しかも、何故かカグヤを『死神』ではなく『死の魔物』と誤解して。
「な、何が起こっているんですか!?」
「分からない! だが、速くここから逃げないと!!」
「! 居たぞ! 殺せ! 俺達をいたずらに殺す魔物を殺せ!」
「違います! 私は、そんなことは!!」
「カグヤ! 今は話しても無駄だ!!」
追ってくる人々を振り切りながら二人は急いで翁たちの部屋を目指します。
歩きなれた廊下も、夜の闇のなかで誰かに追われながら走ると、それは全く違う場所を走っているかのようでした。
二人が部屋に着くと、既に翁たちは起きていました。
「父さん! 大変だ!!」
「言わずとも良い! お前たちはこの子達を連れて逃げるんじゃ!!」
「な、何言ってるんだ!? 父さんたちを置いていける訳ないだろう!?」
「阿呆が! 今ここでお前が踏みとどまったら誰かがこの子達を守るんじゃ!? どうせ儂らはもう老い先短い命、気にすることはない!!」
「父さん……」
「……お、お父さん。今……何が起きてるの……?」
状況が把握出来ていないエルメは、怯えながら若を見上げていました。
若はしばし、その場で悩んでいましたが……。
「分かった! 後で絶対迎えに来るから、二人とも絶対に死なないでくれよ!!」
「言われるまでもない! さあ、行け!!」
翁の言葉を背に、若とカグヤはエルメとシナトスを連れて屋敷から逃げて出します。
夜の都を右へ左へ、向かう先がどこかは分からず、しかし足を止めることはありません。
ただ、ただひたすら追っ手から逃げていきます。
しかし……。
「おやおやおや、まさかこんなに予想通りここにいらっしゃるとは」
「逆に予想外ですよ」
「しかし好都合なのも事実」
「さてさて、逃がしはしませんよ」
「! お、お前たちは!!」
逃げていたつもりが、誘導されていた若達。
そんな彼らの前に立ちふさがったのは、見覚えのある4人の男。
石作皇子、車持皇子、阿部御主人、石上麻呂でした。
「ふふふ、カグヤ姫様? 5年前の事お忘れではないでしょうね?」
「貴様のせいで我らがどれ程苦労したことか……!」
「ここでこの恨み晴らさせていただきましょうか!」
「さあ、いざ覚悟なされよ!!」
凶悪な笑みを浮かべながら刀を抜く4人。
しかし、4人とカグヤの間に若が立ち塞がります。
「カグヤ、ここは俺に任せて逃げるんだ」
「なッ!?」
「言わなくても分かるだろう? 大丈夫、俺だって父さんたちと同じように絶対に死にはしないさ。だから、今は子供たちを連れて逃げるんだ」
「……わ、分かりました」
カグヤは、心底その場に残りたいと思いましたがそうする訳にはいきません。
エルメとシナトスを守るには逃げるしかなかったからです。
「あっ! 貴様! 逃げるのか!!」
「そうはさせ――うぐっ!?」
「行かせるとでも思ったか?」
「お、おのれ……」
「ここは死んでも通さんぞ!!」
「はあ……! はあ……! はあ……!!」
エルメとシナトスを抱え、カグヤはなおも逃げ続けます。
しかし、どこへ行っても追っ手がおり、なかなか休むことが出来ません。
「お母さん……」
「大丈夫! 大丈夫ですよ! だから、もうちょっとだけ我慢していてください!」
「うん……」
怯えるエルメを安心させながら、逃げ続けるカグヤでしたが……。
「うん、うんうんうん。全く綺麗に予定通りだな。屋敷で翁と媼、4人の貴族で若を置いていき、私の前に現れる時は子供二人を連れた君だけ」
「――!」
「気分はどうだ? 身の程知らずな小娘よ」
走る坂の上。
満月の逆光で顔が見えない男が前に立ち塞がります。
しかし、カグヤには顔は見えずとも、それが誰だかすぐに分かりました。
たとえたった一度の邂逅でも、その声を忘れることはありません。
「この帝に逆らうなど愚の骨頂。そんな罪人にはそれにふさわしき罰を与えなければならない。そしてこれがその罰だ、小娘」
やはり当然のことのように語る帝。
カグヤはただ帝を睨むことしか出来ませんでした。
「さあ、そしてここからが本番だ! 心して味わうがいい!!」
次回 217話「真編竹取物語 ~終~」
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