第23話 いろはにほへと!!(後編)
「なッ……!」
次の札を勢いよく取ったのは、柔道部ではなく俺だった。
「『なッ……!』って、別に勝負なんだから俺が札取ったって可笑しいことはないだろ?」
「それは……そうだが……」
腑に落ちない表情の柔道部。
まあ、それもそうだろう。
不正しているのに先に取られれば、驚くのも無理はない。
「な? 俺の言ったとおりだっただろ?」
今度は茉子に、こっそりと耳打ちする。
「凄い! よくわかったね!!」
「まあな、それじゃ言ったとおりに頼むよ。なに、昔から婆ちゃんにしごかれてきた俺らが、同じ条件の反射神経勝負で負けるはずがない!!」
「次、読みますよ! 弱り目――」
「はい!!」
今度は茉子が札を取る。
ここからはずっとこんな調子だった。
前半の不調が嘘のように、見事な大逆転。
時たま取られることはあれど、完全に巻き返した。
「はい!!」
そして最後の一枚を、茉子が取ったところで勝負終了。
数えるまでもなく俺達の勝ちだった。
「じゃあ、これから練習が重なった時は俺ら剣道部が優先的に使わせてもらうよ?」
「ち、ちくしょう!!」
そう言い残すと、柔道部は荒い足取りで柔道・剣道場を後にした。
「やったー!!!」
一方、剣道部は大喜びだ。
「凄かったですよ、先輩! でも、どうやって急に強くなったんですか?」
「ん? ああ、別に俺らが強くなったわけじゃないんだ。ただ、アイツらがしてたズルに俺らも乗っかっただけさ」
「ああ、やっぱりズルしてたのね。で? どんなズルしてたの?」
流石にシナトスもそこまでは、見破れなかったようだ。
「読み手が次にくる札を教えてたんだよ。俺らにバレないようにこっそりね」
「どうやって?」
「読み手が直前に言った言葉の最後の文字が、次にくる札の文字だったんだよ」
「どういうこと?」
よくわからない、というう風に首をかしげる剣道部員+シナトス。
「まず始めの『朱に交われば赤くなる』は『し』だろ?」
「うん」
「その直前に言ったのが『それでは、勝負開始!!』、最後の文字は『し』」
「次が『河童の川流れ』で、直前の言葉が『次、いいですか?』」
「つまり、『か』ってことだね」
茉子が補足する。
「そう、お次が『ネコに小判』、直前の言葉が『次、読みますね』で『ね』」
ここらでなんとなくわかってきたようで、何人かの表情がハッとなる。
「『一難去ってまた一難』の前に『ああ、悪い』で『い』、『桃栗三年柿八年』の前に『次、読んでも?』で『も』、『弱り目に祟り目』の前に『次、読みますよ』で『よ』」
「ね? 全部そうなってるでしょ?」
適当に連れてこられたように見える読み手も、あれは柔道部長が連れ来たヤツだ。
多分、初めからそのつもりであそこを歩かせていたのだろう。
「でも、それって立派なズルじゃないですか!!」
「そうだな、だから初めに自分達から『見張りをつけよう』って言ったんだ。さも、自分達は『何もしてませんよ感』を出すためにね」
「随分と卑怯な柔道部ね……。よくわからないけどそういう競技って『正々堂々』が大事なんじゃないの?」
「昔はそうでもなかったさ。柔道場と剣道場が一緒になる前は、アイツらも模範的な柔道部だったよ」
もっともそれは改修工事が行われる前の、俺が入学して3か月ほどの間だけだったが。
「なんで、一緒にしちゃったんだか……。って、そんなことよりも」
「へ?」
「せっかく俺らが勝ってやったんだから練習だ! 練習!!」
「光くんもね」
がっしりと俺の肩を掴んで離さない茉子。
ああ、隙ついて逃げようと思ってたのに……。
「そういえば光先輩、この人誰ですか? 先輩の彼女?」
と、いまさらシナトスについて質問する後輩たち。
って!? 今なんて言った!?
「ち、違うわ、バカ!! 最近転校してきて、まだ部活入ってないから見学しに来たんだよ!!」
「へー、まあそうですよね。先輩にこんな綺麗な彼女出来るわけないですよね~」
「んだとゴラァ!!」
竹刀片手に後輩を追っかける俺と、それを眺める茉子。
シナトスは否定も肯定もせずに、顔を赤くしてうつむいているのはどういうことなのか。
気にはなったが、今はこの生意気な後輩たちを追っかけるほうが先だ。
「……。もう、光くんったら……」
結局、この日剣道部がまともに練習できなかったのは言うまでもない。
―後日―
「私、部活決めたわ」
あれから数日、とうとうシナトスは部活を決めたようだ。
ああ、これでもっと剣道部が騒がしく――
「私、オカルト部入る!」
「え? ええー!!??」
「よく考えたら、私剣道出来ないし」
なんでさ!?
じゃあ、なんで見学来たんだよ!!
このとき、茉子がそっと胸を撫で下していたのことに俺は気づかなかった。
次回 24話「三度、戦場へ……」
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