二
ざわざわと外が騒ぎ始めるのがわかった。
兵士たちが慌ただしく、動く様子が見えた。
「凜様」
一緒に牢に入っている
(帝をさらったのは
凜はそう確信していた。
空はまさか自分が草と共に掴まるなんて予想もしてないだろう。
草を置いて、逃げることなんてできなかった。
空(クウ)は凜に黙って、この計画を立てたに違いない。
凜達が呪術司や警備隊長、そして女性呪術師の気を引いている間に、帝をさらう。
(初めからその計画だったに違いない。草を捨て駒にするつもりだった)
凜はその事実を考えると胸が締め付けられるようだった。
(騙してきた草……。本当は帝はただ麗と草の存在を知らなかっただけなのに、草に帝が草達母子を切り捨てたとほのめかした。その上、草を見殺しにする)
凜は出来なかった。
空がそれを望んでいたとしてもそれだけはできなかった。
「何者!?ぐわっつ」
牢番の声がそうして、二人の男女が現れる。
「お前らは!」
草が呪術司とその弟子の姿を見て声を荒げる。
「草くん、凜さん!説明は後でします。私達についてきてください!」
草の母親の姿の
「誰がお前らなんかと!」
「わかった。ついて行こう」
「凜様?!」
師匠の思わぬ言葉に草は目を剥く。
凜はこのまま牢にいても草は助からないと感じていた。それなら敵であったが、宮を離れる呪術司達についたほうが賢明だった。
グワンと音がして、牢屋の鉄格子が壊れる。
力を発したのは南の呪術師だった。
初めてみた凛の力に藍は胸が躍る。
「さ、行こうか」
「はい」
師匠にそう促され、草は頷く。藍達は嫌いだったが、少年は凜を信じ切っていた。
*
「呪術師達よ。
新しく呪術司に就任したのは
宮に異常な事態が発生していた。父である将軍の奇行とも言える政治的決断を異母弟と共に目の当たりにした。呪術司を拘束するように警備兵に命じ、帝の捜索をする様子も見せず、ただ空に従っていた。将軍の二人の息子たちは、下手に動くと拘束されると判断し、とりあえず将軍や新呪術司に大人しく従い、機会を窺うことにした。
「明ちゃん、行こう」
「賢様……」
戸惑う明の手を引き、東の呪術師は典達を追う。
紺より、警備隊長を襲い脱獄した元呪術司とその弟子を追うようにと指示が下された。
賢は率先してその指示を受け、動いた。
(警備隊長と襲うって、典も派手にやるなあ)
胸中でそう思いながらも、賢は紺の手前表情を厳しくさせる。新呪術司のできる限り側にいて動向を探るつもりだった。
脱獄した四人の前に紺を先頭に数人の呪術師が立ちはだかる。
「凛…裏切るのか」
紺は空の愛人の姿を典の側に確認し、睨みつける。
「………」
「裏切るってなんだよ!」
凜の背後から草が顔を出し、紺を睨みつける。
「裏切ったのはそっちじゃないか!」
草を狙った気を凛が弾き飛ばす。
「草、後ろに下がってろ」
不服そうな草にそう命じ、凜が構えを取る。
宮を支配したとは言え、草にこのまま話させると面倒なことになると紺が考えているのがわかった。凛も草を助けるために脱獄したが、空の窮地に追い込むつもりはなかった。
*
「典、久々に戦う機会があってうれしいよ」
紺の側で東の呪術師が笑顔を浮かべる。典は弟の親友で同期の呪術師だ。稽古を一緒にしたことがあっても本気で戦ったことはなかった。
腕を試すいい機会だと賢は刀を抜く。
「賢さん……」
藍は昨日まで一緒に笑っていた賢が敵となり、師に刀を向けているのが信じられなかった。
「藍、ごめん。でも選択肢がないのよ」
そして先輩の呪術師がその青い瞳を曇らせて藍に対峙する。
「明様も…」
藍は仲間と戦うのが嫌だった。しかし、このまま牢屋に拘束されるのはごめんだった。
(帝を宮に連れ戻し、元の宮に戻すんだ)
「明様。すみません」
藍は息を吐くと、気を高める。
「宮の呪術師よ。罪人を捕まえるのだ。抵抗した場合、殺しても構わん」
紺はそう言うと、長い刀を背後から抜き去り凛に切りかかる。それが合図となり、呪術師達は戦いを始めた。
*
「凛が……」
凛が典達と脱獄したという知らせはすぐに空に届いた。
「あら。空。氷の呪術師に裏切られて悲しいのかい?」
空にお酌をしていた闇の呪術師はその真紅の唇をゆがませて笑う。
「うん。悲しいとも。その代わり君が僕を慰めてくれるんだろう?」
「もちろんだよ。帝様」
ぐいっと自分の肩を抱いた空に
「桂。将軍の様子がどうなの?」
空は唇についた紅を手の甲でぬぐうと、杯を煽る。
「もう、あたいに夢中だよ。何かさせたいのかい?」
「今のところは十分だ。僕がもういいから、将軍のところへ行っておあげ。将軍は大切な人材だからね」
「ちぇ、わかってるよ。本当はおっさんよりあんたみたいに若い男を相手にするほうが楽しいんだけどねぇ~」
「そうだね。すべてが片付いたら十分楽しませてもらうよ」
くすっと空が笑うと桂がやれやれと体を起こす。
「じゃあ、しょうがないねぇ」
桂は名残惜しそうに現帝に口付けると立ち上がる。
「頼んだよ」
襖を開けて、部屋を出て行く将軍の情婦の背に目を向ける。部屋には主が消えたというのにその甘い残り香りが漂っていた。空は眉をひそめると持っていた杯を壁に投げつける。
パシンと杯が割れ、酒の香りが部屋に充満し、その香りを消し去った。
「凛め……」
空はそうつぶやくと新しい杯に酒を注ぎ、一気に飲み干す。喉に痛みが走ったが、現帝はその痛みを無視して、飲み続けた。
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