第17話 赤の臭い、戦場の色

「茉子!!!!!」


「ふえ?」


 容赦なく襲い掛かる壁。

 俺が全力で走っても到底間に合うはずもなく。


 ガシャーン!!!


 と、轟音を立てながら茉子の上に崩れ落ちる。


「そんな! 嘘だろ!!」


 目の前でまた人が死んだ。

 のせいだ。僕がしっかりしていれば、僕がもっと強ければ!!

 しかし、今更自分の非力さに嘆いても遅い。

 茉子はもう壁の下だ。


「茉子! 茉子ーーーー!!!!!」


「ふん。男のくせに大声で泣きやがるとは、女々しい奴だなあ」


「!?」


 突如として後ろから聞こえた声に、俺たち三人は驚きつつも振り返る。


「誰だ! どうやって吾輩の結界を!?」


「簡単なことですよ、はじめから中にいただけです」


 さっきの声とは違う女の声。

 そして暗闇から出てきたのは――


「よう。お前が『目』だろ?」


 男の方は俺と同い年ぐらいに見える奴だ。

 ちくちくしてそうな髪に、不敵な笑みを浮かべる顔。

 そして、その腕の中には


「茉子!!」


「感謝しろよ? 結構ギリギリだったんだぜ?」


 助けられた茉子がいた。

 状況が呑み込めないのか、抱えられたまま目を白黒させているが、けがはなさそうだ。


「若、あまり挑発的な口調は良くないですよ。もっと平和的に解決してください」


「貴女、アウラじゃない!!」


「ひさしぶり、シナちゃん」


 シナトスにアウラと呼ばれたのが、さっきの女の声の方だ。

 長く綺麗な白い髪に、整った服装。

 かけているメガネも相まってとても理知的に見える。

 しかし、その雰囲気はやはり冷たく人間の雰囲気とは一味違う。


「なんだ、アウラこいつらと知り合いなのか?」


「せめて『この人たち』と言ってください……。シナちゃんとリームさんとは知り合いですよ、そちらの人間さんは存じ上げませんが」


「ふーん、まあいいさ。あとお前、いい加減下りろよ」


「あ、ごめん……」


 茉子が下りると、再び俺たちというより俺に向かって質問する。


「おい、お前が『目』なんだろ?」


「特異器官ってことか?」


「ふん、それ以外にないだろうよ。で? どうなんだ」


 答えていいのだろうか。

 突然現れた相手にいきなりこのことを伝えるのはまずい気もするのだが。


「城内 光。気持ちは分かるが今は話してくれ。なに、信用できるかどうかに関してはアウラ君がついている時点で大丈夫だ」


 リームがそういうならまあいいが。


「そうだ、俺が視覚の特異器官。城内 光だ」


「こりゃご丁寧にどうも。なら、こっちも自己紹介しねぇとな。俺は日比谷 薫ヒビヤ カオル、嗅覚の特異器官だ」


「私はアウラ。アウラ・ヨウタリ・ルキハです。以後お見知りおきを」


 特異器官!

 この世のどこかにいるといっていた他の特異器官持ちだ!


「アウラ、どういうことなの? 説明してちょうだい」


「別にシナちゃんと特に何も変わりないですよ? 私も同じようにクロカゲ・オンネン討伐の使命をだされ、下界で彼に会ったわけです」


「では、ここへは何をしに?」


「アウラが他の特異器官を見つけたから協力しては? 何ら言うから来てみたんだが……」


「だが?」


「俺はごめんだ、こんなのと組むなんて」


「若!!」


 なんか知らないけど随分と不評みたいだな、俺。

 まあ確かにそんなに強くはないけどさ……。


「敵一匹倒したってだけでいい気になって、大事なヤツの命も守れないお前みたいなのとは組みたくないね」


「若! どうしていつもいつもそうなんですか!」


「まあまあ。別に組めなくても別々に行動すれば……」


「いや、そうはいかねぇ」


「え?」


 その意見すら否定された。


「こんな、やけっぱちの精神で無茶して戦ってるような奴を戦場に立たせること自体に反対だ。こんなのでも死なれると迷惑なんだよ」


「ちょ! そんな言い方ないじゃない!!」


「シナちゃんの言う通りです! 若、失礼ですよ!!」


 ……。

 確かに、コイツが言うことも一理ある。

 俺は弱い。

 だから邪魔になることも多々あるだろう。

 でも、俺は引くわけにはいかない。


「なら、俺がまた戦場に立ったらどうする?」


 質問する。


「そうしたら今度は力ずくで追い返す」


 質問に答える。


「なら……」


「その時に俺が勝てば文句はないな?」


「なッ!?」


 まあ、みんなが驚くのも無理はない。

 どっちが勝つかなんてわかり切っているからだ。


「ははははははは!!! 面白いこと言うじゃねぇか! いいぜ、お前が勝ったら認めてやるよ」


「ちょっと!? ヒカル!?」


「さて、じゃあ今日のところはここで帰らせてもらうか。お前の挑戦、いつでも受けてやるぜ?」


「どうも」


 そう言うと、くるっと振り返り出口に歩いていく。


「本当にすみません。若はああいう困った性格でして……」


 俺たちに礼した後アウラさんも薫を追って出ていく。


 こうして俺たちだけが残された。


「城内 光……」


「分かってる。メチャクチャなことぐらい、でも俺はこんなところで引き下がるわけにはいかないんだ」


 少し前までの俺なら絶対に言わないであろうセリフだ。


「え、えっと……。光くん?」


 今までずっと黙っていた茉子がおずおずと口を開く。


「そうだった……。まずはちゃんと説明しないといけないんだった……」


 もうすぐヒナも目を覚ますだろう。

 その時の反応が今からでももう怖いが……。


 いきなりの決別。

 まだ何体いるかもわからないオンネン。

 先行きはまだまだ不安なことだらけだ。

 それでも俺は先に進む。 

 約束を守るため、大切な人を助けるために。




―どこか、暗い場所―

「ご報告します」


「なんだ」


「炎が討伐されました」


「死神か?」


「はい。しかし、どうやら人間も関わっていたようで……」


「ふん、まあいい。手段は問わん、最終段階までに排除しておけ」


「はっ」


「いいか? 楽園の邪魔をする者には一切容赦はするな」

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