第4話 2度目の7月13日

早朝の電車がやってくる。


もはやその電車の3両目にはユズルはいない。


でもそれが当たり前のように涼しげな瞳で窓辺にユズルは立っていた。


イツカはその姿を見つめ、少し離れた向かいに立った。


ん?


やっぱり普通にいるじゃん。


昨日のアイハの話や、お通夜の風景や、公園のアイスクリームはなんだったのだろう。


これが日常。


ユズルは存在しているんだ。


その時、アイハが乗ってきた。彼はイヤフォンを片方だけ外して、視線をアイハに向けた。


「ユズル君、いつもこの電車?」


「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」


「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」


「まあね。景色好きだからな」


アイハは空いている席に座った。


ん?


聞いたことのある会話。


多分、もしそうだとすると、ユズルはこれから私に話しかけてくる。


「彼女じゃねーぞ」


「はい」


なんだ、これは?


この会話知ってるし、この展開はユズル君との最初で最後の日のものだし、イツカは文庫本を取り出した。顔を隠してユズルをチラリと見る。


「本好きなの? いつも本読んでるけど」


「いや、時々、です」


あの日の朝の会話そのままだ。やっぱり、ユズル君と最初で最後の会話なんだ、これは。


「ユズル君っていう名前なんですね?」


「そうだよ。君は?」


「イツカ」


「イツカ? 不思議な名前だね。明日もこの車両?」


「そうです」


同じ会話、同じ会話。もうすぐユズル君がこの電車を降りてしまう。アイハ、急に告白なんて無理だよ。


「中学生?」


「いえ、高校2年」


「じゃ明日」


そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りた。


イツカは閉まるドアの途中で叫んだ。


「待って、ユズル君!」


ドアが閉まった向こうでユズルは振り向いた。イツカは大声で言った。


「明日は来ない! ユズル君!」


電車が動き始めた。イツカはユズルの姿を最後まで見ようと車両を走った。


遠ざかっていくユズルはイツカに気付いて、小さく手を振った。


イツカは大きく手を振りながら最後に転んで、立ち上がった。


まてよ。今日があの日ならアイハにユズル君がバスケット部の部活に出ないように説得してもらえばいいんた。


携帯電話を取り出した。日付けを確認した。


7月13日。


しかしその車両にはアイハはもういない。ユズルと同じ高校だもの。降りてしまっている。


イツカはいつかのように、ドアが開くと走り出す。どこの高校? あの制服は隣街の名神高校? 名神高校!


イツカは光と風の中を走りながら、確信した。今日があの日だとすると、今日の夕方にユズル君に何かが起こる。


あれ? まてよ。


この道は14日の朝にも走った。泣きながら確か走った。ユズル君が亡くなったとアイハに聞かされた後、走った道だった。


ユズル君も走ってくれててたんだ、とわかった日。私に会うためにこうやって走ってた、とわかった日。二人の気持ちは同じだったとわかった日! ユズル君!


イツカは何人かの人影を追い越していくなかで、ふと知っている誰かがいたことを思い出した。


ん?


もしかして私は私を追い抜いている? 立ち止まり、振り返ると、誰もいない。


息が荒い。携帯電話を取り出し、日付けを確認すると、イツカは空を見上げた。


7月14日‥。


ユズルが死んだ時を飛び越した。13日の午後にユズル君は死んでしまっている。死を飛び越えてしまっている。


今はお通夜の日。アイハとお通夜に行った日だ。アイスクリームの味が蘇る。


いったいどういうこと?


空には巨大な入道雲が出ていた。

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