宿題の終わりはゲームのはじまりのはずだったのに……
川野マグロ(マグローK)
暑い夏はやってくる、君ならどこへ行くだろう
2020年夏。
ココは地獄だろうか? 暑い。暑すぎる。
太陽はこれから登っていくというのに高く輝きコンクリの建物を熱し続けている。
外でゲームやってられっか。
俺こと夏目修は真夏に生まれたが夏は大っ嫌いだ。
当たり前だ。暑い。暑い。そして暑い。何より暑い。
「いやだー暑いのいやだー」
「駄々こねても仕方ないでしょ」
俺の部屋のエアコンは先日音を上げた。
ふざけるな。これじゃあ暑い日の中涼しい部屋での極楽ゲーム三昧の夏休み計画が最初っから台無しじゃないか。
家は妙なところが厳しいせいでコソッと自室でしかゲームすることができない。
ギリギリ宿題をしよっぱなからやっつたからもう誰も止められないはずだったのだ。
「ピンポーン」家のチャイムが鳴った。
「ハーイ」母が出る。
俺はエアコンの効き過ぎからか寒気に襲われ暑い外へと裏口から出る。
「何逃げようとしてるのよ」
「ゲッ!」
裏口には先手が居た。
「ゲッ! じゃないわよ。何で逃げようとしてるの?」
「別に俺はそんなつもりはってアレ?」
そもそもどうしてココに人がいるのだ? チャイムが鳴ったということは玄関に誰か来たのでは?
「アレじゃないわよ。玄関にはお母さんが行ってるわ。さ、約束どおりついてきてもらうわよ」
やはりだ。やはり思ったとおりだ。この花畠暦は俺の隣人。ただの隣人だ。同い年でずっと一緒に育ってきただけのだけの隣人である。しかし今は彼女の家の彼女の部屋に上がり込み隣に座っている。まさに隣人だね。
そんな面倒な気持ちから切り替えができていない自分の気持ちを悟ったのか花畠は言った。
「ちゃんと教えてよー? 修は勉強とゲームだけはできるんだから。今日の分終わったら相手してあげるから」
「ハーイ」
【ゲーム】を【エアコン】の効いた部屋でできる。という単語だけ聞き取ってしまった結果がこのざまである。一度解いた人間に教えを乞うとはどんな心持ちか。
「君の頑張り次第でゲームの時間は変わるからね」
「ならばやらざるを得まい」
「終わったー」
「よくわかるね。こんなの」
「逆に…………」
彼女のジト目に地雷をぶち抜きかけたことで押し黙る。
「さ、さあ、ゲームタイムだ」
「私分かんないからね?」
その辺りは折り込み済みだ。と思いたい。
「大丈夫だよ。夏休みは長いし、宿題も多いし、人に教えることだって勉強になるらしいから」
「本当? じゃあ感謝してもらわないとね」
「…………」
「カンシャ」
「アリガトウゴザイマス」
全く調子がいいものだ。
「さて、準備もできたし始めようか」
初日やったのは育成対戦ゲーム。今日までに用意していたキャラクターでの対戦を想定していたが事実は思いどおりには進まないもので。
「ねえ、私の知ってるのが居ないんだけど」
「新しいからじゃない?」
「出てきてない訳じゃないでしょ? 代名詞みたいなものなんだし」
「そう言われても。ほら、始めようよ」
俺としてはここらで煙に巻いてゲームタイムでは自分の要求を飲んでもらいたかった。
「ねえ、何か理由があるんでしょ」
ズイッと詰め寄られるとただの隣人にも目を白黒させてしまう。
「まあまあまあ」となだめてから「ちょっと待って」と一考し覚悟を決めて話すことを決める。
「理由はある」
「何?」
「俺じゃあ使いこなせない」
花畠はその言葉を聞くと「プッ」と吹き出し笑い始めた。
「なんだよ。何がそんなにおかしいんだ?」
「……だって、勉強とゲームしか取り柄がないのにその内のゲームすら苦手分野があるなんて……」
言い終わると再びはじけたように笑い出した。
悔しいが何も言い返せない。好きとはいえ特別うまい訳ではないのは事実だからだ。それくらい自分でも理解しているつもりだったが他人に指摘されると堪える。
「まあ、友だち私しかいないもんね修は」
カッチーンと何かが鳴った気がした。
黙っていれば可愛いくせにそんなこと平気で口にするから残念とか残念とか言われるんだろう。
「いいだろう。実力の差を見せつけてやる」
「大丈夫かしら? 化けの皮が剥がされるんじゃない? 一応私もちっちゃい時にやったことくらいはあるし」
数分後。
結果は完勝だった。
「……嘘……」
さすがの俺をばかにしてきた隣人さんも結果を見せつけられては何も言えなくなったのかうんともすんとも言わなくなった。呆けているようだ。
「これが初心者と経験者の差さ」
「…………」
よほど悔しかったのかだんまりを続けてしまっている。
「なあ、そろそろもう一回やろうぜ。今度は丁寧に説明するから」
「…………」
さすがにこのまま泣きだされでもしたら俺としても気分は良くない。
「悪かったって。ちゃんと説明してからやるべきだったな。俺も頭に血が登っちゃってて」
「…………面白い」
「……え?」
予想外の言葉に自分の脳は眠ったように反応しなかった。
「すごいねゲームって。感動だよ。こんな短時間で結果が出て勝ち負けのはっきりするものもなかなかないんじゃない?」
「ま、まあな!」
なんとなくドヤ顔を決めてから花畠に向き直る。
「どうする? 花畠の知ってるやつを使うことにするかそれとも説明にするか」
「宿題はまだ残ってるから今日はとにかく勝ち方を教えて」
「わかった」
やはり宿題が終わるまで家庭教師役をさせられることは彼女の中では決定事項らしいことを頭に残しつつも俺は知っている限りのことを話すために口を開いた。
知識を披露し経験以外の部分を矯正したつもりだった。
が、そんなものではなかった。
「……嘘……だろ?」
「へっへーん」
俺は負けた。
いや、ゲームのシステム上負けることはありえる。しかし一日でたった一日で僅差とはいえ敗北することになるとは思ってもいなかった。
「いやーやっぱり人生はモチベーションですねー」
く、悔しい。今までの自分よりもゲームに対するモチベーションが高いようなその口ぶりが、
「悔しい」
「そろそろ負けを認めたらどうかね?」
「…………そうだな」
長い間座っていたように思う。慣れない正座で座っていたからかとても足がしびれていた。
「うわっ」
「きゃっ」
珍しく花畠は可愛らしい声を出した。
「悪い悪い……」
「いや、大丈夫だよ……」
俺は不覚にも花畠に覆いかぶさるような体勢になっていた。
「……」
「……」
「ぐへっ」
「早くどかないからそうなるのよ」
すいません。と頭を下げるが俺の目は泳ぎまくっていた。
心音もうるさくクーラーが効いているはずなのにとても暑く感じられた。
「……して……」
「何?」
突然声をかけられて咄嗟には答えることができなかった。
「負けは認めなくていいから、貸して」
「何を?」
「ゲーム」
花畠は素っ気なく答えた。
どうもやる気らしく俺の答えを聞く前から自分でスマホ片手に何やらはじめてしまった。
「いいよ。今はどうせ俺の家じゃできないから」
「やった!」
まただった。心拍が上がり心音がうるさくなった気がした。
「じゃあな」
「うん。今日はありがとう。また明日」
「おう」
やはり明日も働かせられるらしかったがそれすら心躍る思いだった。
笑顔で家まで送ってもらえたことが嬉しかった。
俺は時間が許す限り彼女と共に勉強をし、ゲームをした。
時が過ぎ去るのは早くあっという間に宿題は終わってしまった。
本来なら俺の役割は宿題が終わった時点までのはずだったが違った。宿題が終わってからも俺は彼女の家に通いゲームを続けた。
それから俺は彼女と共にゲームの世界で頂点を目指すがそれはもう少し先の話。
宿題の終わりはゲームのはじまりのはずだったのに…… 川野マグロ(マグローK) @magurok
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます