第215話 真編竹取物語 ~伍~

 5つの難題の騒動から5年……。

 夫婦となったカグヤと若は二人の子供を授かっておりました。


「お母さん! 見てみて!!」


「なんですか? ――って、うわ!?」


 カグヤが顔を近づけると……突然顔にバッタが飛び込んできました。

 カグヤはもちろんびっくりして、腰を抜かしてしまいました。


「びっくりした?」


「当たり前です!」


「あはは~」


 そんな様子を見ていた若は、笑いながら優しく注意します。


「こら、エルメ。あんまりお母さんにいたずらしちゃダメだろう?」


「はーい」


 嬉しそうに庭でくるくると回る子供の名はエルメ。

 カグヤと若の間に生まれた神と人の子供です。


「もう……あのいたずら好きな性格は誰に似たんでしょう……」


「……」


「? どうしました? 変な顔して」


「別に」


 若は内心、『ツッコミ待ちなんだろうか』とも思いましたが、カグヤはそういう表情ではなかったのでやめておきました。


「まあ、子供は元気が一番。少しお転婆なくらいでちょうど良いんじゃないかな」


「そうですけどね。でも、妹にまであんなことしないかちょっと心配で」


「ははは、それは大丈夫じゃないかな。流石にエルメもシナトスにはそこまでのいたずらはしないだろうよ」


「だと良いですけどね」


 そう言いながら若とカグヤは後ろを振り返ります。

 そこには翁と媼にあやされる赤ん坊の姿がありました。

 その子こそ、カグヤと若のもう一人の子供シナトスでした。


「……それにしても、一つ気になることがあるんだ」


「何ですか?」


「あの子たちは俺と君の……つまり神と人の間に生まれた子だ。その場合、あの子たちはどういう扱いになるんだろうか? やはりあの子達も死神なのか?」


「まあ、そうなると思いますよ。特にエルメは先に生まれたこともあって、4分の3は神ですから。シナトスはちょうど半々だと思いますけど、それでもやはり神の血のほうが強く出るとは思います」


「そうか……」


 少しだけ寂しそうな顔をする若。

 カグヤはそんな若の表情から、何を考えているのか分かったようで、優しく若に話し掛けます。


「大丈夫ですよ、たとえ神の血の方が強くてもアナタを寂しくさせたりなんてしませんから」


「……今、そんなに顔に出てたか?」


「それはもうはっきりと」


「……えっと、その言葉は凄く嬉しい。あと、俺は今もの凄く恥ずかしいので少し席を外させてもらう!」


 そういって若は顔を真っ赤にして駆け出してしまいました。

 カグヤはそんな若を笑いながら見送ります。


「あはは、なるべく早く帰ってくださいねー」




「さて……、ここでずっと待っている訳にもいきませんし。私もお仕事しますか」


 そういってカグヤは何か家事をしようとしたのですが、その前に翁に話し掛けられてしまいました。


「カ、カグヤよ! 大変じゃ!」


「ど、どうしました!?」


「もの凄い方がいらっしゃった! なんでもお前に会いたいそうだ!」


「だ、誰なんです? もの凄い方って……」


「帝様じゃ!」


「ええ!?」



「……あの方が、そうなのですか?」


「ああ、そうじゃ……」


 物陰に隠れながら様子を伺う翁とカグヤ。

 そこには確かに、今まで見てきた人達とは雰囲気の違う男がおりました。


「一体、何のご用なのでしょうか……」


「それは儂にも分からん……。じゃが、お前に会いに来たというのは確かなようじゃ」


「そうですか……。なら、これはもう直接お聞きするしかなさそうですね」


「あ、ああ……。じゃが気を付けてな」


「はい、分かっています」


 エルメを翁に任せ、カグヤは緊張しつつも帝の前に姿を現しました。


「おお! そなたがカグヤ姫か!」


「は、はい……。確かに私がカグヤです……」


「そうかそうか!」


 帝は満足そうに笑います。

 しかし、何をしに来たのか分からないカグヤは依然と緊張したままです。


「えっと……質問してもよろしいですか?」


「なんだ?」


「帝様はどのようなご用事で私に?」


「なんだ、そのことか」


 帝は一旦姿勢を整えると、当たり前のことのように次の言葉を言いました。



「そなた、私の物となれ」



「……え?」


「そなたのことは聞いておる、なんでも天より来たりし死の神らしいな。そのような物がただの若造とこんな場所で過ごしているいるなどどうだ? 割りに合わない! なんとも割りに合わない話だ! ただの若造が神を扱うなどなんたることか! だから私が相応しい扱いをしてやろうと思うてな。私の物となれば何でも最上級の物を与えよう! 食事でも寝床も服も土地も宝も愛も! 私がそなたにふさわしい扱いをしてやろう! さあ、だから私の物となり私と共に来るのだ!」


 なんと、長くそして帝という立場であったとしても傲慢な言葉。

 陰で聞いていた翁はその言葉に、まさしく愕然としてしまいましたが……。

 カグヤはすぐに言葉を返しました。


「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


「……何?」


「私はもう既に夫も子供もいる身、他の誰かに移ることはありません。それに私はこの生活になんの不自由も感じていませんので。割り合わない? そんなことはありません。私はこの生活に十分満足しております」


「……聞こえなかったのか? 私はなんでも最上級の物を用意すると言ったのだぞ?」


「聞こえていました、聞こえたうえでお断りしたのです。最上級の物など必要ありません。寧ろその方が割りに合わないというものです」


「……なるほど。貴様、私に逆らうと言うのか?」


「……何をするおつもりですか?」


 帝の雰囲気の変化を感じとったカグヤは、最悪すぐにでも戦えるように警戒しますが……。

 帝は何もせず、振り返って帰る準備を始めます。


「……娘よ、今日の事決して忘れるでないぞ」


「……」


「……」


 最後に帝はカグヤに冷たい視線を向け、そのまま帰っていきました。


「……カ、カグヤよ。大丈夫か?」


「……まあ、一応は」


「……やはりあれはお怒りなんだろうか」


「多分そうだと思いますよ。なにか変な気を起こさないといいのですが」


「そうじゃな……。それにしてもカグヤ、よく威圧や誘惑に負けずあんなにしっかりと言い返せたの」


「別に大したことではありませんよ。私は本当のことを言っただけですから」


 カグヤは笑顔で翁にそう言いましたが、内心では嫌な予感を感じていました。

 そして、その予感は決して間違ってはいませんでした。



 ―その頃、帝―

「いいか、今言った通りに準備しろ」


「はっ」


「小娘。自分の立場がどういうものなのか、この私が分からせてやる!!」



 次回 216話「真編竹取物語 ~陸~」

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