第5話 長い詩

 不純異性交遊録 ナナ



《月曜日は心穏やか。怠惰と朝まで添い寝した》

 ナナはカーテンの隙間から入る柔らかい太陽光に迎えられ、穏やかな気持ちで目覚めた。

 昨日と同じ体勢。怠惰の腕に抱かれたまま。怠惰とは日曜日の昼下がり、人気のない路地裏で出会った。

 程なくして怠惰も目を覚ました。片手で私の頭を撫でながら、片手でタバコに火をつけたる怠惰。怠惰の吐いた煙が部屋を揺蕩う。ナナはゆっくりと移動する煙に我を重ねて、また眠りについた。



《火曜日は腹立たしい。空腹が腹を満たした》

 月曜日の夜、怠惰は消えた。いや、消えたのはナナの方だ。きっと、タバコの煙になったのだ。怠惰を無くしたナナは怒りに囚われている。胃に穴が空くほどの空腹が充満する。この異常なまでの空虚さは怠惰の副流煙を取り込んだのが原因だ。

 ナナは怒りを貪るように街に繰り出した。



《水曜日なぜかダラダラ。悪魔の仕業に違いない》

 街で悪魔と出会った。悪魔はメフィストフェレスの妾の娘の息子を名乗っていた。小綺麗なスーツ姿に人畜無害な笑みをたたえた悪魔。そいつがどこの誰だろうとナナには関係のない話だ。何をしても気が乗らないのは、奴と口をきいたからに違いない。

 悪魔は言っていた。

「私と話している間、あなたはすでにどこか遠くを見ていましたね」

 ナナはこたえる。

「遠く?そうかしら?」



《木曜日は嬉しい。遠くの口笛が耳にこびりつく》

 嬉しい。何が嬉しいのか。どこかの誰かが口笛を吹いている。ナナは耳元にこびりついて離れない音色に耳を掻きむしる。

 昨夜、悪魔と契約を済ませた。口笛はナナの脳内で響いている。吹いているは怠惰だろう。ナナは悪魔と契約して怠惰を取り戻したのだ。しかし、そのことをナナは知らない。だから、耳を掻きむしる。

 覚えているのは『自惚れ』と書かれた契約書にサインしたことだった。



《金曜日は忙しない。陽の光にカーテンが燃えた》

 無論、本当に燃えたわけではない。燃えたようにみえたのだ。それほどまでに目まぐるしく景色が変わった。ナナだけを残して。

『自惚れ』を破棄できないナナに悲嘆が寄り添う。いつからそこに居たのか分からない悲嘆に抱かれ、ナナはそっと目を閉じた。



《土曜日は白々しい。無機質な風が吹き抜けた》

 朝には悲嘆と別れた。去り際、悲嘆は「また来るからよ」と言った。

 ナナにはもう悲嘆などどうでもよかった。悲嘆のセリフがあまりに白々しかったから尚更だ。窓を開けると風が吹き抜ける。冷たくも涼しくもない。季節の判別ができない、死んだような風だ。風にさえ白々しさを感じる。

 生きてるものはいないのか。みな白けている。

 ナナは淫蕩のもとを訪ねた。淫蕩、切るに切れない腐れ縁。



《日曜日は悔しい。孤独が胸を焦がした》

 今朝、淫蕩はナナを乱暴に追い出した。悔し紛れにナナは強欲の限りを尽くした。ナナは孤独だ。淫蕩と夜を過ごしてもナナの孤独は埋まらなかった。

 ナナは思う。欲に無気力になるまで欲しがれば、生きていることに気づけるだろうと。

 昼下がり。また悪魔と出会った。欲しても欲して埋まらない孤独は奴にしか埋めれない。

 悪魔は言った。

「以前、私と話している間、あなたはすでにどこか遠くを見ていましたね」

 ナナはこたえる。

「以前?そうかしら?」

 悪魔は人畜無害な笑みを浮かべる。

「そこの路地裏をのぞいてごらんなさい」

 悪魔に唆されたナナは言われるがままに路地裏へ。



 怠惰とは日曜日の昼下がり、人気のない路地裏で出会った。

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