第18話 新しい一日

「起きないねぇ……。ヒナちゃん」


 薫たちがいなくなってから20分ほど、俺達はロビーに移動していた。


「もうすぐ起きるだろうさ。それにしても、吾輩は君の飲み込みの早さに驚いているよ」


 ロビーに移動してから、とりあえず茉子に事情を説明することになった。

 シナトスとリームの正体、クロカゲやオンネンのこと、特異器官など。

 どれも常識から遠く離れたものだが、茉子は一言。


「へえ! そうだったんだ」


 で、納得してしまった。


「のんきと言うかなんと言うか……。貴女、私が死神だって聞いて怖いとか思わないの?」


「全然?」


「……何で?」


 事実、茉子はこんなことで怖がったりしない。


「だってシナちゃん可愛いし、もう友達でしょ? 友達を怖いだなんて思わないよ?」


「……。人間ってみんなこうなの?」


「俺に聞くなよ!!」


 多分だけど、茉子が異常なんだ。

 なぜなら俺は茉子が何かに怖がっているのを見たことがない。

 婆ちゃんでさえ見たがらないようなホラー映画を、表情ひとつ変えず見続けていた幼少の茉子の姿を俺は今でも忘れない。


「改めてよろしくね、シナちゃん! いや、待てよ……学校だと『白井 サキ』だからサキちゃんの方がいいか」


「もうどっちでもいいけどね……」


 俺は改めて思う。

 多分茉子みたいなタイプの人間が最強なんだと。



「う……ん……。……はっ!!」


 と会話しているうちに、ようやくヒナが目を覚ました。

 ガバッ!! と体を起こし周りをキョロキョロしている。


「あ! ヒナちゃん起きた!! 良かったぁ……」


「茉子! それに……光!? え?ええ!? 何がどうなってるの!?」


 ……。

 こっちは説得に苦労しそうだ。



「ふーん……。にわかに信じがたい話だけどね」


 あれから30分、俺たちの必死の説得によりなんとかここまで持ってきた。

 普段のヒナなら絶対信じないだろうが、実際にオンネンを目の当たりにしているものあり、今回は割とすんなりと信じてくれた方だ。


「まあ、変だとは思ってたのだけれどね。ということは、この間の話も嘘なわけだ」


「うむ。まあ、何分こっちも事情が特殊なのでね。許してくれたまえ」


「まあ許すも何も立場が違うし……。分かりました、そういうことなら今後は口出ししません」


「良かった!!」


 なんとか話をおさめることができた。

 今回は何も嘘もないので、もうこれで安心だろう。


「ただし、光が嫌だって言ったら無理強いはしないこと。その点に関しては、生徒会長として見逃すわけにはいかないからね」


「分かってる。嫌だって言ったら、こっちもちゃんと対応するわよ」


「なら良し」


 もっとも俺に対する不安はまだぬぐい切れていないようだが……。

 と、話がとりあえずはまとまったところで俺にはいくつか疑問があった。


「じゃあ、ちょっといい?」


「ん?」


「なんで、茉子とヒナは閉店後も中にいたんだ?」


「あ、確かに」


 茉子はともかくヒナはそんなことするような性格じゃない。

 というか、許さない立場だ。


「えっとね……。お昼に偶然会ったでしょ?」


「うん」


「あの後、帰るときに『どうせ帰るなら光くん達と一緒に帰らない』って私が提案したんだけど……」


「閉店間際になってもアンタ達が出てこないから、探しにいったの」


「それで、私がその時トイレにいったらカギが壊れてね……」


「出るのに苦戦しているうちにあんな時間になったわけ。なんでか知らないけど、店員さんも警備員さんもいないからなかなか茉子が出れなかったの」


 ああ、人払いの結界のせいだ。

 多分、茉子たちは俺たちのすぐそばにいたんだろう。

 人払いの結界は初めから中にいる人間には効かない、だから初めに造った段階でもう中に入ってしまっていたんだ。

 だから彼女たちはあの時間帯に店内にいたのか……。


「じゃあ、今度はリームに質問。なんで茉子とヒナにオンネンやシナトス達が見えるんだ?」


「その答えは、どちらも姿を隠していないからだ」


「というと?」


「私達死神も、オンネンも姿が見えないというよりは隠せるという方が正しいのよ」


「普段は見えるが見えないようにすることもできるということだ」


「確かに閉店後も中に残るときには姿を隠したけど、その後は普通にしてたし」


「オンネンも多くの人間に姿を見られることは避けるが、そうでもなければ基本的に姿は隠さないんだよ」


 なるほど。

 なら学校にいるときも「見えるようにしている」のではないわけか。

 多分、次元眼は「姿を隠していても見える」という能力なんだろう。


 と、話が一段落着いたところで朝日が昇ってきた。


「わわわ! 朝になっちゃったよ!?」


「大丈夫よ、私達が何とかしとくから。貴女たちが今日帰ってこなかったのはなかったことになるわ」


「そう、良かったぁ……」


 そうか、茉子とはヒナはちゃんと親がいるから帰ってこないとそれは問題になるのか。

 俺の場合は、今はもう誰もいないが。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」


 長い長い夜だった。

 たった一晩なのに、1年ぐらいに感じた夜だった。


「あ、そうだ」


 と、ここでヒナが思い出したようにつぶやく。


「ちゃんと明日……じゃなくて日が変わってるから今日からも学校に来なさいよ? 正体がバレたからって来なくなるとかはないようにね」


「大丈夫よ、ちゃんと卒業まで行くつもりだから」


 今日はいろいろあった。

 茉子とヒナにいろいろバレてしまったり、オンネンを倒したり、薫に出会ったり。

 それでもとりあえず今は、今日と言う新しい一日を過ごしていこうと。

 朝日を浴びながら、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る