第12話 停戦条約は停戦であって終戦ではない

「あら? 自分からくるとはいい度胸じゃない」


 俺の額に木刀がぶち当たる寸前、ギリギリのタイミングで入ってきたシナトス。

 彼女の言葉のおかげで、なんとか俺は助かったわけだが……。


「お願い、少し話を聞いて日菜子さん。あなたは何か勘違いをしているわ」


「勘違い?」


「リー……じゃなかった。先生、お願いします」


 シナトスに先生と言われ、反省室に入ってきたのは俺も見たことがない教師だった。

 リーム……かな?

 今は人間の見た目をしているが、なんとなく雰囲気が似ている。


「貴方は明日から学校に来るって言う、新任教師の……」


「さすがは生徒会長。吾は……私のような者も把握しているとはね。吾は……ゴホン、私はお嬢……じゃなくてサキのなんだ、その保護者でもあってね」


 おいおい、大丈夫か。

 まず保護者って言う設定も心配だが、少し話すだけでボロが出過ぎだろう。


「保護者?」


「サキの実家は外国にあるんだが、諸事情あって日本に来ることになってね。だから、まあ義理の保護者と言うわけなんだ」


 外国。

 ホントに大丈夫か、ヒナならその気になれば調べられるぞ。

 それとも、それを上回る死神の何かがあるのか?


「で、昨日のことなんだが……。サキは、深夜にようやく日本に着いた」


「はあ」


「それで、光君はサキの親戚みたいなものでね。彼が夜遅くに外に出歩いたのはこのためなんだ」


 ……。

 なんだか、設定が設定でとっても不安なんですが。

 が、そんな俺の心中を察したのかシナトスが小声で俺に話しかける。


「大丈夫よ、昨日のうちに都合よく細工しといたから」


「細工?」


「いろいろね……。まあ、とりあえずリームが言ってることが表向きには正しいことになるから」


「ならいいんだけど……」


 細工ってなんだよ。

 とも思ったが、よく考えて見れば昨日の戦いの被害がまったくニュースになっていない。

 それを考えれば、死神たちはなにかしらの隠蔽手段を持っているんだろう。


「光が、夜遅くに外に出歩いた理由は分かりました。でも、私が怒っているのはそこじゃないんです」


「え?」


「その……、だから……! 高校生にはまだ早いことがあったんではないでしょうか!!」


「……ん?」


 え、ちょっと待て。

 日菜子さんはなにを言ってるんだ?

 俺、まだそんなところまで行ってないんですが!!!


「城内 光……。君、いったいどんな説明をしたんだね?」


 リームの小声にたっぷりと詰まる、呆れと困惑。

 いや、俺もそんなつまりじゃないんですけど……。


「えっと、光君はなんと?」


「なッ!? だ、だから……激しいとかなんとか」


 真っ赤になりながら、ぼそっと呟くヒナ。

 ううん、やっぱり俺の説明が悪かったのかな?


「ああ、えっとそれは。昨日、二人で……そうだ、ゲームをしていてね」


「へ?」


「対戦型のゲームだよ。サキは日本のそういうゲームが好きでね」


 ここで、日菜子は今朝の光の言葉を思い出す。

 『激しかった後に、頑張って、そのあとまた激しかったけど、やっぱり優しかったです!』

 そして、ここに今の情報を付けたすと……

 『激しかった(戦闘が)後に、頑張って(ゲームを?)、そのあとまた激しかった(戦闘が)けど、やっぱり優しかった(シナトスが?)です!』

 になる。


 次の瞬間、ヒナは


「ご! ごめんなさい!!!」


 大声で謝罪を述べていた。


「いや、分かってくれればそれでいいのよ」


「ホントに、ホントにごめん!!!」


 すげぇ、なんとかなったよ……。

 こうして、俺はなんとか脳天に木刀を食らわずに済んだわけだ。



「ホントにごめん……。この償いはいつか必ずするわ……」


「いや、ホントにいいのよ?」


 あれから少したったが、いまだにヒナの謝罪は止まらない。


「それじゃ、私とヒカルは帰るわね? まだ、いろいろあるから」


「うん。あ、そうだ光」


「はい!?」


 あれ、終わりじゃないの!?


「今度から、夜中に出かけるならちゃんと申し出てからにしてちょうだい!!」


「は、はい!!」


 まあ、昨日の場合はそうもいかないんだけどさ。




「ああ、もう最悪よ……」


「まあまあ、元気出しなよヒナちゃん」


 うなだれる日菜子と、それを慰める茉子。

 茉子は光がなんともなかったことで上機嫌なのだが、日菜子はそうもいかない。


「こんなんじゃ、生徒会長失格だわ……」


「大丈夫だって、誰にでも間違いはあるよ」


 茉子の慰めも大して、効果なし。

 責任感が強いぶん、罪悪感も強い。


「それにしても夜中にでも迎えにいくなんて、光くんとサキちゃん仲いいんだねぇ。そんな仲いい親戚がいるなんてちっとも知らなかった」


 茉子は知らない。

 これは俗に言う、余計な一言だということを。


「そうよ、そうよ茉子!」


「へ?」


「確かに今回はなんともなかったわ! でも、今後はどうか分からない!!」


「え、ええ!?」


「私はこの学校の純潔を守らないといけない! そのためにもやっぱりあの二人に油断は禁物!!」


「ヒナちゃん!?」


「なぜなら、私は六音時高校生徒会長なのだから!!」


 菅野字 日菜子は基本的にまともで頼りがいのある人間だ。

 城内 光が関わってきさえしなければ……。



 ―その頃、帰り道―

 俺はシナトスと一緒に帰っていた。

 曰く、『アナタのお向かいに引っ越したから』とのこと。

 もう、ここまでくればなんとも思わない。


「ヒカル」


「ん?」


「ありがとう」


 唐突な感謝の気持ち、どうしたんだ?


「アナタが日菜子さんに反論してるのが聞こえたんだけど、とても嬉しかったわ」


 なんだ、そんなことか。

 そんなの当たり前のことだ。

 なぜなら、


「当たり前だろ? 俺が決めたことだし、アイツを倒すって約束もしたもんな!」



 ―少し離れたところ―

「若、よろしかったんですか? お声掛けしなくて」


「ああ、まだいいさ。やつらがレッドラインを越えないうちはな」


「レッドライン、今日習った英単語ですね。使いたかったんですか?」


「うるさい!」


 二人の影が……

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