第213話 真編竹取物語 ~参~

 若達が都に移り住んでから数日。

 彼らは裕福ながらも、少し慣れない生活を送っておりました。


「うーん、悲しいな。長い貧乏生活のせいで豪華な生活になかなか馴染めない」


「そうですね……、私もちょっと慣れないです」


「『長い貧乏生活』の原因の一端はお前が嫁に逃げられたのもあるがな」


「なッ!? 父さん! カグヤも居るのにそんなこと言わないでくれよ!!」


 翁の言葉を赤面しながら責め立てる若。

 そんな様子を見てカグヤと媼はつい笑ってしまいました。


「あはは、ちょっとびっくりしました。アナタにそんな過去があったなんて」


「……それは言わないでくれると嬉しいのだが。ていうか、今考えてみればカグヤも知っているはずだろう?」


「あれ? そうでしたっけ?」


「そうさ、最初の日に父さんがそんなことを口走っていたよ」


「……すっかり忘れてました」


「そうか、なら思い出せて良かったの!」


「良くない!」


 翁の言葉に、再び若以外が笑い出します。

 なんだかんだ言いつつも4人は都でも幸せな生活を送っているのでした。



 さて、とはいえここはやはり都。

 田舎の時とは違い人も多くおりました。

 すると、こんなことが起き始めたのです。


「最近、屋敷を覗く輩がおるのじゃ」


「何?」


 翁は少し困った表情で若にそう言いました。


「どういうことだ、父さん」


「言葉のままじゃよ。儂らが姿を見せると隠れておるが、昼夜構わず覗いている奴がいるんじゃよ」


「何のために?」


「何のためって、そりゃあお前。カグヤを一目見ようと集まっている決まってるだろうが」


「え? カグヤを?」


「お前……世の中探したってあんな美人なかなかおらんぞ。おまけに顔だけじゃなく性格まで良しとなれば、男たちが惚れるのも無理はないだろう」


「……」


 少し驚いた表情をする若。

 普段からカグヤと生活していたのもあって、いまいちそのことを理解出来ていなかったのです。


「……何でそんなにびっくりした顔をしているんですか?」


「わっ!? びっくりした……」


「……それで、何でそんなに驚いているんです?」


「え? あ、いや、これは、その……」


「……」


 当たり前ですが、カグヤは少し不機嫌そうな顔をしました。

 若は誤魔化そうとするのですが、なかなかいい言葉が見つかりません。

 そんな若はほうっておいて、翁はカグヤに質問します。


「カグヤ、あの男達は一体どうしようか」


「とりあえず今は無視でいいんじゃないでしょうか。本気であるならそれでも残るでしょうから、そうしたら改めて考えましょう」


「……改めてって?」


 カグヤの言葉が気になり聞き返す若。

 しかし、カグヤは少し小悪魔的な笑みをして、


「さあ? 何でしょうね?」


 と言うのでした。


「……おい、いいのか? カグヤを他の男に取られてしまうかもしれんぞ」


「なッ――、いや、別に、俺は……」


「……」


 翁は若のそんな反応を見て、一つ大きなため息をつくのでした。



 ―しばらくの時が経ち―

 カグヤの予想は的中しました。

 あれからずっと無視し続けているうちに、男たちは少しづつ居なくなりました。

 しかし、それでも5人。

 今も残り続けた者がおりました。


「じゃあ、少しあの方達に会ってきますね」


「ほ、本気なのかカグヤ。彼らは君と本気で結婚したいと思っているようだぞ……」


 珍しく本気で動揺する若。

 そんな若の様子を見て、少し喜び笑いながらカグヤは言いました。


「大丈夫ですよ、そこで見ていてください」


「……」


 そう言って、カグヤは5人の前に堂々と姿を見せたのでした。


「おお!」


「やはり……美しい!」


「なんと……」


 さて、5人の男。

 即ち石作皇子、車持皇子、右大臣阿部御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂はカグヤの姿を改めて見て、やはり感激の言葉を漏らしました。


「皆さま、まずはお礼を。私のような者をそのようにおっしゃってくださることはとても嬉しいです」


「そんなことはない! 私はありのままの事実を述べているだけのことです!」


「なッ! それは私も同じことだ!」


「私もだとも!」


 揉めだす5人。

 しかし、カグヤは少しも動揺することなく、話を続けます。


「しかし、いくら世の畏れ多い方々であっても、深い志を知らないままには結婚できません。何、ほんのちょっとしたことです。私の言う物を持って来ることが出来た人に私はお仕えいたしましょう」


「ほ、本当ですか!? なら、何なりとお申し付けください! 必ずや手に入れてきてみせましょう!」


「私も同じく!」


「私だって!!」


 カグヤの言葉を聞いて、5人はのめり込むように叫びます。

 ところが、次のカグヤの言葉を聞いた瞬間、5人はいきなり静まってしまいました。


「では、石作皇子様には『仏の御石の鉢』、車持皇子様には『蓬莱の玉の枝』、右大臣阿倍御主人様には『火鼠の裘』、大納言大伴御行様には『龍の首の珠』、中納言石上麻呂様には『燕の産んだ子安貝』をお持ちしてもらいましょう」


「……え?」


 愕然とする5人。

 それもそのはず、カグヤが要求したのはどれもとても珍しい宝ばかりで、はっきり言って入手出来るような物ではないからです。

 しかし、この場で「無理だ」と言う者もおらず。

 5人は頭を悩ませながら、屋敷を後にしました。



「……ずいぶんと意地悪な要求をするんだな」


 陰で話を聞いていた若は驚きながらカグヤにそう言いました。


「まあ、遠まわしに断っているわけですし。そりゃ簡単に見つかるような物は言いませんよ」


「……良いのか? 誰もが身分の高い方々だったぞ」


「良いんですよ、私にはもう好――」


 と、ここでカグヤは急に口をつぐんでしまいました。


「『私にはもう』なんなんだ?」


「な、なんでもありませんよ……! それよりも、これでもう誰かが屋敷を覗くことはないでしょうね!」


「あ、ああ……」


 話を逸らしてなんとか誤魔化すカグヤ。

 しかし、今度のカグヤの予想は外れることになりました。

 なぜなら、5人は再びカグヤの前にそれぞれの心持ちで姿を現したからです。



 次回 214話「真編竹取物語 ~肆~」

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