第2話 奇跡よ、遅すぎる!

次の日。。


いつものより早く早朝の駅に着いて、電車が来るのを待った。


昨日のユズルとの奇跡のような出会いがイツカを早く目覚めさせていた。


やってくる電車の3両目にあの人は乗っているはず。


しかしいつもの3両目の窓辺にユズルの姿はなかった。


その空白を見つめながらため息をついていた。


「おはよう」と声がした気がして振り向く。


誰もいない。


幻聴?


と昨日の髪のながい美少女が、空いている席にすわっていた。


さっき聞こえたはずの「おはよう」はなんだったのだろう。


イツカは思い切って美少女の隣まで歩いた。


「ユズル君のお友達ですよね? ごめんなさい。急に声かけちゃって。お話ししたくって」


「うん。あなたも友達? じゃ聞いた?」


「何を?」


次の言葉いうのをためらうようにため息をつくと、おどろかないでね、と言った。


驚く?


ユズル君に何かあった?


「ユズル君、何かあったんですか? 電車に乗り遅れたわけじゃなくの?」


「突然死んだんだ。心臓発作。ユズルは病気を隠していたみたい。悲しい? ごめん」


「嘘」


死んだ?


イツカの瞳から大きな涙の滴が落ちようとした時、美少女が抱き寄せてくれた。


頭を抱えてくれた。


手で涙を救ってくれた。


全身から力が抜けてしまって、美少女と抱き合いながら泣き続けた。


美少女も声もなく泣いた。


「辛い?」


イツカは頷いた。


「アタシも。好きだったんでしょう? ユズル。あなたが。あなたいつもユズルの前で文庫本を読んでて、ユズルがいつもこの早朝の電車の3両目に乗ってるって言ってた。わざわざ毎朝早起きしてこの電車に乗ってた」


イツカはその話を聞くと信じられなくて言った。


「そんな‥」


「名前は?」


「イツカ」


「変わった名前。私はアイハ。イツカ、お通夜は出る?」


「ユズル君の家も知らない。なんにも知らない。知りたい。みんな。ユズル君のことみんな教えてください。ユズル君の昨日を。病気を。知りたい。過去に旅したいよ」


「じゃ夕方、おいで」


アイハはイツカと待ち合わせの約束をして、電車を降りる時、イツカをもう一度抱きしめた。


アイハの瞳にも涙が浮かんでいた。


私に会うためにこの電車に乗ってた?


え、私、もっと早く声をかけるべきだった?


そんな遅すぎる奇跡ってある?


過去に戻りたいよ、ユズル君。


次の駅で電車を降りたイツカはどこだか知らない道を泣きながら全速力で走った。


光や風や影が吹き飛んだ。


毎日、走ったよ。


私、毎朝走ったよ。ユズル君も走ってくれててたんだ。ユズル君もこうやって走ってくれてた? 私に会うためにこうやって走ってたの? 同じだった。ユズル君!


イツカはいつまでもいつまでも夏の光の中を走り続ける。


こんな遅い奇跡ってある?


奇跡よ、遅すぎる!

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