君のいない未来へ来ました
荒木スミシ
第1話 電車の3両目の車両のユズル
オープニング
イツカという名前の女の子がいました。
イツカ、私は。と未来のことを思って育ちました。
イツカ、あの頃。と過去も大切。
イツカ、と呼ばれるのはとても好きで、いつか、会おう、と言われてるみたいだった。
イツカ、は手紙を未来の自分に書きます。
もういないあの人へ向かって。
ひとつの恋がイツカを不思議な世界へと巻きこんでいった。
君のいない未来に来ました。
君のいない過去に来ました。
1
イツカは早朝の街を走っている。
夏の光や風や影が吹き飛ぶ。
今日は少し遅れてしまった。
あの電車に乗らなければ、あの人に会えない。
だから何としてでもその時刻の電車に乗りたい。
見つめるだけでいい。
イツカにとって、アイドルとはインターネットやテレビの世界にはいない。
あの車両にいる。
急いで駅舎に駆け込むと、発車ベルが聞こえた。
急げ、私の足!
階段を駆け上がり、閉まるドアに体ごと飛び込んだ。
立ち上がりいつもの3両目に向かう。
そこに彼はいた。
もちろんイケメンだと思うけれど、イツカは彼が持つ柔らかなオーラが好きだ。
席が空いていても彼は座らない。
いつも立って窓からの景色を見ている。
ブレザーの制服なので、高校生なのだろう。
どうしてあんなに涼しい瞳をしているのだろう。
どうしてあんなに涼しい表情なんだろう。
イツカは彼の前に立ち、いつものように文庫本を読み始めた。
彼は携帯電話でいつものように音楽を聴いている。
その時だった。
「おはよう」と声が聞こえた。
おはよう?
イツカは自分に声がかけられたわけじゃないよな、と彼を見た。
彼の隣にはとてもスラリとした美少女がいて、彼はイヤフォンを片方だけ外した。
「ユズル君、いつもこの電車?」
「そうだよ。お前、今日は早いな。学校で何かあるの?」
「少し早く行ってテスト勉強するだけ。じゃアタシ座って単語覚えるから。ユズル君立ってるでしょ、いつも」
「まあね。景色好きだからな」
髪の長い瞳の大きな美少女は空いている席に座った。
ユズルっていう名前なんだ。
イツカは文庫本を読むふりをしながら、チラッと彼の様子を伺った。
「彼女じゃねーぞ」
ん?
私に話しかけた? ユズル君。
「はい」
「本好きなの? いつも本読んでるけど」
「いや、時々、です」
胸の高鳴りを抑えきれなかった。
彼が私がいつもこの場所にいることを知ってくれている。
「ユズル君っていう名前なんですね?」
「そうだよ。君は?」
「イツカ」
「イツカ? 不思議な名前だね。明日もこの車両?」
「そうです」
「中学生?」
「いえ、高校2年」
髪型をショートカットにしてから、よく幼く見られる。
あの透明な美少女に比べたらイツカなんか、なんの変哲もない普通の女の子だし、少し背も低い。そばかすもある。
「じゃ明日」
そう言うと、彼は開いたドアからいつもの駅で風のように光の中に降りた。
こんな奇跡のようなことがあるだろうか。
そうやってユズル君との早朝の日々が始まった。
いや、始まるはずだった。
でも明日という時間はなかったのだった。
明日が消える。
明日が消えることが人には起こる。
ユズルには明日は永遠に来ないのだった。
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