帰宅

A

第1話

「またな~」

 俺は会社の同僚に手を振る。と、足元がふらついた。ちょっと飲みすぎたようだ。今日は会社の飲み会だった。特に何かの節目ということはない。一人の同僚が「みんなで飲みに行こう」と言い出したのをきっかけに、話がトントン拍子に進み、今日の飲み会が開かれたという流れだ。同僚10人程度で行ったのだが、課長や係長には声を掛けなかったということもあり、かなり盛り上がった。気を使わなくて良いからだ。その結果、いつもは二杯目からは烏龍茶の俺も4本のジョッキを空にした。

 (ブー ブー)その帰り道、スマホのバイブ音が鳴った。ポケットから取り出すと、妻から電話がかかってきていた。


「もしも~し」


「やっと出た。何回か電話したのよ?永遠に出ないかと思った。飲み会は?終わったの?」


「あぁうん終わったよ~」


「あなたかなり酔ってるわね」


「あぁ、飲みすぎた。でもあんまり飯食えてないんだよ。なんか無いか?」


「ん~...ちょっとお肉余っちゃったから、適当に炒めとくわね」


「悪いな、頼むよ」


 そう言って、電話を切った。俺が住むアパートまでは、ここから結構近かった。小学生の娘を持ちながら、アパート暮らしというのは、あまり周りに言えたもんじゃないが、現代社会、そう珍しいことではないだろう。

 肉が食えるのをそれなりに楽しみに歩いていると、住んでいるアパートに着いた。部屋のほとんどは、明かりが消えている。深夜なので階段を静かに上がり、上がってすぐの部屋のドアを開け、「ただいま~」と言って中に入ると、そこには覆面を被った黒ずくめの男が3人ぐらいいた。酔ったせいで、部屋を間違えたのだろうか。「間違えました~」と言いながら部屋を出ようとすると、隠れていた横の男に口を塞がれ、倒された。


「誰かと思ったら、あいつやないんか」


奥で探し物をしていたらしかった男が口を開いた。あいつとは誰のことだろうか。


「別人と分かった以上、邪魔ですね」


と別の男が言った。










































(ブー ブー)

スマホのバイブ音が鳴り響くその部屋には、もう誰もいなかった。今度こそ、その電話には永遠に誰も出ることはないだろう。

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