3:ドアノブと泥棒に対する、助手の考察。

 事務所のドアノブに鍵を差し込みました。

 私はそこで、違和感を感じました。

 いつも、鍵は時計回りで解錠しているはずなのに、どうにも回らないのです。


 一応は探偵の助手である私は急に、いつか、ナジリマさんが言っていたことを思い出しました。


『いいですか? いつもと違う、おかしいと少しでも感じることがあったら、事件に巻き込まれている可能性が高いです。その違和感が、些細なものであればあるだけ。そんなときは一度、深呼吸をして、落ち着いてください。状況を確認してください』

 確か、推理番組を見ていた時の事でした。

 何故今そんなことを思い出したのかわかりません。

 もしかしたら、虫の知らせというものかもしれません。




 私は一度、大きく息を吸って、吐きます。

 ドキドキしていた心臓も収まり、手の震えも収まりました。


 そうだ。

 泥棒や強盗ならば、鍵穴をいじった跡があるはずです。

 私は音をたてないよう、そっと、自分の鍵を引き抜いてポケットにしまいました。


 鍵穴を注意深く見てみましたが、いじった傷跡はありませんでした。

 泥棒ではないのでしょうか。


 次はドアに耳を当ててみます。

 中で金目のものを探しているなら、ガサガサ、という物音がするはずです。

 音がしなければ、泥棒は逃げた後なのでしょうか。

 息を殺して、耳を澄ませます。


 すると、次の瞬間。

 ピィーーーっ!、というとっても聞き覚えのある音が鳴りました。

 そう。

 私の毎日使っているケトルの、お湯が沸いた音です。

「ひぁっ……」

 私は驚いて、小さな声を上げてしまいました。


 しかし、これで中に人がいることは確定しました。

 さ、先ほどの声が、中の人に聞こえてないでしょうか。

 少し心配です。


 さて、これはどうすればよいのでしょうか。

 中に泥棒がいたとすれば、私が入っても太刀打ちできません。

 これはもう、ナジリマさんに電話するしかありいません。


 私は自分の携帯電話を取り出して、電話帳から、『ナジリマさん』という名前のところを押します。

 プルルルル、プルルルル

「えっ……」

 私はまたしても驚きました。

 携帯電話のスピーカーから聞こえてくる呼び出し音。

 それが、ドア1枚隔てた先の、事務所の中から聞こえてくるのです。


 ま、まさか、ナジリマさん、事務所の中で泥棒に――!

 その時、ガチャ、とドアが開きました。

 目の前には、携帯電話を耳にあてた格好ポーズの、いつもと変わりないナジリマさん。

「はい、もしも…し……?」

 ナジリマさんは、私を見た瞬間、困惑の表情を浮かべました。

「な……」

「な……?」

「ナジリマさぁあああん!」

「うわっ、と」

 私は、安心感から、ナジリマさんに抱き着いてしまいました。




「泥棒がいると思ったんです! だって、鍵が開いてたんですもの!」

 私はいつになく大きな声で、ナジリマさんに主張しました。

「ははは、面白かったですよ、その話。考え方も、とても探偵向きです」

「もう、バカにしないでください!」

「すみません、余りに面白かったもので」


 あれからナジリマさんと私は、紅茶を飲みながら、この事件について語りました。

「実は、この事務所の鍵、2つあるんです。今日は、起きるのがとても早かったので、事務所で新聞でも読もうと思い、来たのですが、驚かせてしまったみたいで。すみません」

 そう言うと、ナジリマさんは、自分のデスクの引き出しからファイルを取り出しました。

「なんですか? それ」

「これはですね、今までに起こった事件をまとめているファイルです」

「な、なんでそれを今、取り出すんですか」

「そりゃあ、助手が初めて自分で挑んだ事件ですし。記録に残しますよ」

「そ、そんな、やめてくださいっ」

 私はナジリマさんから、必死にファイルを奪おうとしました。

 しかし、またもや探偵の巧みな話術によって、いつの間にか記録に写真付きで保存されることになってしまいました。

 ナジリマさんはひどいです。




「ほら、Eジョシュさん。もっと笑って。せっかく写真を撮るのだから」

「は、はい」

「笑顔が固いですね。撮りますよ、はいチーズ」

 パシャッ、という音とともにフラッシュがたかれました。


「あー、目、閉じちゃってますね。まぁこれはこれで」

 ナジリマさんは満足げにさっそくプリンターで写真を現像していました。

 印刷を待つ姿は、まるで子供の様でした。

 プリンターから写真が出てくると、ナジリマさんは早速ファイルにしまっていました。


 その日からたびたび、ナジリマさんは、そのファイルを嬉しそうに眺めているところを目撃するのですが、私のページでないことを願っています。

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