第五章 空の治世

「私はわかるんですけど、なんで呪術司のテン様まで掴まるんでしょうか?」

「それは私は聞きたいくらいだ」


 愛妾お披露目の途中に、帝が姿を消した。

 疑いは愛妾であるランに向けられた。

 帝を襲ったソウは掴まり、呪術司と戦っていたリンは草の身を案じ、自ら投降した。

 草と戦っている間に帝を失い、藍は悔恨の思いでいっぱいだった。責めを受けても仕方がないと諦めていた。しかし、師の典が牢屋に姿を見せた時、何か陰謀の匂いを感じた。


「典様の何の罪なんですか?」

「共謀罪だってさ。弟子の君を使って帝をたぶらかし、誘拐した罪だって言ってたけど」

「……おもしろいことになってますね」

「そうだね」


 師と弟子は鉄の柵越しにお互いの顔を見つめる。

 草と凜は別の場所に拘束されているようだった。

 帝が何者かによってさらわれたというのに、宮は藍達を拘束するだけで、その捜索には力をいれていないように見えた。

 

「典、藍殿」


 そうふいに声がして、男前の警備隊長が現れる。その表情は硬いものだった。


「宮がおかしいことになっている。父上…将軍が何者かに操られているようだ」

「将軍が!」


 親友の言葉に典の顔が曇る。

帝の次ぎに権力があるのが軍部の長である将軍だ。将軍はキョウの父親で帝の警備は強に任せていて、外部の軍の統一や呪術部との連携など担当していた。

 帝が消えた今、強と共にその捜索に当たっているはずなのだが……


「臨時の帝にクウ様が即位した」

「?!そんなに早く?」

「ああ、そしてお前の後任はコンという呪術師だ」

「おもしろいね」


 典は目を細めて後に微笑む。

 空が帝――カイを誘拐し、宮の上層部を何らかの手を使い、操っている。

 わかりやすい話だが、危険な状態だった。


「典、藍殿。俺は表だってお前達を助けることができない。宮の上層部がおかしい。下手に動くと俺も拘束される」

「強様が?!だって警備隊長ですよ!」

「それでもだ」


(信じられない)

 

 藍は起きていることが信じられなかった。

 しかし、藍の向かいの牢に入っている典は楽しげだ。


「典?何か策があるのか?」


 危機的状況のはずなのだが、全然焦っていない、むしろ面白そうな表情を浮かべる典に強が眉を潜める。


「私と藍は警備隊長を襲い、脱走。そして帝の救出に向かうっていうのはどう?」

「帝は生きてるのか?」

「多分ね。空は帝を殺せない。だからどこかに幽閉されているはずだ」

「でもどこにいるのかわかるのか?」

「凜に聞く」

「凜?ああ、あの草と一緒に拘束されている呪術師か」

「そうだ。私と藍は君を襲った後、凛と草を連れ、宮を出る。そして帝を探す」

「俺を襲うって……」


 親友の言葉に警備隊長は苦笑する。


「だって、そうしないと君の地位があぶないだろう?君には宮でやってもらうことがあるから、拘束されたら困るんだ」

「そうだな」

「そ、そういうこと」


 典はにっこりと笑うと手に気を込める。


「待て、ちょっと心の準備と言うものが…!」


 そんな強の言葉は騒音によってかき消される。


 ドオオオン!


 音がして鉄格子が壊れ、警備隊長の体が吹き飛ぶ。


「強様?!」


 その体は向かいの藍の牢の鉄格子を壊し、牢の壁に叩きつけられる。


「何事だ?!」 


 音を聞きつけ、牢屋の番人が降りて来る。


「典様…やりすぎです」


 壁の近くで倒れこむ強が息をしていることを確認し、藍はほっとしながら師を睨む。


「そう?でもこれくらいやらないと信じてくれないだろう?」


 しかし美しき宮の呪術司は優雅に笑うだけだった。


(性格悪すぎ。っていうか、もし強様が死んだらどうする気なんだろう。この人……)


「さあ、行くよ。藍」


 典がぐしゃりと曲がった鉄格子を越え、牢屋から出る。

兵士たちが集まり始めていた。


「皆さん、大人しく逃げないと怪我しますよ!」


 無駄だとわかっているが藍は兵士に向かってそう叫ぶ。

 

 空によって、宮が変わろうとしていた。


(無駄な犠牲は出したくない)


 藍はそう思いながらも、手の平に気を込める。


「藍、手加減するんだよ」

「わかってます」


 呪術司と弟子は気を高めると兵士に向かって飛んだ。

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