七
昼食休憩を終え、行列は再び動き始めた。
おなかいっぱいになった
ふいにパシパシっつはじける音がして、警備兵と呪術師が騒ぎ始める。そして同時に白い煙が発生した。
「?!」
異常事態に藍は目が冴え、腰を上げ、帝を守るようにその前に立つ。
街の人たちも急に視界が白く曇り、不安な叫び声を上げる。
「気をつけろ!」
警備隊長がそう声を出して警備兵に注意を促す。
「藍。帝のこと頼んだよ」
呪術司は振り向きざまにそう言うと一気に空に舞い上がる。煙を気で一気に払うつもりだった。
「?!」
しかし空高く上がった
「呪術司。私がお相手しよう」
その声に典は記憶が揺さぶられる。頭巾から覗く冷たい青い瞳は過去に憧れた女性に類似していた。
「……
「…意外だな。わかるのか?私のことを覚えているのは驚きだ。20年も前のことなのに」
凜は目を細めてそういった。
「なんで、君が。君は南の呪術師じゃないか。なんで」
宮の美しき呪術司は過去に共に呪術部で学び、自分の憧れの対象であった有能な呪術師がなぜ帝を狙う手伝いをしているのかと怪訝な表情を浮かべていた。
「あなたには関係がないこと。さあ、呪術司よ。その力みせてもらおう」
氷の呪術師はいつものように冷たい声でそう答えると刀を抜いた。
「君と戦いたくはないんだけど。しょうがない」
典は息を小さく吐くと同様に刀を抜き、構えた。
典が空に消えた同時に、
視界が悪い中、混乱する街の人々に混じり、
「明ちゃん!」
白い煙の中、気が行列に打ち込まれる。明がそれを受け、吹き飛ばされる。数人の警備兵の体も同じように宙を舞った。
「大丈夫です」
煙の中から明がそう答え、姿を現す。気を受けた衝撃で着物が破れ、手足にかすり傷を負っていたが、魅惑の呪術師は無事であった。
「よかった…」
「おっと、色男さんよ。恋人とはあの世で楽しんでもらおうか」
「呆!?」
白い煙の中、視界は悪かったが至近距離で相手の顔を確認することはできた。難破な賢と言えども、一応東の呪術師である。呆のような性悪な闇の呪術師とは何度が対戦したことがあった。
「あ!誰かと思ったら。東の呪術師だな。相変わらずむかつく面してるぜ」
「そういう君も相変わらず猿顔だよね~」
呆の言葉に賢はにっこり笑ってそう言い返す。
彼が自分の姿を気にしているのは知っていた。東の呪術師はこれまで対戦した経験を生かし、怒りによって相手の冷静さを奪うつもりだった。
「くそ、その口ひんまげてやる!」
案の定、呆は怒りで顔を真っ赤にし、小刀を二つ腰から抜くと飛び掛った。
賢は猿男の背後で明に切りかかる別の闇の呪術師の姿を確認した。しかしこの状況ではここから動けるはずがなく、恋人の身を案じながらも向かい打つため刀を抜く。
「待ってて、明ちゃん。すぐに僕が助けてあげるから」
「なにほざいていやがるんだ!」
囁くような賢のつぶやきは呆には聞こえなかった。色男でむかつく呪術師をぶちのめす、その思いを胸に猿男は小刀を振り下ろした。
真っ白な視界の中で警備兵や呪術師のうめき声が聞こえた。帝の側にいる強は刀を手に、今か今かと敵が現れるのを待つ。
そして現れた男は強と同じくらいの背格好の男だった。頭巾をかぶっており、その顔を見えなかった。力を使っていることから呪術師であることがわかる。
「草!行け」
背後に紺が呼びかけると少年が煙の中から姿を現し神輿の上に飛び乗る。
「帝、藍殿!」
強は助けに回ろうとするが、紺から放たれた気によって止められる。
「お前の相手は俺だ」
男の灰色の瞳が強を捕らえる。警備隊長は隙のない男の様子に久々に緊張を覚える。しかし全力で戦える喜びも感じていた。
藍の力は知っており、それは信用にたるものだ。
(大丈夫だ。藍殿なら帝を完璧に守れる)
強は刀を抜くと紺に向かい合った。
「この野郎!母さんの姿で愛妾なんてなりやがって!」
「草くん!」
神輿に飛び乗ってきた少年は憎悪の目で藍と帝を見ていた。
(それは怒るわよね。ごめん。でも)
「草くん。帝を憎むのは筋が間違ってる。だって帝は知らなかったんだもん!」
「うるさい、母さんの姿でそんなこと言うな!」
少年は気をためると藍に放つ。呪術司の弟子は若い呪術師の気を片手で簡単にはじく。
「話し合いましょう。それが一番なんだから!」
「黙れ!黙れ!」
自分の攻撃が簡単に跳ね返され、草は愕然とする。しかし、怒りは増長するばかりだった。
少年は気を放つと同時に帝に向かって飛ぶ。
「だから、話を聞きなさい!」
藍は気をはじくと草の前に立ちふさがり、その体を床に押し付ける。そして髪をまとめていたい紐を解くと、その手を拘束する。
「動かないで。帝、草くんとちょっと話したほうが…」
少年の暴れる体を抑えながら、藍は背後にいたはずの帝を見る。しかし、そこには立派な腰掛しかなく、その主の姿は消えていた。
*
「
草と藍が戦っている隙に帝をその場から連れ出したのその叔父の空だった。
空は背後に回り帝を気絶させると私兵を使い、屋敷に連れこんだ。
「
地下牢の木製の柵の奥から自分を睨みつける帝――海に空は歌うようにそう言う。
「どうするつもりなのだ?」
「そうだね。君には宮から消えてもらう。消えた帝の代わりに継承権のある僕が帝になるの」
「草をどうするつもりだ?」
「草?もちろん、打ち首。だって帝を狙ったものだよ。どうせなら帝を殺した罪でも着せようかな」
「空!お前はなぜそのような……」
「なぜ?海。君に僕の苦しみがわかるかい。帝の子供でありながら蔑まれる僕の気持ちが……」
「……すまない。わしの父上のせいで」
「君に謝ってもらってもしょうがない。帝になってみなにわからせるんだ。君はそこで僕がすることを見ているといいよ」
「空!」
自分に背を向けた空に海は呼びかける。
「頼む。草だけは草だけは助けてくれ。あの子には何も罪はないだろう?」
「……どうしようかなあ」
空は甥に背を向けたまま、笑う。
「空!」
「僕はそういう君が嫌いなんだ。草は残念ながら打ち首だ。またね」
「空!」
海の悲痛な叫びは叔父には届かなかった。
空は甥に再び顔を向けることなく、地下牢を足早に去る。悲痛な声で自分が呼ばれるのがわかったが、そんなものどうでもよかった。
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