第21話 家庭科対決!3時のおやつは好きですか?(後編)

「問題ないわ、負けないもの」


 そうキッパリ言うと、分けてもらったバターを再び混ぜ始める。

 もう最初のように混ぜすぎることはなく、丁寧に混ぜ合わせていた。


「よし、じゃあさっきのと合わせて冷蔵庫に持って行っておくから」


「了解」


 さて、シナトスが冷蔵庫に生地を持って行ってる間に俺は紅茶を入れる準備を始める。

 反対側でヒナも同じように準備を始めていたが、相変わらず雄馬は雑用係みたいだ。

 可哀そうに雄馬……。



「じゃあ紅茶を入れるんだけど、これにもコツがあるから言う通りにやってね?」


「分かったわ」


 紅茶は昔から特によくやってきた。

 婆ちゃん曰く「立派な男は女に紅茶ぐらい振る舞えて当然」らしい。

 多分、婆ちゃんが自分で入れるのが面倒くさかっただけだとは思うが。


「まずは蛇口から水を汲んで沸騰させる。ただ、水は蛇口から勢いよく出した "汲みたての水道水"であること」


「分かった」


 もうなんとなく予想は出来ていたが、『蛇口から勢いよく』と言えばシナトスは蛇口から最大出力で水を出す。

 この人(?)は加減というものを知らないのだろうか。


「お湯が沸騰し始めたら、その熱湯でティーポットを素早く洗いながして温める」


「こ、こう?」


「そうそう。でリーフをティーポットに入れて、沸騰してボコボコしてきた熱湯を注ぐ。少し高めの位置から注ぐといいよ」


「う、うん」


 ギクシャクとしてはいるがちゃんとできている。

 そういえば昔俺がやった時は、こぼして大騒ぎになったもんだ。


「最後に3分~5分ほど蒸らして、最後の一滴までティーカップに注ぐ。そうしたら完成だよ」


「出来た、出来たわ! ヒカル!!」


 初めてとは思えないような出来栄えで無事紅茶は完成。

 向こう側を見ると、ヒナも無事紅茶を完成させたようだ。


「じゃあ、先生が仕上げてくれたクッキーも一緒にお盆に入れて運ぼうか」


「そうしたら、いよいよ勝負ね……」


「大丈夫だって、結構うまくできたじゃないか」


「そ、そうよね……」


 結構緊張してるな。

 割と後半はガチだったから、やはり懸ける思いも大きいのだろう。



 シナトスは先生からクッキーを受け取ると、ゆっくりと慎重に運び始める。

 紅茶も一緒に入っているため転んだりしたら大変だ。

 まあ、よほどのことがなければこんな何もないところで転んだりはしな――


「わっ!!」


 ところが、シナトスは思い切り足を前へ滑らせ、大きくしりもち。

 そして手に持っていたお盆はクルクルと宙を舞い、盛大な音と共に床へと落ちていく。


「だ、大丈夫か!? シナトス!!」


「ヒ、ヒカル……」


 頭から紅茶を被って、もはや半泣き状態ではあったが火傷や怪我はなさそうだ。

 しかし、どうしてこんなところで急に……。

 と、疑問に思ったところでシナトスの足元でぐちゃぐちゃになった黄色い何かを見つけた。


「これ、バターじゃないか……。そうか! 最初にこぼしたバターか!!」


 どうやら全部拭き取ったつもりだった、シナトスのこぼしたバターがまだ残っていたようだ。

 こんなヌルヌルしたものを踏めばそりゃしりもちだってつく。


「大丈夫!? 白井さん!!」


 先生も心配してやってくる。

 確かに怪我はないのだが……。

 別の意味でのシナトスの傷はそう簡単には癒せなさそうだ。


「ごめん、ヒカル……。せっかくいろいろ教えてくれたのに……」


「いいんだよ、俺は別に。後半はほとんどシナトスが一人で作ってたじゃないか」


「……」


 泣きそうなシナトス可愛いな。

 じゃなくて、さてどうしたもんか。

 こればかりは流石にもう『負け』を認めるしかないか……。


「いいよ」


「え?」


 ヒナがハンカチを手渡しながら言う。


「今回は引き分けでいい。貴女のクッキーを食べもしないで勝ちとは言い切れないし、もしかしたら万が一でそっちのクッキーの方が美味しいかもしれないし」


「いいの……?」


「それにどうせ勝つなら、ちゃんと完成させてもらってから勝ちたいし? だから今回は引き分け、勝負は次に持越しね」


「うん!!」


 そう、伊達にヒナは「才色兼備の擬人化」なんて言われていない。

 攻める時はとことん攻めるが、ちゃんとラインをわきまえているのだ。


 こうして、白熱の家庭科対決は引き分けということで幕を閉じた。

 なお、こぼれた紅茶とクッキーの後始末を俺と雄馬がしたのは言うまでもない。

 まあ、シナトスは着替えてたし是非もないのだが。



「ちょっと!? 白井さん、貴女それ5枚目でしょ!? いくらなんでも食べ過ぎでしょう!!」


「ヒナだってそれで紅茶何杯目!? あなた一人で全部飲む気!?」


「これは私が入れたのよ!? なら、少なくとも優先的に飲む権利はあるでしょう!?」


「あの、俺も入れ……」


 さて、調理実習のあとはお楽しみの食事タイム。

 うちの班はこぼしたので他の班と比べて、量が半分しかない。

 その癖、シナトスもヒナもよく食べるから、需要と供給のバランスが全く成り立ってない。


「ははは……。シナトス立ち直るの早ぇ~」


 俺はと言うともはや参戦する意欲もなく、隅で戦いを見守っていた。

 クッキーが1枚でも残ればいいのだが。


「ちょっと!? まだ食べるつもり!?」


「さっきヒナもう食べないって言ったじゃない!!」


「今食べなくても。あとで食べられるでしょう!? そのクッキーだって私が作ったのよ!?」


「あの、俺も作っ……」


 雄馬、もう諦めろ。

 大丈夫だ、お前の雄姿は俺がしっかりと記憶しておく。


 とまあそんなこんなで、無事家庭科は終了しましたとさ。

 今度からは茉子とペア組もう。



 次回 22話「いろはにほへと!!(前編)」

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