第七章 隠された思い
一
「
医部に向かおうとする藍を呼び止めたのは
「はい。……やっぱり残念ですか?」
「いや。俺はそのほうが藍殿らしいと思う」
「そうですか?」
「ああ」
藍の嬉しそうな笑顔を見て、警備隊長は少し照れたように顔を赤くする。
「それは草の?」
「はい」
「凛はまだ起きないのか?」
「はい」
藍は強の質問に短く答える。男前の警備隊長は何か言いだけであったが、返事を聞くと押し黙ってしまった。
「強様。すみません。御粥が冷めてしまうので行きますね」
平凡な外見に戻ってしまった女性呪術師はぺこりと頭を下げると背を向ける。
「藍殿」
しかし呼び止められ立ち止まると振り返る。
「なんでしょうか?」
「……すまん。なんでもない」
「?」
藍は警備隊長の様子をいぶかしがりながらも御粥が冷めてしまうと足早にその場を去った。
「ああーせつないね。強~」
小柄な可愛らしい背中を見送っていた男前にその兄がへらへらと笑いながら声をかけてきた。
「兄さん」
強は渋い顔をして兄を見る。
「怖い顔だなあ。恋は楽しくしなきゃ」
今から
東の呪術師こと
強として期待はしていなかったが、空が消え、凛が意識を取り戻さない今、もう少し大人しくできないかと呆れていた。
「藍ちゃん、帰るんだろう?」
「まだだ。草のことが心配のようだ。凛が目覚めるまではまだ宮にいるだろう」
「そうなんだ。だったら今がチャンス。告白しないと」
「こ、告白?!」
兄の言葉に強は素っ頓狂な声を上げ、周りの注意を引く。しかし、その鋭い視線を浴び、見ていたものは悪いものを見てしまったと視線を逸らした。
「そうそう告白!がんばってね!」
無責任な賢はバンバンと弟の肩を叩くと、踊るように足取り軽く呪術部に消えて行った。
残された警備隊長は大きなため息をつくと、将軍と今後の対策について話す為軍部に向かった。
「藍」
医部に着くと、そこに師匠の姿があり藍は驚く。
「それは草の分?」
「そうですけど」
(どうして典様が?ああ、甥っ子の草くんが心配だもね)
忙しいはずの呪術司がここにいる理由をそう決め付けて、藍は典の側を素通りし凛の眠る部屋に向かおうとする。
「藍。君に頼みがあるんだ」
そんな藍を引きとめて、師はじっと弟子を見つめる。
瞳の色は草と同じだなと思いながら、藍は何を言われるのかと身構えた。
「藍、私の代わりに草を守ってくれないか。あの戦いで草の身元を知っている者も増えた。黒族ではないから狙われることはないと思うのだが、念のために警護してもらいたい」
「そんなこと」
藍は無理難題を言われるのではないかと思っていたが、そうではなく安堵する。
「頼まれなくても、私が草くんを守りますよ」
「頼もしいね」
「当たり前です」
強気の弟子は小さな土鍋をもち、胸を張る。それを可愛いと思いつつ、典はもう一つの願いごとを口にする。
「藍。このことが落ち着いたら、宮にとどまるつもりないかい?」
「ありません」
(やっぱり)
師が言い出すのではないかと予想していたことを言われ、藍は眉を寄せる。しかし典は穏やかに微笑むと腕を組んだ。
「だって、君がいなくなったら強が寂しがると思うけど」
「強様が?!」
意外なことを言われ藍がぎょっと師を見つめる。美しき呪術師は艶やかな微笑のまま頷いた。
「そう」
「あり得ないですよ」
弟子がはっきりとそう言いきる様子に、典の美しく顔が歪む。鈍いと思っていたが、その鈍さは親友に匹敵するようだった。
強自身が自分の気持ちに気づいてないようだから、その相手の藍がわからないのも無理はない。しかし、ああも照れる様子をみて気付かないかと宮の呪術師は首を捻る。
「どうしたんですか?」
藍はそんな典の思いに気づかず、心配げに見つめる。
「なんでもない。それ粥だろう?早く草に食べさせるといい」
「ああ、そうでした」
弟子は抱えている小さな土鍋の存在を思い出し、訝しがりながらもペこりと頭を下げると部屋に入っていった。
宮の美しき呪術司は鈍い二人の行く末を気長に見守ることを決め、その場を離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます