第10話 誰がループを作った?!

「おはよう」と声が聞こえた。


おはよう?


イツカは自分に声がかけられたわけじゃないよな、と彼を見た。


彼の隣にはとてもスラリとした美少女がいて、彼はイヤフォンを片方だけ外した。


「ユズル君、いつもこの電車?」


「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」


「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」


「まあね。景色好きだからな」


髪の長い瞳の大きな美少女は空いている席に座った。


ユズル君?


イツカは文庫本を読むふりをしながら、チラッと彼の様子を伺った。


「彼女じゃねーぞ」


ん?


それは聞いた。


「はい」


「本好きなの? いつも本読んでるけど」


「いや、時々、です」


胸の高鳴りを抑えきれなかった。


あれ?


もしかして忘れてる? 私だよ。イツカだよ。


「ユズル君?」


「そうだよ。君は?」


「イツカ」


「イツカ? 不思議な名前だね。明日もこの車両?」


「そうです」


「中学生?」


「いえ、高校2年」


イツカは携帯電話を取り出した。


LINEのアプリを開くと、ユズルのアカウントが残っている。


LINEする。


【イツカです。


ユズル君、記憶ない?】


ユズルが携帯電話の振動に気づいた。


LINEを打ち出した。


【誰?】


【今、目の前にいます】


ユズルが目の前のイツカをゆっくりと見る。


【俺に何か用?】


やっぱ記憶がないんだ。


私の手紙や、私との会話や、私の存在や、命の等価値の話や、誰かに必要とされたい夢、不安な時は俺を見とけって言ってくれたこと、私がユズルが必要と言ったこと、ユズルが病気に感謝してるって言ったこと、心が動いたこと、お前、俺の彼女ってことになるんだけど、って言ってくれたこと。


なかったことにしないで。


消えない人になるって言ったじゃん。


消えないでって私も言ったじゃん。


みんな、なかったことになってるじゃん。


「じゃ明日。お前喋れよ。明日は」


そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りた。


ドアが閉まり、ユズルが遠ざかる。


その姿に小さく手を振って、自分の気持ちに嘘をついたんだ。


ループする。


こんなことばっかり続けてる日々を私はバカだから愛しちゃってるんだぜ。


それに気がついて身震いがするほど、残酷な自分が扉をまたノックした。


最高な気分とちょっぴり切ない気分で窓にキスをして、この気持ちが終わりが来ないかと深く胸を探るよ。


本当のことはわかってるんだ。


でも一生、このままがいい?


なるべく多くのループで時間と彼とアイハで踊り続ける?


それもいいね。


もし午後にユズル君が死んでしまうのを避けられないんだったら。


いいね。


いいね?


切ないよ。


まだちゃんと胸が痛むよ。


イツカは座席に座り込む。


そして携帯電話を見る。


7月13日。


その時、携帯電話が震える。


【バーカ。憶えてるよ】


そのLINEにイツカは返す。


【どういうこと???? わかんない。マジで】


【だって、このループ仕掛けてるの俺だもん】


え?


ユズル君がこのループを作った?


パパじゃなくて?


【どういうこと?】


【俺にもわかんねー。ただあまりにも同じ朝が続くから、そう願った】


【わかんない】


【この電車にずっと乗っていたいと思ってた。それが始まり】


【私もずっとこの電車に乗っていたいと思ってた】


返事はない。


駅に着いた。


私は降りるのか?


その力はないよ、ユズル君?


扉が閉まると、また電車が走り出した。


電車はそのまま走り続けた。


イツカはずっとその電車に乗っていた。


夏なのに寒くなり、辺りの乗客は消え、まだ線路は続き、太陽がぐるぐる回り、携帯電話のホーム画面が消え、辺りが夕暮れになると、イツカはハッとした。


ユズルが死んでしまう時間が来ようとしているのか。


どこかから音楽が聞こえ始めた。


車内放送から、ドビュッシーが流れている。


アラベスクだった。


ユズルがずっとイツカの前で聴いていた曲だ。


「ユズル君! あなたどこー?!」


イツカは誰もいない車両を走った。


3両目を全部探し、ユズルがいないとわかると、次の車両、次の車両へと走る。


いない。


夕暮れになり、夜になると、ユズルが死んでしまう。


そんなに好きな人に自分が死ぬところを見せたくないってのね!


私が必要じゃないってのね!


夜になり、やがて太陽が逆回転し、息を吹き返した。


歩いて3両目に帰ると、ユズルがいつものように、いつもの場所で立って、携帯電話で音楽を聴きながら、窓の外の景色を見ている。


イツカはその前に立って文庫本を読み始めた。


二人とも話さず、静かに早朝の電車が走る。


駅に止まる。


「おはよう」と声が聞こえた。


おはよう?


イツカは自分に声がかけられたわけじゃないよな、と彼を見た。


彼の隣にはとてもスラリとした美少女がいて、彼はイヤフォンを片方だけ外した。


「ユズル君、いつもこの電車?」


「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」


「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」


「まあね。景色好きだからな」


髪の長い瞳の大きな美少女は空いている席に座った。


ユズル君?


イツカは文庫本を読むふりをしながら、チラッと彼の様子を伺った。


「彼女じゃねーぞ」


「知ってるよ。何度目の朝だろうね?」


「あ、やっと話せた。喋ってくれた」


「ほんとだね。ユズル君っていう名前なんだ」


「お前は?」


「イツカ」


「イツカ。変わった名前だな。明日もこの車両?」


「うん」


「中学生?」


「髪切りすぎちゃった。幼いかな?」


「いいんじゃねーの。高校生?」


「高校2年」


「じゃまた明日な」


そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りようとした。


イツカはいつかのようにユズルの腕に手を伸ばし、しっかりと掴んだ。


ユズルが振り向く。


イツカは言った。


「つーかまえたっ」


「え?」


ドアが閉まり電車が走り出した。すっかり乗客はいつものようにいる。いつもと同じ早朝だ。


「私、グズでごめん。ずっと話しかけられなかった。もっと前に話しかけたらよかった。気持ちを伝えたらよかったね」


「なんだそれ?」


「無理かもだけど、大好き。やっぱ無理かな。一日だけの彼女なんて」


「一日だけ?」


「そう。一日だけ」


「学校、ブッチする?」


「うん! 行こう!」


駅に着くと、扉が開き、二人は夏の光の中へ笑顔で走り出した。


早朝のホームを二人で走ったこと。改札を出ても走ったこと。あの時、あなたが笑っていたこと。あなたに走っては駄目、と商店街を歩いたこと。普通にこうやって時が流れること。


今なんだ。


大切なのは今なんだ。


こんなループする時間の中だとしても。


そんな何もかもが必要なこと。必要とされること。心を動かすこと。心を動かされること。


私にユズル君が教えてくれたこと。


あなたに会えてよかった。


地味でちっぽけで、無口で、詩ばかり書いて、自分の世界にいて、そんな私をちゃんと見て、等価値で扱って、外へ出ようと、連れ出してくれようとしてるユズル君。


あなたに恋しました。

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