第七章 隠された思い

ラン殿、元の姿に戻ったのだな」


 医部に向かおうとする藍を呼び止めたのはキョウだった。


「はい。……やっぱり残念ですか?」


 レイの姿から元の地味な自分の姿に戻り、驚いたのは周りの視線の変化だった。誰も自分を特別視する者はいなくなり、呪術部で変化を知っていたものはここぞとばかりなぜ元に戻ったんだと聞いてきた。


「いや。俺はそのほうが藍殿らしいと思う」

「そうですか?」

「ああ」


 藍の嬉しそうな笑顔を見て、警備隊長は少し照れたように顔を赤くする。




 クウコンと共に消え、一日が経過しようとしていた。カイが帝に復位し、宮は平常を取り戻した。同時にテンも呪術司に復職し、前職の後始末に追われている。重症のリンは医部に運ばれ、治療を受け命は取り留めた。しかし意識が戻らぬまま眠り続けている。

 ソウは凛の元から片時も離れず側にいた。そんな草の身を案じて藍は村に帰らず宮に留まっていた。今も食事を草に取らせようと呪術部の台所で卵粥を作り、運んでいる途中だった。


「それは草の?」

「はい」

「凛はまだ起きないのか?」

「はい」


 藍は強の質問に短く答える。男前の警備隊長は何か言いだけであったが、返事を聞くと押し黙ってしまった。


「強様。すみません。御粥が冷めてしまうので行きますね」


 平凡な外見に戻ってしまった女性呪術師はぺこりと頭を下げると背を向ける。


「藍殿」


 しかし呼び止められ立ち止まると振り返る。


「なんでしょうか?」

「……すまん。なんでもない」

「?」


 藍は警備隊長の様子をいぶかしがりながらも御粥が冷めてしまうと足早にその場を去った。





「ああーせつないね。強~」


 小柄な可愛らしい背中を見送っていた男前にその兄がへらへらと笑いながら声をかけてきた。


「兄さん」


 強は渋い顔をして兄を見る。


「怖い顔だなあ。恋は楽しくしなきゃ」


 今からミンとデートだと浮かれながら東の呪術師はそう言う。


 東の呪術師ことケンは、あの戦いで藍と互角に戦っていたが、典によって戦闘不能にさせられた。同じく気を失った恋人と共に宮に運ばれ、義母特製の御香で正気を取り戻した。しかし幸か不幸か、戦いの記憶はまったくなく、罪悪感などは皆無のようだった。

 強として期待はしていなかったが、空が消え、凛が意識を取り戻さない今、もう少し大人しくできないかと呆れていた。


「藍ちゃん、帰るんだろう?」

「まだだ。草のことが心配のようだ。凛が目覚めるまではまだ宮にいるだろう」

「そうなんだ。だったら今がチャンス。告白しないと」

「こ、告白?!」


 兄の言葉に強は素っ頓狂な声を上げ、周りの注意を引く。しかし、その鋭い視線を浴び、見ていたものは悪いものを見てしまったと視線を逸らした。


「そうそう告白!がんばってね!」


 無責任な賢はバンバンと弟の肩を叩くと、踊るように足取り軽く呪術部に消えて行った。


 残された警備隊長は大きなため息をつくと、将軍と今後の対策について話す為軍部に向かった。





「藍」


 医部に着くと、そこに師匠の姿があり藍は驚く。


「それは草の分?」

「そうですけど」


(どうして典様が?ああ、甥っ子の草くんが心配だもね)


 忙しいはずの呪術司がここにいる理由をそう決め付けて、藍は典の側を素通りし凛の眠る部屋に向かおうとする。


「藍。君に頼みがあるんだ」


 そんな藍を引きとめて、師はじっと弟子を見つめる。

 瞳の色は草と同じだなと思いながら、藍は何を言われるのかと身構えた。


「藍、私の代わりに草を守ってくれないか。あの戦いで草の身元を知っている者も増えた。黒族ではないから狙われることはないと思うのだが、念のために警護してもらいたい」

「そんなこと」


 藍は無理難題を言われるのではないかと思っていたが、そうではなく安堵する。


「頼まれなくても、私が草くんを守りますよ」

「頼もしいね」

「当たり前です」


 強気の弟子は小さな土鍋をもち、胸を張る。それを可愛いと思いつつ、典はもう一つの願いごとを口にする。


「藍。このことが落ち着いたら、宮にとどまるつもりないかい?」

「ありません」

 

(やっぱり)

 

 師が言い出すのではないかと予想していたことを言われ、藍は眉を寄せる。しかし典は穏やかに微笑むと腕を組んだ。


「だって、君がいなくなったら強が寂しがると思うけど」

「強様が?!」


 意外なことを言われ藍がぎょっと師を見つめる。美しき呪術師は艶やかな微笑のまま頷いた。


「そう」

「あり得ないですよ」

 

 弟子がはっきりとそう言いきる様子に、典の美しく顔が歪む。鈍いと思っていたが、その鈍さは親友に匹敵するようだった。

 強自身が自分の気持ちに気づいてないようだから、その相手の藍がわからないのも無理はない。しかし、ああも照れる様子をみて気付かないかと宮の呪術師は首を捻る。


「どうしたんですか?」


 藍はそんな典の思いに気づかず、心配げに見つめる。


「なんでもない。それ粥だろう?早く草に食べさせるといい」

「ああ、そうでした」


 弟子は抱えている小さな土鍋の存在を思い出し、訝しがりながらもペこりと頭を下げると部屋に入っていった。


 宮の美しき呪術司は鈍い二人の行く末を気長に見守ることを決め、その場を離れた。


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