第214話 真編竹取物語 ~肆~

「え? それ本当ですか!?」


「ああ……、現に今そこで君を待っている」


 あれから数か月経ったある日、カグヤの下に再び石作皇子は現れました。

 カグヤはもう来ることはないだろうと思っていたので、どうにもそのことが信じられません。


「でも、私は彼に『仏の御石の鉢』を持ってきて欲しいと言ったんですよ!? そんな物見つけられるはずないじゃないですか!」


「俺に言われてもな……、事実彼は鉢を持ってそこに居るんだもの」


「そんな……どうやって……」


 不思議に思うカグヤですが、それでも一度言ってしまったことは取り消せません。

 しょうがなくカグヤは石作皇子に会いに行くことにしました。



「カグヤ姫様! お待ちしておりました! こちら、ご所望の『仏の御石の鉢』にございます!」


 そう言って石作皇子は自慢げに鉢をカグヤに見せつけました。

 その鉢は確かに、カグヤの言った『仏の御石の鉢』に似ています。

 しかし、目の良い若はすぐにおかしな点に気づきました。


「……あの石作皇子様、一ついいですか?」


「な、なんでしょう……」


「なぜその鉢は光を放たぬのでしょうか、本物の『仏の御石の鉢』なら光を発するはずなのですが」


「あ……」


 若の言う通り、その鉢は本物のようではありましたが、本物が放つはずの光は出ていませんでした。


「……石作皇子様?」


「も、申し訳ございません! これは、この鉢は偽物でございます!!」


「――!」


 騙せないと悟った石作皇子は正直に告白してしまいました。

 しかし、諦める様子はなく、鉢を捨ててこんなことを言い出したのです。


「か、代わりに和歌を披露します! きっとカグヤ姫様も気に入って――」


「あ、いえ、結構です……」


「……」


 当たり前のことですが、カグヤはそれを聞くことはしません。

 その後、石作皇子は顔を真っ赤にして帰っていきました。



 ところが、皇子たちの再訪はこれで終わりません。

 次に来たのは『蓬莱の玉の枝』を要求した車持皇子でした。


「どうです!? これぞまさに本物の『蓬莱の玉の枝』でしょう! 偽物を持ってきたというどこかの愚か者とは違いますぞ!」


「……」


 車持皇子の持ってきた『蓬莱の玉の枝』は確かに美しく、若にも偽物であるようには見えませんでした。


(どうしましょう……)


 言い返せず、カグヤは完全に困ってしまいました。

 しかし……。


「車持皇子様! 『蓬莱の玉の枝』の制作費をまだいただいていないのですが!」


「なッ!? お、お前たちなぜここに!? あ、いえ! カグヤ姫様、これは!!」


「……何が愚か者とは違うのですか?」


「……」


 内心ほっとしつつ、冷たい視線を向けるカグヤ。

 こうして車持皇子は頭を抱えながら帰っていったのでした。



 さて、次に来たのは『火鼠の裘』を要求した阿倍御主人です。

 しかし3度目ともなれば若もカグヤもなんとなく悟ってはいました。


「阿倍御主人様、これは確かに『火鼠の裘』なのですね?」


「はい!」


「なら、これは燃やしても燃えないはずですよね」


「……え?」


「少し試してみてもよろしいですか?」


「なッ!? カグヤ姫様! どうかそれだけは!!」


 しかし、カグヤは手を止めることはなく、案の定持ってきた『火鼠の裘』は簡単に燃えていきました。


「ああ……! あれを作るのに莫大な金を使ったのに!!」


「……」


 恥じることもなく嘆く阿倍御主人。

 若とカグヤはただそれを軽蔑した目で見るのでした。



 その次には『燕の産んだ子安貝』を要求した石上麻呂がやって来たのですが……今までとは違い宝らしき物は持っていませんでした。

 さらには態度も何かおかしいです。


「石上麻呂様、どうなされたのです?」


 若が不思議に思い質問すると、なんと石上麻呂は酷く怒っていたのです。


「どうもこうもない! よくよく考えてみればなんて無理難題なのだと思ったのだ! 見ろ! あんなことを要求するせいで腰を怪我したのだぞ!!」


「……」


「おまけに手に入れたのはただの糞! 一言カグヤ姫に文句を言ってやらんと気が済まない!!」


「そんな理不尽な!」


 若が説得してもなかなか石上麻呂は受け入れず……。

 3時間ほど好き放題騒いだ後、最後まで文句を言いつつ石上麻呂は帰っていきました。



 さて、そんな4人の再訪に若とカグヤはすっかり疲れてしまいました。


「やれやれ……ここ数日でこんなにも人の醜さを見せつけられるとは……」


「そうですね……、私も普通に断れば良かったと後悔しています」


 暗い気持ちになる二人。

 そんななか最後の再訪者が現れました。

 『龍の首の珠』を要求した大伴御行です。

 二人は正直行きたくないと思いましたが、そういう訳にもいきません。


「はあ……まあこれで最後ですし……」


「会いに行くか……」


 心底嫌々会いに行った二人でしたが……。

 大伴御行の姿を見て、その気持ちが引っ込むほどに驚いてしまいまいした。


「ど、どうしたのですか……その姿は……」


 そこに居たのはボロボロの大伴御行でした。

 かつて訪れた時の豪華さや威厳はなく、何かに大敗したかのような姿だったのです。

 おまけに要求した『龍の首の珠』も持ってはいませんでした。


「カグヤ姫様、どうかお許しください。貴女様の望んだ『龍の首の珠』は手に入れることが出来ませんでした……」


「……もしかしてその姿は『龍の首の珠』を探し求めて?」


「お恥ずかしながら、その通りでございます……」


 自信に情けなさを感じているのか、縮こまってしまった大伴御行。

 しかし、そこで言葉を終えることはありませんでした。


「しかし、しかしです! 私は貴女様の望む者は手に入れることが出来なかった情けない者でありますが、貴女様を想うこの気持ちは本当です! どうか、どうか私の妻になっていただけないでしょうか!? 身の程知らずの傲慢な発言であることは重々理解していますが! どうか……!」


「……」


 カグヤも若も聞いていてすぐに分かりました。

 大伴御行は今までの4人とは違い、真に『カグヤ』を愛していたのです。

 カグヤはそのことをとても嬉しく思いましたが……。


「申し訳ありません、その想いに答えることは出来ません……」


「やはり……ですか……」


「そのお気持ちはとても嬉しいのですが……」


 そう言って一旦沈黙した後、カグヤはキッパリと言いました。



「私には好きな方が居るのです」



「――!」


「だから、大伴御行様のお気持ちに答えることは出来ないのです……」


「……いえ、それなら仕方ありません。ならば私は諦めましょう。わざわざ私のような者に語ってくださりありがとうございます」


 そう言って大伴御行は潔く帰っていきました。

 さて、今度は若が飛び出してカグヤに質問します。


「だ、誰なんだ! 君の! 好きな人って!!」


「……怖いですよ、そんなにがっつかれると」


「わ、悪い! だが、どうしても気になって!!」


「……ホント、鈍感な人ですね」


「え?」


「アナタですよ。私はアナタが好きなんです」


「……え?」


 カグヤの発言に若は固まってしまいました。

 そんな若にカグヤは話を続けていきます。


「死神である私にも普通に接してくれて、何も分からなかった私を助けてくれて、私に楽しさを教えてくれて……。アナタは数えきれないほど私にいろんなことをしてくれました」


「……」


「だから……迷惑かもしれないですけど……私はアナタが好きなんです……」


「お、俺も! 俺もだカグヤ! 俺も君が好きだ!!」


「え!? ていうか声が大きいです!!」


「あ、す、すまない! つい……」


「もう……」


 赤面する二人、表情は複雑でしたが気持ちは同じでした。

 この日、ここに『最後の神と人の夫婦』が誕生したのです。

 それがどんな運命を引き寄せるかも知らぬまま……。



 ―遠方―

 「ほう……カグヤ姫、か」


 その頃、とある人物の耳にもカグヤのことが伝わっていました。

 邪悪な歪んだ笑みを浮かべる人物の耳にも……。

 


 次回 215話「真編竹取物語 ~伍~」

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