第5話 私が変えてみせる

どういうことだ。


考えながらイツカは学校の制服のまま自分の部屋のデスクに着いていた。


もう夜になっていた。


デスクの上には携帯電話のホーム画面。


7月14日。


朝は7月13日だった。


それが、時間を飛び越えた。いつのまにか14日になっている。


ん?


飛び越えたものは、ユズル君の死。私が彼に伝えたかった、ユズル君にバスケ部の部活に出ないように阻止すること。


それをさせないかのような時間の飛び越え方。


何かの力が私をその時間に存在させないようにしているとしか思えない。


大きな力。


神様?


いやいや神様はもともと時間を飛び越えたり、もとに戻したりしないはずた。


私がおかしい?


イツカは頭を抱えた。


うーむ。


そうイツカが深く悩みに入っている時のことだった。


トントントンと誰かが階段を上がってくる音がする。


母親だろう。


扉が開く。


そこにはイツカが立っている。デスクのイツカを見て驚いている。


デスクのイツカも扉を入ってきたイツカを見て息を呑んだ。


と、次の瞬間、扉のイツカは消える。


いなくなった。


消失。


デスクのイツカは、恐怖を感じた。


私‥だったよな。


ダメだよ、怖いのはやだよ。


イツカは部屋を飛び出し、トイレに向かった。


用を済ませて、トントントンと、階段を登った。


自分の部屋の扉を開けると、さっきのデスクに着いたイツカがこちらを見て、驚いている。


ついさっきの私だ。


さっき見た私は今度は扉。


どういうことだ?


どういうこと、ユズル君?


ん?


この続きは?


確か私が消えるのだ。


その途端イツカは床の底が抜けたように、落ちた。


うわ!


気がつくと空の上にいた。イツカは夜の空を真っ逆さまに落ちていく。翼のない鳥だ。イツカは翼のない鳥となる。


街中の夜の光が見える。飛びたいけど、飛べない翼! 急速に落ちていくイツカには勢いよく近づいてくる夜の光たちが星なのか、夜空に散らばるのが星なのかわからない。


地上にぶつかる!


と思ったら、海の中にいて、その底まで沈んだ。イツカは海の中で幻を見た。


校庭が歪んで見えた。白い体操着が見えた。クジラが歌を歌った。誰がピアノを弾いている。夕暮れの空はあかい。まだ誰にも見つけられていない花。冷たいみんなの視線。


飛び立つ白鳥たちの群れ。廊下に響く誰かの笑い声。誰かのぬくもり。走る音。幼いイツカが母親と歌う。ウエディングドレス。空の傷からこぼれる光がまた動きだす。


光の向こうにユズルが見える。また明日な、と走る電車の窓の向こうで手を振っている。


違うよ。ユズル君、明日は来ない! 


でも、待てよ。朝、私が車両の中を君を追いかけて走った。そうしたら、ユズル君はこちらを見た。


違う行動だ。行動が変わっている。


7月13日は変えられる! 私にも変えられる! 変えてみせる!


海の底から浮上する。


すると、イツカの家の玄関の前の庭に立っていた。


まだ開けていない早朝。


携帯時計を見る。


7月13日、早朝‥。


イツカは足元が花壇であることに気づく。


よかった、花は踏んでいない。


しゃがんで花たちを見る。


花には朝露がたくさんついている。


そのなかの葉についた一滴の朝露が葉を伝って、隣の花の葉へとつるりと落ちた。


葉と葉が手を繋いでいるみたいだった。


イツカは思う。


葉と葉がこんなふうに手を繋ぐことがあるのなら、こんな奇跡は人にも起こるのかもしれない。


イツカは玄関から中に入る。


また同じ朝がはじまろうとしている。

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